焦点:アベノミクス第二幕、「GDP600兆円」の仕掛け人は

2015年10月6日(火)17時22分

[東京 6日 ロイター] - 「アベノミクス2.0」で打ち出された新3本の矢は、何を目指しているのか。追跡していくうちに積極的な財政政策による名目国内総生産(GDP)600兆円達成を目指す動きに行き当たる。

そして、「一億総活躍」のキャッチフレーズを練り上げたのが、安倍晋三首相周辺であることも浮かび上がってきた。金融政策の比重を軽くしようと試みたようにみえるが、足元で起きる海外からの景気下押し圧力の増大で、再び日銀の動向に注目が集まりつつある。

<600兆円の評価で見方交錯>

新3本の矢の目玉である名目GDP600兆円の目標に対し、経済界の一部からは「きつい」批判が出た。「経済を優先するというメッセージとして歓迎する。600兆円はありえない数字。政治的メッセージだ」と、小林光喜・経済同友会代表幹事が9月29日の会見で述べた。

ただ、政府部内には、市場の一部にもある「荒唐無稽」との受け止め方に反発する声がある。政府関係者の1人は「中長期試算や骨太を作る時に、官邸とさんざん議論してきた数字。政府内では常識になっている数字だ」と指摘。それを安倍首相が目標に「格上げ」したのは「国民の目に分かりやすいということがある。もう1つは、単なる試算で閣議決定していないものを目標としてきちんと位置づけたことに意義がある」と述べた。

<二階・藤井両氏の動き>

新3本の矢のトップに躍り出た600兆円目標は、そもそも誰が言い出したのか──。別の政府関係者は、自民党の二階俊博総務会長だと断言する。

今年7月、ギリシャ問題や中国経済の減速など海外発のショックに懸念がくすぶる中、二階氏は官邸を訪れ、1枚のペーパーを安倍首相に手渡した。そこには「非常事態を乗り越え、失われた20年を取り戻し、2020年に戦後最大の経済・その後の長期の安定成長を実現する」との文言が刷り込まれていた。

だが、安倍首相周辺が、直ちに新3本の矢に向け具体的な行動を起こした形跡はない。ある与党関係者は9月初めまで、首相周辺に大構想を立ち上げる動きはみえなかったと話す。その関係者は、新3本の矢の形でビジョンが固まったのは、9月中旬以降だろうと述べた。

1)希望を生み出す強い経済、2)夢をつむぐ子育て支援、3)安心につながる社会保障──という新3本の矢には、「一億総活躍社会を目指す」という横串が入っていた。このキャッチフレーズこそが、首相周辺で練られた「秘中の秘」であったと複数の政府関係者は指摘する。

先の政府関係者の1人は、新1本目の「強い経済」の象徴が600兆円であり、それを達成するための「積極財政」の色彩が濃いと指摘する。二階総務会長や藤井聡内閣官房参与(京都大教授)の影響力が、そこには見え隠れするという。

また、財政出動だけでなく、2016年のGDP基準値の改定で、民間企業の研究開発費がGDPに計上される方向となっており、それで名目GDPは20─30兆円はかさ上げされる見通しになっているとの声も、政府部内では漏れている。

<一段緩和にコミットと言えない状態>

対照的に旧3本の矢の筆頭に位置していた「大胆な金融政策」は、その文言が消えた。麻生太郎副総理兼財務・金融担当相は、旧3本の矢は新1本目の矢に含まれているとの見解を示した。

だが、政府関係者の1人は、政府・与党を取り巻く環境は、追加緩和による円安の進行を嫌う声に包まれていると話す。せっかく原油安で地方の有権者がガソリン代の値下げを実感し、食料品の値上げに対する抵抗感を弱めているのに、円安が進めばそのプラスがなくなるという論法だ。

別の政府関係者も「一段の緩和をコミットするとは言えない状態になっているのも事実」と話す。直ちに国債買い入れ額を縮小することはないが、増やすこともなく、現状を維持してほしいとの声が、政府部内の多数意見だと説明する。

<雲行き怪しい国内景気>

ところが、この情勢に外からの「寒風」が変化をもたらそうとしている。8月鉱工業生産が予想外の悪化で前月比マイナス0.5%と落ち込み、7─9月期の生産が2期連続でマイナスになる可能性が高まった。中国経済減速が予想以上に長期化し、その影響が周辺の東南アジア諸国に及び、日本の製造業の生産・売上高に打撃となっているからだ。

首相周辺からも、景気の状況は「厳しい」との声が漏れ出し、経済対策の有無を判断する時期に関しても、10月中に前倒しされる公算が高まっている。

もし、2015年度補正予算を編成するなら、新2本目の矢に含まれる1人親子育て支援や低所得者支援の項目が、前倒しで盛り込まれる可能性を指摘する声も、政府部内では出てきている。

そこに金融政策も加わって、財政・金融一体の総合景気対策になるのかどうか。7日の内閣改造後に行われる可能性が高い安倍首相の会見での発言に注目が集まりそうだ。

(伊藤純夫 梅川崇 竹本能文 中川泉 編集:田巻一彦)

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