ふだんは家で仕事をしていて、何かと気楽で気に入っているのだけれど、昨年ちょっとした変化があった。

まず5月にフラット(集合住宅)の外装メンテナンスの長期工事が始まり、騒音や話し声で落ち着かなくなった。追い打ちをかけるように、すぐ隣の部屋で入居前の大改装が始まって、わが家の壁を壊しているのかと本気で疑うような爆音が連日轟いた。もう仕事どころか家にいるのも苦痛になってしまい、急いで逃げ場を探す必要に迫られた。

とりあえずカフェに避難してみたものの、やはり長居はしづらく、ひとりで作業中にテーブルにあれこれ広げたまま席を立つのも心配だった。若い人は気軽に、「トイレ行くから荷物見ててくれる?」と話しかけてくるので、「じゃ、今度はわたしの番」とお願いできることもあったけれど、自分から見ず知らずの人に頼むのはためらわれる。図書館も似たようなもので、1日中腰を落ち着けるのは難しい。

そこで、前から気になっていたコワーキングスペースを試してみることにした。仕事場を持つことに憧れてはいたものの、ちょっと贅沢な気がして先延ばしにしていたのだ。近所の友人に紹介してもらって、近場のオフィスに見学&お試し利用に早速出かけた。ロンドン市内に16か所のコワーキングプレイスを運営する会社のもので、わたしが向かったオフィスはわが家からバスで5分、歩いても20分ほどの住宅地の駅前にあった。

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エントランスも今どきの家具売り場のよう。すべてアプリで管理されるので、登録したら入館カードをタッチして出入りするだけ。修理作業や防災訓練のお知らせもメールで届くし、ふつうにオフィスに通う感覚だ。筆者撮影

ジーンズ姿の若いマネージャーさんに案内してもらったのは、大きな窓から自然光がたっぷり入る明るい場所だった。大小さまざまなプラントが置かれているだけでなく、外の街路樹もよく見えるおかげで緑に囲まれているように感じる。オープンなスペースに約60人分のデスクとテーブル、その向こうにキッチンがあり、広いバルコニーにもテーブルが置かれている。奥には個室、会議室、録音設備付きの部屋、集中作業用の防音ブースも用意されていた。

大きなカウンターのあるキッチンには、冷蔵庫、電子レンジのほか、マグカップ、カトラリーも揃っていた。牛乳もオーツミルクも提供され、本格的なマシンで淹れるコーヒーも、種類が豊富なお茶も飲み放題。2台ある食洗機には、備え付けのコップやお皿だけでなく、持参した弁当箱も入れることができ、洗い終わるとスタッフがカウンターに並べておいてくれる。

ライオネル・リッチースティービー・ワンダーなど懐かしのヒットソングがスペース全体に低く流れているのも心地よく、すぐに落ち着いて作業に集中することができた。速くて快適なWi-Fiはセキュリティ対策も万全。ほぼ365日24時間入館できて、清掃スタッフも常駐している。半日ほど利用して、すぐにメンバーになることに決めた。

個人利用の場合、同じデスクを毎日使うかどうかが大きな選択で、わたしはデスクを固定せず、月に10回、空いている席に座るプランを選んだ。料金は月額202.80ポンド(約42,000円)。安くはないけれど、1回の利用ごとに支払うよりはお得だ。

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タブレットや資料を持ち運ぶリュックも新調して、いよいよ通い始めてみると、やはりこのオフィスは快適だった。会社勤務の頃とほぼ変わらない感覚で最初から過ごすことができたのは、デスクを固定するプランの利用者が全体の半分ほどいるおかげかもしれない。

固定プランの利用者はそれぞれが席をカスタマイズして観葉植物や写真を飾ったり、キーボードや文房具を残して帰ったりして、すっかりここで落ち着いている。このプランでは自分宛の配送物も席まで届けてもらえるので、ふつうのオフィス環境にかなり近く、知らない人が出入りするという雰囲気が感じられなかった。周りが当たり前のようにすべてをデスクに置いたままにしているので、わたしも安心して席を離れることができた。見慣れた顔が増えてくると、自分の居場所という感覚がわたしにも芽生え始め、誕生日のお祝いをしているどこかのチームを見ると勝手に仲間意識さえ感じるようになった。

