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「ダライ・ラマは小児性愛者」 中国が流した「偽情報」に簡単に騙された欧米...自分こそ正義と信じる人の残念さ

MANIPULATING BIASES

2023年6月1日(木)18時02分
マグヌス・フィスケジョ(コーネル大学准教授、人類学)
ダライ・ラマ

ダラムサラの寺院のイベントで面会した少年と額を合わせるダライ・ラマ(2月28日) AP/AFLO

<チベット弾圧から世界の目をそらすため、欧米の無知と偏見に付け込んでダライ・ラマを炎上の的にさせた中国と、見事に引っかかった世界>

チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世に対して4月8日、世界の主要なSNSで新たな中傷キャンペーンが開始された。

と言っても、それだけなら今に始まった話ではない。抗中独立運動が拡大した1959年のチベット動乱以来、祖国を脱出したダライ・ラマは隣国インドで亡命生活を送っている。今もなおチベット人には敬愛されているが、中国政府はダライ・ラマの写真を所持することも禁じている。そして一貫して、ありとあらゆるメディアで誹謗中傷を続けている。

今回もまた「メイド・イン・チャイナ」の偽情報なのはほぼ間違いないが、不愉快な新手法があった。ダライ・ラマを、なんと小児性愛者に仕立てたのだ。しかも欧米諸国をはじめとして、世界中で膨大な数の人々が、この偽情報にあっさり踊らされた。昔ながらの偏見と無知に、SNS時代の短絡的で独善的な思考が重なった結果と言える。

この中傷キャンペーンの目的は、チベット亡命活動家のツェワン・ラドンが指摘したとおり、チベットにおける新たな弾圧政策から世界の目をそらすことにあった可能性が高い。この4月には国連の人権報告者が、中国はチベットの若者や児童を収容施設に送り、その独自文化を消去し、中国語を話す単なる労働者に変えようとしていると非難した。ウイグル人に対する仕打ちと同じだ。

また、先に亡命政府のあるインド北部のダラムサラで、アメリカ生まれのモンゴル人少年が転生霊童(生まれ変わり)としてチベット仏教第3位の地位に就いた。これは国を追われてもチベット仏教が健在であることを誇示し、中国側の意向を無視してダライ・ラマの後継者を指名する布石と目されている。当然、中国側にとっては面白くない。

炎上ネタと化した掘り出し物

それにしても、今回の宣伝工作はどのようにして始まったのか。材料になったのはダラムサラでのごく普通の出来事だ。チベット難民の支援団体で働くインド人女性が、8歳くらいの息子をダライ・ラマに引き会わせた。面会は2月28日に行われ、喜ばしい光景として、その動画がネット上に投稿された。そうして1カ月が過ぎた。

おそらく中国当局は、予想される新たな対中批判に備えて知恵を絞っていたのだろう。近年は国内にとどまらず、欧米のSNSへの進出にも力を入れている。

だから2月28日の動画を見つけたときは、小躍りしたに違いない。そうしてダライ・ラマが8歳の男児にキスしようとしているような部分だけを切り取った。実際、そこではダライ・ラマが舌を突き出し、おぼつかない英語で「私の舌を吸って(なめて)」と言っている。

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