焦点:排ガス不正問題、欧州ライバル勢は独VW以上の窮地に

2015年10月6日(火)09時41分

[パリ/ブリュッセル 3日 ロイター] - 独フォルクスワーゲン(VW)の排ガス不正問題は、ディーゼル車に傾注してきた欧州自動車業界を直撃。長期的に、ルノーやプジョー・シトロエン、フィアット・クライスラーら競合他社は、当事者であるVWよりも大きな後退を余儀なくされる可能性がある。

一部の自動車業界者によると、VWの問題が発覚して以来、規制当局に対しては表向き協力姿勢を示しているものの、その裏側では、業界内の緊張が高まっているという。

試験走行時にのみ排ガス規制モードに切り替わる「無効化機能(defeat device)」ソフトをVWが自社のディーゼル車に不正使用していことが明らかになったことで、これまで広く行われてきた「合法的な不正」への取り締まりも厳格化される方向にある。合法的な不正の場合でも、通常走行時の窒素酸化物(NOx)排出量は、欧州基準の7倍以上に上る。

欧州連合(EU)の試験の抜け穴を見直す動きは、すでに量産能力の限界にあるディーゼルエンジン製造コストがさらに数十億ユーロ膨らむことを意味しており、VWより小規模の自動車ブランドが最も大きな打撃を受ける可能性がある。また、欧州自動車メーカーが日本メーカーに数年遅れをとっているハイブリッド車への需要シフトを招く結果にもなりかねない。

「VW不正問題はこうした大変動を加速させるだろう。だが、一部の自動車メーカーはその準備ができていない」と、ディーゼル排気技術を提供する仏サプライヤー幹部は話した。

短期的には、VWが自身の不正問題がもたらす最大の代償を今後も払い続けることになる。同社の関係筋は1日、ロイターに対し、リコール(回収・無償修理)や訴訟費用、罰金が、計上した引当金65億ユーロをはるかに上回る場合は、資金調達する可能性があると語った。

しかしこの問題がいずれ収束したとしても、規模の小さいライバル各社が受ける傷はVWよりも大きくなる恐れがある。

各社はNOx排出量の修正に数十億ユーロかかるだけでなく、ハイブリッド車の開発前倒しでさらに数十億ユーロが必要となるかもしれない。

欧州委員会は、新車の平均的な二酸化炭素(CO2)排出量を現行の1キロ当たり約130グラムから、2021年には同95グラムまで減少させるとしているが、もしディーゼル車の販売が大きく落ち込めば、この目標は達成不可能との声が自動車メーカーから上がっている。

欧州自動車業界は現在、「限られた未来しか持たないかもしれないテクノロジーの商品化」に大金をつぎ込まねばならない状況に直面していると、モルガン・スタンレーのアナリスト、アダム・ヨナス氏は指摘。「加えて同時に、代わりとなるパワートレイン(動力伝達系)を開発するという負担も背負っている」と述べた。

各社が実際のNOx排出量を試験時のはるかに低い排出量に近づけようとする中、ゴールドマン・サックスの試算によれば、当局による規制強化で、1ディーゼルエンジン当たり300ユーロのコスト増になる可能性がある。

このような状況下で、まさに存続の危機にあるのが小型ディーゼル車だ。プジョーとルノーは欧州販売の約6割、フィアットは同4割を小型ディーゼル車が占めている。一方、VW販売の大部分を占めるのは高級モデルやより大きなサイズのモデルであるため、コスト増を吸収しやすく、利益を生み出すことも可能だ。

VWを含む上記4社は、排ガス不正問題の長期的影響に関してコメントを差し控えた。

欧州自動車業界の主要ロビー団体はEUの政策立案者に宛てた書簡の中で、2019年より前にNOx排出量で著しい成果を出すのは不可能だと主張した。

しかし水面下では、通常走行の試験厳格化をめぐって亀裂も生じているという。「現在、中間層をターゲットした自動車メーカーは皆、試験厳格化を支持している。ただし、ドイツ企業は違う」と、フランスのある業界筋は語った。

