こうした被害はいつもの原因、つまり政治家の無能と腐敗によって引き起こされたのではないのか。耐震工事に手抜きはなかったか? 建築業者や検査職員に見落としはなかったか? アマトリーチェの市役所では、記録の証拠隠滅がないよう警察が見張っている。

 数カ月後、怒りの矛先はきちんと正しい相手に向けられているだろうか。それとも300人以上の死者を出した09年のラクイラ地震の時のように、地震予知に失敗したとして科学者たちを起訴したりするのだろうか。

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 地震ばかりか浸水にも悩まされてきたイタリアにはかつて、自然の力を制御する知恵があった。常に洪水と戦ってきたベネチアでは1593年、ガリレオ・ガリレイが画期的な排水ポンプを議会で発表した。この技術はオランダとも共有された。

 こうした対策が概して、経済的な動機を持って進められた点は注目に値する。海を埋め立て、人を住まわせ、課税する。金のかかる土木工事に、欲と皮肉は付き物だ。

 私利私欲と公共の利益に折り合いをつけるためには、何をすべきなのか。ヨーロッパだけでなく、世界でも活躍したいと考えるイタリアなら知っていなければならない。今のところ、どうも怪しいが。

From Foreign Policy Magazine