危機に乗じたトルコ大粛清、強まるエルドアンの独裁色と遠い収束

2016年7月22日(金)08時26分

 トルコ軍兵士によるクーデター未遂の危機に瀕したエルドアン大統領だが、敵を打ち破り、すぐさま復権を宣言した。だがこのクーデター未遂によって、混乱する国内の対立はさらに深まりつつある。

15日夜に発生したクーデター未遂による混乱は、沈静化には程遠い状況だ。この事件はトルコに深い傷を残し、過激派組織「イスラム国」やクルド人反政府勢力との戦いを続けるこの国にとって安定の礎だと見られていた軍に、回復不可能なダメージを負わせてしまった。

「結局この日は、エルドアン大統領とその支持者たちが勝利を収めたが、長期的に見ればトルコに勝ち組はいない」とシンクタンク「国際危機グループ」のヒュー・ポープ氏とNigar Goksel氏は書いている。両氏は「トルコ近隣地域の混乱を考えれば軍の重要性はこれまで以上に増しているが、その軍が負ったダメージは深刻だろう」と予測する。

軍の一部が起こしたクーデターを機に、エルドアン支持派のなかに、ナショナリズムとイスラム主義の感情が噴出しており、政府による一斉弾圧を後押ししている。軍や裁判所、大学、公的部門から追放された反エルドアン派は数千人にも及ぶ。

エルドアン大統領と、イスラム主義を源流に持つ与党・公正発展党は、かつてエルドアン氏の盟友だったものの今は鋭く対立するイスラム指導者ギュレン師が今回の企ての首謀者であるとして、米国に対し同師の引渡しを求めている。エルドアン大統領の報道官は、公式の要請を準備中であると話していた。

230名以上の死者を出したクーデター未遂事件を受けて、軍や警察、法関係者、公務員など少なくとも約3万5000人が、「ギュレン派」容疑をかけられ拘禁・停職処分となっている。

19日には、こうした追放処分が教育界にも及んだ。国営TRT放送によれば、全大学の学部長が辞任を命じられ、私立学校の教師2万1000人の免許が剥奪された。トルコ内外の私立学校は、これまで長年にわたり、ギュレン師の社会運動に新たな人材と資金を提供してきた。

今回のクーデター未遂事件では、兵士たちが権力獲得を目指して戦車や攻撃ヘリ、戦闘機を奪取。国会議事堂や情報機関本部を銃撃し、イスタンブールの主要空港と橋梁を占拠しようと試みるなかで、負傷者は約1400名に達した。

「これはトラウマであり、すべてのトラウマがそうであるように、今後生じるすべてのことに付きまとうだろう」と語るのは、米ブルッキングス研究所(ワシントン)のHakan Altinay氏。「エルドアン大統領にとっては明らかにプラスだろう。以前からずっとギュレン派の犯罪計画について口にしていたが、いまや、彼が考えていた以上の大事件が起きたのだから」

粛清の対象は、すでにギュレン師の支持者とされる範囲以上に及んでいるように見える。

「彼らが今回の事件を、ギュレン派以外の反体制分子も一掃するために利用しようとしているのは明らかだ。あまりにも大きな事件が起きたので、これ以上の口実は必要ない。クーデター自体が十分に刺激的だからだ」とAltinay氏は語る。

首謀者に対する死刑の復活が要求されていることも含め、現在の弾圧ペースとその規模は、西側の同盟国でも警戒心を生んでいる。トルコはNATO加盟国であり、EU加盟も検討されている。米国にとってはムスリム世界における最も強力な同盟国だ。それだけに西側諸国は、トルコ政府は国内で法の順守を堅持しなければならないと主張している。

しかし、こうした要求が聞き入れられる可能性は低いとアナリストは指摘。クーデターは失敗に終わったが、トルコ指導部を根底から動揺させ、エルドアン大統領はじめ幹部は抹殺される寸前だったのだ。

<「状況が一変」>

トルコに詳しいアナリストのなかには、「反乱部隊によって暗殺される寸前だった」と自ら称するエルドアン大統領が、今回の反乱を、自らの権力を拡大・強化する前提として利用しているという声もある。

今回のクーデター未遂事件は、エルドアン大統領に、トルコの議会制民主主義を大統領制に置き換えるための障害を排除する材料を与えたのだという。大統領制への移行には憲法改正が必要であり、反エルドアン派は、これが独裁への道を開くものだとして警戒している。