VW不正問題が起きる前でも、新たな排ガス規制「ユーロ6」のもとで、車1台当たり600ユーロのコスト増となる見込みだった。日産自動車のカルロス・ゴーン社長兼最高経営責任者(CEO)はロイターとのインタビューで、「(余計に)500─600ユーロも払いたい消費者などいない」と語った。

1990年には欧州車の14%を占めるにすぎなかったディーゼル車は税優遇措置などが功を奏し、現在では同市場の半分以上を占めるようになった。

しかし世界保健機関(WHO)が数年前にディーゼル車の排気に発がん性物質を認めたことで、英国とフランスは規制強化に動くなどすでにディーゼル車への人気に陰りが出始めていた。

「メーカー各社が新たな、より厳しい規則に直面する中、われわれは研究開発への投資が一段と増えるとみている」と、格付け会社フィッチ・レーティングスのディレクター、エマニュエル・ブレ氏は指摘。利益を生むまでに大抵20年はかかるエンジンプログラムの急激な変更は「原材料投資の評価損につながる」恐れがあるとしている。

<VWの「深い懐」>

世界販売の6割を欧州に依存する仏プジョーにとっては特に衝撃だろう。カルロス・タバレスCEOは今後起こり得る合併で有利な立場に立つためにも、自力で生き残れることを示さなければならないと語った。

パートナーの存在なくしてプジョーは、自社ディーゼル車の改良やプラグインハイブリッド車の開発にかかる急な投資は難しいとみられる。現在の自社製ハイブリッド車は大型でコストが高く、ディーゼルエンジンが搭載されている。同社がガソリンエンジンと電気モーターで動くハイブリッド車を販売するのは2019年以降になる見通しだ。

1973年のオイルショックが世界の自動車市場を一変させ、燃費の良い日本車が米国市場で足掛かりを築いたように、今回のディーゼル車の排ガス不正問題は、世界のプラグインハイブリッド車市場をリードするトヨタやホンダを利することになるかもしれない。

ルノーから1999年に日産自動車の最高執行責任者(COO)に就任したゴーン氏は、電気自動車に注力するためハイブリッド車製造計画を棚上げし、他社に後れを取った。

「ルノーが、ハイブリッドではなく、電気自動車に傾注したのは戦略的な間違いだったかもしれない。ディーゼル車のエクスポージャーも、他のグローバルメーカーに比べて高い」と、イグザーヌBNPパリバのアナリスト、スチュワート・ピアソン氏は指摘。

同氏は欧州のハイブリッド車販売は現在、市場の2.2%を占めるにすぎないが、向こう10年間でディーゼル車を追い抜くとの見方を示し、「長期的に見ると、VWにはプラグインハイブリッド車で勝負できる強い価格と利益がある」と語った。

排ガス不正問題は、量産ハイブリッド車の製造計画のないフィアット・クライスラーにも難題を突き付けている。

ルノーや米ゼネラル・モーターズ(GM)欧州部門のオペルと同様に、フィアットは、排ガス処理技術として、選択触媒還元(SCR)よりも通常走行時の排気量が法定基準を大きく上回り、修正も難しいリーンNOxトラップ触媒(LNT)に大きく依存している。VWはモデルによって両方を採用している。

不正問題によるVWの金銭的負担が現在の投資判断を難しくさせる一方で、高級車アウディ部門と同社の事業規模はハイブリッド競争において優位になるとみられる。

イグザーヌによると、中核ブランドで新型ハイブリッド車を発売するVWは今年、開発費として119億ユーロを投じる。この額は、フィアット、ルノー、プジョーの3社を合計した額よりも65%上回っている。

こうした事実は、スキャンダル発覚以来43%も株が下落しているVWの個人株主を説得するには十分のようだ。

「スキャンダルはVWブランドにとって最悪だが、同社の未来のテクノロジーに対する姿勢を私は信じている。VWは欧州のどの企業よりも研究開発に投資している。なぜ株を売らなきゃいけないのか」と、独ハンブルク出身のマーケティングアドバイザーであるアヒム・ヘルマン氏(54)は語った。

(原文:Gilles Guillaume、Barbara Lewis、Laurence Frost 翻訳:伊藤典子 編集:下郡美紀)

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