焦点:米利下げと量的緩和でも収まらない「ドル・クランチ」、金融部門へ波及も
森佳子
[東京 17日 ロイター] - 米連邦準備理事会(FRB)が緊急利下げを2度実施し、量的緩和を再開しても、「ドル・クランチ(ドル不足)」が収まらない。長年の金融緩和を背景にドル建て債の発行や借入を膨らませてきた企業や途上国などの「非金融部門」が、世界的な株価下落に端を発した信用収縮のなかで、ドル調達に苦しんでいることが背景だが、最近の金融市場の動向は、クランチが「金融部門」にも波及してきたことを示唆している。
<ドル・クランチの悪化>
日銀が17日午前に通告した3カ月物の米ドル資金供給オペは、応札額・落札額が302億7200万ドルと、3カ月物としては2008年12月2日以来の高水準となった。 金融機関がオペに駆け込んだのは、短期金融市場でのドル調達が次第に困難になっているからだ。
短期金融市場と為替市場をつなぐ為替スワップ取引では、円資金との交換によってドルを調達する取引で、ドルの調達コストが急騰している。
3カ月物の円投/ドル転スワップでは、ベーシスと呼ばれる日米金利差からの乖離幅が152ベーシスポイント(bp)まで拡大し、リーマン・ショック直後の2008年10月8日以来の高水準となった。
ベーシスの拡大はドル調達にまつわる「ストレスの大きさ」を示す。
FRBは、過去2週間で政策金利を合計150bp引き下げ、向こう数カ月間で米国債を少なくとも5000億ドル、住宅ローン担保証券(MBS)を少なくとも2000億ドル購入する量的緩和(QE)に乗り出した。米国債等を担保に資金を供給するレポオペも毎日、大規模に実施している。
こうして金融緩和政策が強化される中、ドル短期資金の指標となる3カ月物のドルLIBOR(ロンドン銀行間取引金利)は下がるどころか上昇し、現在0.88940%と1週間前の0.76813%を上回っている。
「ドルの調達コストが高いといっても、まだ取引が成立しているうちはいい。出し手がいなくなって値段そのものがなくなった時が本当の危機だ」(金融シンクタンク)という。
米国では、大手米銀8行が16日、FRBの割引窓口(ディスカウント・ウィンドウ)貸出制度を利用する方針を明らかにした。
同制度については、経営悪化の兆しと受け取られるリスクがあるとして、金融機関は2008年の金融危機以来、利用を避けていたが、今回は合同で使用を表明したことで、そうしたスティグマ(偏見)が軽減できる見込みだという。
ドル・クランチについて、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のシニア・グローバル投資ストラテジスト、服部隆夫氏は「2月末から兆候が表れていたドル不足が一気に噴き出した格好だ。企業や新興国によるドル建て債務の拡大を背景に、決済通貨やファンディング通貨としてのドルの需要が世界的に強まっている」と指摘。FRBが他国中銀とのドルのスワップライン(ドル融通の枠組み)のコストを引き下げたのもこのためだとした。
FRBは15日、国境を越えたドル資金のアベイラビリティを確保するため、カナダ中銀、英中銀、日銀、欧州中央銀行(ECB)、スイス中銀との間で結ばれたスワップラインの金利を引き下げ、新たな金利を米ドル・翌日物金利スワップ(OIS)に25bp上乗せしたものとするとした。
世界の大手金融機関にはリーマンショック後に導入された流動性規制により「流動性バッファー」と呼ばれる高品質でいつでも換金可能な国債などの資産を潤沢に保有することが義務付けられている。
しかし「流動性バッファーがあるとはいえ、取引先が資金繰り倒産するようなことになれば、金融機関も難を逃れられない」(金融機関幹部)という。
<IMFの警鐘>
今回のドル不足の根本的な原因は、主要国で長年続いた金融緩和政策を背景に膨張した債務の山だ。
実質金利がゼロやマイナスであることは、実質的な利益をまったく生まない企業でも極めて低コストで資金を借り入れ、操業を続けられることを意味する。こうした状況が長引くと、非効率な企業が市場から淘汰されなくなる。
国際通貨基金(IMF)は昨年10月、国際金融安定性報告書(GFSR)で「世界的な金融緩和が金融システムのもろさを助長している」と指摘した。副題は「Lower
for Longer」。市場は超低金利が今後もかなり長引くことを予想しており、その際のリスクを分析した。
利下げは景気を支える一方、投資マネーを刺激する。企業の借金や新興国の外貨建て債務が膨らみ、逆回転で経済が混乱するリスクを強調した。
前出の金融機関幹部は今回のドルクランチで非効率的な企業のドル調達は最も窮地に追い込まれると予想され「ハイイールド債やレバレッジドローン市場にエクスポージャーを持つ金融機関は特にダメージが大きくなるだろう」とみている。
レバレッジドローン市場は、主に非投資適格格付け企業への貸出債務の市場である。
(編集:石田仁志)
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