コラム

コロラド乱射事件と、アメリカの「いじめ」問題

2012年07月23日(月)10時50分

 先週末のエントリで、日本の「いじめ」問題を「空気と目線」という観点から論じたところ、多くの方々から「アメリカのいじめ事情はどうなのか?」という問題提起をいただいています。

 この点に関しては、確かにアメリカでは体育会系が線の細い子供を「いじめる」というクラシックな「いじめ」のパターンがあり、それに加えて、ここ5年ぐら「ネットいじめ」の問題、あるいは中学校を中心とした「仲間外れ」などの問題行動が増えています。「いじめ(ブリング)」という言葉が、小学校から中学校の教育問題として大きなテーマになりつつあるのは事実だと思います。

 ですが、体育会系の横暴というカルチャーは、要するに行動としては幼稚なものだということで理解がされています。新作映画『アメイジング・スパイダーマン』で「いじめっ子」がそれほど悪人に描かれていない一方で、別にそれが非難されるわけでもないという辺りに、一種の社会的な合意、つまり「程度問題」だという感覚があるように思うのです。

 一方で、最近の現象である「ブリング」については、相当に陰湿なものもあり、最近では自殺者が残したビデオメッセージが全米に衝撃を与えるというような事件もありました。ですが、こうした動きに対しては、各学区それぞれに、自治的な教育委員会がプロのカウンセラーを導入したり、最新の児童心理学を駆使したりして十分に「闘う態勢」に入っているということは指摘できるように思います。

 例えば人気テレビドラマの『glee』に見られるように、番組を制作する大人が子供たちに向けて発するメッセージも「いじめ」を乗り越えるためのモチベーションを与えるよう工夫されています。こうした点を総合すると、アメリカの「いじめ」問題は若い人々にカルチャーとして決定的なダメージを与えるには至っていないと考えられます。

 では、アメリカには「いじめ」はあっても許容範囲であり、対策も取られているということで安心していい、そう結論づけて良いのでしょうか?

 違うと思います。日本とは全く別の問題があるからです。それは、社会全体の競争システムが「良く出来過ぎて」いるために、究極の敗者を生んでしまう、その結果として究極の敗者を社会全体が「いじめる」形になってしまうという問題です。

 例えば大学入試がそうです。日本の現状のように、上位の大学は高校の内申書を信じず、また課外活動その他の活動履歴も見ず、主観的との非難を恐れて面接もせず、自分たちが用意したペーパーテストの「一発勝負」で入学を決定するというのとは、アメリカのシステムは全く違います。

 高校でのGPA(成績評価の平均点)がまず高くなくてはならず、また統一テスト(SATなど)では高得点が要求される一方で、スポーツでの成果、リーダーシップを示した実績、社会貢献や芸術活動の成果など、大学入試においては「全人格的な」ものがチェックされるのです。また、推薦状やエッセイ、更には卒業生組織を駆使しての面接など、多角的な評価をすることで「入学が自己目的化しており、入学後の伸びしろのない」学生は排除するなど選抜の「ノウハウ」は徹底しているのです。

 その結果として、確かに基礎能力に加えて、体力や判断力、コミュニケーション技術までを身につけた優れたエリートを養成することができるわけです。分厚い中間層はなくても、トップ層から平均的な層にかけて「面積の大きな人材の三角形」を生み出すことはできるわけです。

 素晴らしいシステムです。ですが、そこには根本的な欠陥があります。一つは「何も取り柄のない」若者の居場所がなくなってしまうという問題です。今回の映画館での乱射事件が起きたコロラド州のオーロラからほど近いコロンバインという町の高校で、犠牲者12名と実行犯2名の自殺という惨事となった乱射事件が1999年に起きていますが、事件を起こしたハリスとクリボルトという2人の若者は、そのような場所に追い詰められていたのではないかと思われます。

 ハリスとクリボルトに関しては、学校の「主流派」による「いじめ」の被害者と言われていますが、いわゆる幼稚な体育会系の「いじめっ子」の被害にあっていたというよりも、「文武両道のどちらにも居場所のない」ところに追い詰められていたようです。

 もう1つは、競争と選抜のシステムが余りに合理的にできているために、脱落者の救済ができないことです。

 7月20日(金)の午前0時すぎに映画『ダークナイト・ライジング』の深夜先行上映中の映画館を襲い、12名を殺害し50名を負傷させるとともに、自宅に爆発物を仕掛けていたジェームズ・ホルムズ容疑者に関しては、本稿の時点では黙秘に近い姿勢に転じているようで、動機の解明は進んでいません。

 ただ最低限の情報として、高校から大学にかけては非の打ち所のない優等生であり、暴力事件等の履歴は皆無であること、特に大学(カリフォルニア州立大学リバーサイド校)では「トップ中のトップ」であったこと、にもかかわらず在籍中であったコロラド州立大学の医学コース大学院での神経科学の博士課程では、進学丸1年の段階で成績的に脱落し、退学準備の途中だったという情報が公開されています。