「エルドアン氏は、彼が夢みていたような大統領になれるかもしれないが、当面この国は手に負えない状態となっている」と、逮捕を恐れ匿名を条件に取材に応じた、大統領に批判的な政府関係者は言う。

「この混乱を収拾させるような、実効的な法律はない。ひたすら圧力を高めていくような閉鎖的システムとなっている。われわれは泥沼にはまってしまった」

大統領の側近は、こうした主張を一蹴する。イブラヒム・カリン報道官は、クーデター計画の実施には数千名の兵士が関与していたとして、トルコが法の支配のもとで反逆罪の容疑者を逮捕するのは「きわめて自然」であると話している。

同報道官はイスタンブールで記者団に対し、「数千名が逮捕されたという事実は、特に例外的でも意外でもない」と語っている。

エルドアン大統領は今回のクーデターを「軍の浄化」を可能にする「神の思し召し」だと称している。エルドアン大統領に批判的な人々から、今も法令順守の無効化に異議を唱えることのできる唯一の機関と見られている憲法裁判所も、大規模な粛清の対象に含まれている。

「今回のクーデターで状況が一変した。国内の雰囲気はひどくピリピリしている。粛清の激しさも大きな懸念の種だ」と語るのは、コラムニストで『Islam without extremes: a Muslim case for Liberty(原題)』の著者、ムスタファ・アキオル氏だ。

「軍と治安部隊はかなり混乱しており、多くの将校が粛清されるだろう。欠員補充がどうなるのか、訓練はどうするのかが大きな問題だ」とアキオル氏は言う。「本当に大きな危機になっている」

<「制度の崩壊」>

トルコの街路では、大統領率いる公正発展党(AKP)を支持するイスラム主義者が気勢を上げて大統領支持のデモを行っており、ギュレン支持者や他の反エルドアン派と見られる人々に対する報復を懸念する声が高まっている。大統領に批判的な一部の著名人は息を潜めている。

「どうすれば群衆を落ち着かせることができるか心配だ。AKP政権の閣僚は自分の身を真剣に案じているだろうから、デモの解散は優先課題に入っていないと思う」とAltinay氏は言う。

アンカラで活動する西側の有力外交官は、心配な点として、世間のムードと「イスラム主義者の群衆」動員、そして公務員の大量粛清とも受け止められる状況を挙げる。

「エルドアン大統領は今やあまりにも大きな権力と名声を得てしまった。この段階で彼に批判的な態度をとることは不可能だ。クーデターの一味として告発されてしまうだろう。この混乱はしばらく続く」とAkyol氏は語る。

一方、クーデター未遂事件は、軍と情報機関の脆弱性を露呈した。陸軍・空軍の高官を含む広範な計画を早期に察知できなかったからだ。

「とても現実とは思えない。多くのレベルで制度が崩壊している。最高位の将軍2人が側近2人によって人質にされたのだから」とAltinay氏は指摘。「彼らの自信は揺らいだはずだ。24時間一緒に過ごそうという人材を選ぶことさえできないとしたら、他に誰を信頼しようというのか。それだけ厳しい打撃となった」

この事件によって、ただでさえクルド人反体制勢力の攻撃やイスラム国の自爆攻撃に揺れるトルコは、さらに無防備で脆弱な状況に置かれてしまった。

軍の反乱が明らかになった時点で、主要野党はエルドアン政権支持に結集した。とはいえ、世俗主義者のあいだでは、イスラム主義の色彩を強めつつあるAKP政権に対して、ただでさえ賛否が分かれているトルコが、このうえさらに宗教色の強いポピュリズム政治と、窮屈な独裁構造に流れていくのではないかという危惧が見られる。

国内のモスクでは、エルドアン大統領の訴えに応え、イスラム教指導者たちが、この国を守るためにデモに参加するよう信者たちに呼びかけるという異例の状況が見られるという。

元駐アンカラEU大使で、現在カーネギー・ヨーロッパの客員研究員を務めるマーク・ピエリーニ氏は、「このクーデターの最初の犠牲者は、トルコの民主主義と西側との連携かもしれない」と語る。



Samia Nakhoul and Nick Tattersall

[イスタンブール 19日 ロイター]

(翻訳:エァクレーレン)

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