コラム

東電の救済案でよみがえる不良債権の悪夢

2011年04月21日(木)19時32分

 複数の報道によると、東京電力の損害賠償を国が支援する「政府案」が検討されているようだ。それによれば政府が「原発賠償機構」(仮称)を新設し、その資金は交付国債や金融機関からの融資でまかなう。賠償は原則として東電が行なうが、一度に巨額の賠償が発生して資金繰りが困難になった場合は、賠償機構を通じて国の支援を受ける。

 この案のポイントは、東電の国有化を避け、企業として存続させたまま国が支援することだ。賠償額は数兆円にのぼると予想されるため、東電は必要な場合は政府に「特別援助」を求め、賠償機構から借り入れや優先株発行で賠償資金を調達する。この資金は東電の利益から長期間かけて返済され、最終的には財政負担は発生しない建前だ。

 もう一つ注目されるのは、賠償機構に「将来、原発事故が起きた際の賠償に備える保険機能の役割も果たす」という理由で電力各社が「負担金」を出資することだ。これは実質的に東電の賠償を他の電力会社が負担する「奉加帳方式」で、電力各社は難色を示しているという。

 これを見て、何か思い出さないだろうか。1990年代後半、銀行の不良債権処理のために政府は他の銀行にも負担を求め、日本債券信用銀行に2000億円以上の融資を奉加帳方式で集めたが、日債銀は破綻して融資は返ってこなかった。その後、預金保険機構に政府が公的資金を出して銀行に資本注入を行なうしくみができた。預金保険機構には各銀行が「保険料」として拠出し、公的資金で日債銀や日本長期信用銀行などが国有化された。

 今回の枠組みも、東電の「準国有化」ともいうべきものだ。形の上では賠償機構は東電とは独立だが、東電が資金援助を要請したとき賠償機構が拒否したら東電の経営は破綻するので、機構は東電の経営に強い影響力をもつ。責任の所在が東電にあるのか国にあるのか、はっきりしないしくみである。

 しかし電力会社は銀行とは違う。銀行は決済機能をもっているため、取り付けが起こると経済全体に波及して、健全な銀行も破綻する「システミック・リスク」があるが、電力会社にはそういうリスクはない。もちろん電力を止めるわけには行かないので、会社を清算することはできないが、会社更生法で債務を整理しても電力の供給には支障がない。

 もう一つの違いは、経営の崩壊していた銀行とは違って東電の本業は健全だということである。東電の純資産は約2兆5000億円、年間売り上げは5兆円を超え、経常利益は2000億円ぐらいあるので、時間さえかければ賠償を行なうことは可能だろう。地域独占なので、賠償の負担を料金に上乗せすることもできる。もちろん資金繰りは困難なので金融支援は必要だろうが、最終的に破綻しない企業を国が助ける必要はない。

 ただ賠償が巨額にのぼった場合には、東電が破綻する可能性もある。これについて海江田万里経産相は「93万人いる株主の中には配当を生活費の足しにしている人もいるので東電を破綻させることはできない」と国会で答弁したが、こんな論理は資本主義社会では通らない。企業の起こした不祥事には、その所有者である株主が責任を負うのが筋である。

 ここで責任の所在を曖昧にして「オールジャパン」で救済すると、かつての銀行のように劣悪な経営が温存され、人員整理も十分行なわれず、事業再構築も中途半端なまま、企業としての活力を失った半官半民の会社が長期間にわたって債務を返済することになる。賠償や廃炉などの膨大な後ろ向きの業務が経営陣を圧倒するため、事業の合理化に経営資源が投入されず、利用者に割高な料金が押しつけられるおそれが強い。

 要するに東電を特別扱いする理由はなく、賠償を行なって債務超過になるなら破綻処理して債務を整理すればよいのだ。もちろん健全なら、国が支援する必要はない。まだ被害の全貌がわからず、債務超過になるかどうかはっきりしない段階から、このような救済案が出てくるのは不健全である。まず東電の資産査定を行なって、公的資金が必要かどうかを明らかにすべきだ。

 原発事故への東電のお粗末な対応は、国に強く規制された地域独占企業の経営が劣化することを示した。これを機に東電を思い切って改革し、発送電の分離を含めた電力の抜本的な自由化を行なうためにも、国は東電を救済すべきではない。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

「平和評議会」設立式典、ガザ超えた関与をトランプ氏

ワールド

中国、トランプ氏の風力発電批判に反論 グリーン化推

ビジネス

英ビーズリー、チューリッヒ保険の買収提案拒否 「著

ワールド

NATO、北極圏の防衛強化へ トランプ氏との合意受
MAGAZINE
特集:「外国人問題」徹底研究
特集:「外国人問題」徹底研究
2026年1月27日号(1/20発売)

日本の「外国人問題」は事実か錯誤か? 7つの争点を国際比較で大激論

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている「とてつもなく巨大な」生物...その正体は?
  • 2
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 3
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」の写真がSNSで話題に、見分け方「ABCDEルール」とは?
  • 4
    韓国が「モンスター」ミサイルを実戦配備 北朝鮮の…
  • 5
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 6
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の…
  • 7
    飛行機よりラク? ソウル〜釜山「110分」へ――韓国が…
  • 8
    【総選挙予測:自民は圧勝せず】立憲・公明連合は投…
  • 9
    「怖すぎる...」モルディブで凶暴な魚の群れに「襲撃…
  • 10
    ノーベル賞に選ばれなかったからグリーンランドを奪…
  • 1
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世界一危険」な理由
  • 2
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の船が明かす、古代の人々の「超技術」
  • 3
    世界初で日本独自、南鳥島沖で始まるレアアース泥試掘の重要性 日本発の希少資源採取技術は他にも
  • 4
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
  • 5
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向…
  • 6
    正気を失った?──トランプ、エプスタイン疑惑につい…
  • 7
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 8
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 9
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 10
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story