 全く仮の話ですが、ホルムズが博士課程に入って「突然難しくなった研究内容」で人生初の挫折を味わい、「世界が崩壊したように」思って逆に「世界を破滅させようと」したのであれば、勿論それは本人の身勝手な妄想(高校生の時に自己暗示に関心を持っていたという報道もあります)なのだと思いますが、余りにも良くできた選抜と競争の制度が脱落者の救済システムを持っていなかったためという解説も可能でしょう。

 アメリカの大学院は、このホルムズのように、内部進学だけでなく他校からの進学者も歓迎します。正に公平に機会をオープンにするためですが、同時に彼のように期待されて奨学金付きで迎えた学生でも、GPA(平均成績)が3を切った(B以下)途端に、手のひらを返すように奨学金をストップして、他の学生に回したりするのです。合理的で公平ではありますが、たいへんに過酷なのです。

 いずれにしても、今回のコロラドの事件に関しては捜査は全く端緒に着いたばかりであり、憶測だけで軽々に解説を加えるのは控えたいと思います。院進後の成績急降下の更に要因となった「別の何か」が起きていた可能性も否定できないからです。また、何よりも銃社会という問題が決定的な要素として絡んでいます。ただ、私としては、当面はこのような仮説を持って事件を見てゆきたいと考えています。

 アメリカの競争の制度は非常に良く出来ています。必要な資質をもった若者に、真っ当なモチベーションを与えつつ、公正な評価を加え、しかも機会を公平に開放しているのは事実です。ですが、それゆえに「何も取り柄のない若者」あるいは「相当にコースを上り詰めた先に突然可能性を断たれた若者」に対しては、実に冷酷な面を見せるのです。ある種の若者を自分が社会全体から「否定された」ようなところへ追い詰めるのであれば、これもまた一種の「いじめ」と言えるでしょう。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)、『アメリカモデルの終焉』(東洋経済新報社)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

ニュース速報

ワールド

メルケル独首相の4期目続投反対、国民の半数に増加=

ビジネス

中国人民銀行、利下げや預金準備率引き下げには消極的

ワールド

シンガポールでジカ熱国内感染41例確認、今後増加の

ワールド

「ブルキニ」着用禁止法は違憲、国内の緊張高める=仏

MAGAZINE

特集:世界が期待するTOKYO

2016-8・30号(8/23発売)

リオ五輪の熱狂は4年後の東京大会へ── 世界は2020年のTOKYOに何を期待するのか

人気ランキング

  • 1

    日本の貧困は「オシャレで携帯も持っている」から見えにくい

  • 2

    マイナス金利「量・質とも緩和余地ある」黒田日銀総裁

  • 3

    中国で性奴隷にされる脱北女性

  • 4

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 5

    日本のアフリカ市場出遅れ、問題は企業サイドに

  • 6

    イタリア中部、地震活動地帯でも歴史建造物と財政難で対策遅れる

  • 7

    ハードウェアも電力も使わずに動く、完全にソフトな「タコ型ロボット」

  • 8

    アメリカ海軍、ペルシャ湾でイラン艦艇に警告射撃 2日連続で異常接近

  • 9

    海保の精神は「正義仁愛」――タジタジの中国政府

  • 10

    誘拐事件を繰り返し裕福な生活をしていた、アルゼンチン家族の闇

  • 1

    フィリピンのドゥテルテ大統領が国連脱退・中国と新国際組織結成を示唆

  • 2

    海保の精神は「正義仁愛」――タジタジの中国政府

  • 3

    中国で性奴隷にされる脱北女性

  • 4

    オリンピック最大の敗者は開催都市

  • 5

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 6

    歯磨きから女性性器切除まで、世界の貧困解決のカギは「女性の自立」にある

  • 7

    NSAの天才ハッカー集団がハッキング被害、官製ハッキングツールが流出

  • 8

    日本の貧困は「オシャレで携帯も持っている」から見えにくい

  • 9

    イタリア中部地震、死者少なくとも159人 多くは休暇シーズンの観光客か

  • 10

    イタリア中部地震で37人死亡、市長「生き物の気配がしない」

  • 1

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 2

    中国衝撃、尖閣漁船衝突

  • 3

    戦死したイスラム系米兵の両親が、トランプに突きつけた「アメリカの本質」

  • 4

    フィリピンのドゥテルテ大統領が国連脱退・中国と新国際組織結成を示唆

  • 5

    日銀は死んだ

  • 6

    海保の精神は「正義仁愛」――タジタジの中国政府

  • 7

    【原爆投下】トルーマンの孫が語る謝罪と責任の意味(前編)

  • 8

    トランプには「吐き気がする」──オランド仏大統領

  • 9

    イチロー3000本安打がアメリカで絶賛される理由

  • 10

    競泳金メダリストの強盗被害は器物損壊をごまかす狂言だった

 日本再発見 「世界で支持される日本式サービス」
 日本再発見 「世界で支持される日本式サービス」
アンケート調査
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

0歳からの教育 育児編

絶賛発売中!

コラム

パックン(パトリック・ハーラン)

芸人も真っ青? 冗談だらけのトランプ劇場

小幡 績

日銀は死んだ