東大病院の癌治療から逃げ出した記者が元主治医に聞く、「なぜ医師は患者に説明しないのか」

2021年7月20日(火)07時00分
金田信一郎(ジャーナリスト)

──でも、病気の原因に向けての薬が出始めている。

その通りです。これは明らかな進歩ですね。食道癌のロボット手術も、2012年に始めた時には、こんなに安全でいい手術だとは分かりませんでした。だから、患者さんに「まだ研究段階の手術ですが、受けてもらえますか」と承諾を得ていました。

けれど今は、自信を持って「術後の痛みが少ないです」「肺炎が少ないです」とお伝えしています。同じように、ゲノム診療も日々、進歩しています。原因別に癌の治療が始まっていくはずです。

薬と手術の違いもあります。手術は癌を取り除きますから、絶対に効果がある。癌というのは一つのかたまりです。そして、これまでなぜ手術の(治療範囲が)大きくなっていたかというと、転移があるかどうか分からないリンパ節まで取り除いていたからです。

転移があるかどうかを正確に診断しようというのが、現在の手術の考え方です。それが低侵襲化の方向に進んでいるのです。

薬物療法では、遺伝子原因別の薬が進んでいくでしょう。一方で、転移がどこにあるのかがより明確に分かれば、手術の範囲はさらに小さくなっていくはずです。そして、癌があることが間違いないところだけを取り除くようになれば、放射線よりも手術の方を選ぶ患者さんが増えて、回復するはずです。

──食道癌のステージ1ぐらいの小さい癌が1個あっても、ステージ3の癌と同じように、食道を全摘して、胃も切って喉まで引っ張り上げる。だから、食道癌は癌のあるところだけ切ってくれないのか、と考える人は多いと思います。

まさに、それができることを目指しています。

──現時点では、癌の部分だけを取ることは、技術的に難しいんですか。

技術的にはできます。ただ、癌の手術としては、まだやってはいけないのです。癌では大きく取ることが標準の手術とされていますから。

──やってはいけないんですか。

普通はやらないと思います。臨床研究ではあるかもしれませんが、標準治療ではありませんから。

──なるほど。胃癌は部分的に切除しますね。ところが食道癌はほぼ、全摘になる。

それは、食道の一部を切り取ると、食道がぴーんと(切れて)しまうのです。これが、食道の特性です。

胃は、胃酸を出すなどの重要な機能があります。しかし食道にはその機能がなく、取っても大丈夫な臓器でもあります。胃は全部取り除くと貧血になったり、消化力が落ちたりするので、少しでも残した方がいいものです。一方で食道は、食べ物を通すだけの役割ですから。

──でも、食道を全摘すると、「食べたものが逆流してしまう」という、術後の患者の声はありますね。

そういう声もあります。

──そうすると、食道は一部を取ることが難しい特性なので、今後も癌の部分だけを切除することは難しいのでしょうか。

人工食道みたいなものが作れたらいいのでしょね。しかし、難しいのかもしれません。(研究を)している人はいるかもしれませんし、恐らく100年くらい前からその方法を考えている人はいるはずですが、それが世に出ていないということは、きっとできないのではないでしょうか。

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