オフィスイベントが頻繁に開かれることも、居心地のよさにつながっていると思う。毎月ある朝食会と夕方の軽い飲み会のほか、花束づくり、世界の食べもの持ち寄り大会、ヘルシー生活セミナー、昼休みのジョギングやヨガなどなど、月に3、4回はイベントが企画されていて、誰でも無料で参加することができる。参加人数はそれほど多くはないけれど、手の空いた人がなんとなく集まっておしゃべりが始まる。初めて参加したアロマキャンドルづくりではわたしにも顔見知りができ、それから世間話をするようになって、オフィス生活が豊かになった。せっかく人と一緒にいるのだし、知り合いができるのは大歓迎だ。

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イベントがあるとオフィスがほのかに華やぐ。この日の朝食会はバレンタイン直前だったので、赤やピンクのベリー類が中心だった。筆者撮影

利用者は20代、30代が中心で、そこに少し上の世代が混じる感じだ。ほとんどがカジュアルな服装で、ヘッドフォンやイヤフォンを付けている。驚いたのは半数以上の利用者が2つ以上の言語を話していることだ。世界中から人が集まるロンドンにいることを改めて実感したし、ついでながら、日本語も話す自分もそのひとり、と思うとちょっと誇らしかった。

慣れてくると、さらに奥には会社や部署ごと入居しているエリアもあることがわかった。コロナ禍以降、高騰する賃料節約のためにコワーキングスペースが人気と聞いていたけれど、まさにこういうことなんだな。このプライベートなエリアを合わせると、このコワーキングスペース全体で200人くらいは収容できそうだ。

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暑い夏の日に配られたアイスキャンディー。クリスマス前にはツリーやサンタをかたどったドーナツの差し入れもあり、オフィス時間を楽しく、居心地よくする気遣いが感じられる。筆者撮影

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バスや地下鉄にも犬連れで乗れる英国のこと、コワーキングプレイスでもそれは同じで、ここでは犬もオフィスに入ることができる。わたしが通うところでは、犬のベッド2つと水のボウルが用意されたコーナーがあり、その脇にはテニスボール、おやつ、マナー袋も置かれて、ウェルカムモード全開だ。

もちろん、飼い主に連れられた犬に何度もオフィスで出会っている。よほどのことがない限り犬たちが鳴くことはなく、最初こそキョロキョロするものの、すぐに慣れて、仕事する飼い主の足元でおとなしく待っている。リードでつながれていない犬は、フロアを勝手にとことこ歩きまわって、行く先々でなでてもらったりしている。初めて会った犬同士がじゃれ合うこともあり、犬がいるだけで場が和む。締切間近の仕事でカリカリしていた日に、気がつくとトイプードルがちょこんと足元に座っていて、一気に緊張がほぐれたこともあった。もふもふが歩きまわるオフィス、最高だ。

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ベンチ席で仕事する飼い主を静かに待つワンコ。犬きっかけで話が弾むこともあるし、強面のおじさまがかがみこんで犬にやさしく話しかけているところを目撃するのもなかなか楽しい。筆者撮影

ここでは、ランチは外に出るより中で済ませる人が多いので、キッチンのカウンターやデスクに広げられる人様のランチにもつい目が行ってしまう。英国のお弁当といえばサンドイッチかと思いきや、自宅から持ってきたパスタやカレー、買ってきたスープ、パイ、スシなどが人気のようだ。電子レンジで温めるのは万国共通だろうけど、その場で一から野菜を切ってサラダを作るとか、作ったり買ったりしてきたものをわざわざ皿にあけて食べるという新鮮な驚きにも遭遇した。日本式のわたしのお弁当を目にした誰かも、ご飯とおかずをあんな風に詰めるんだ! とか驚いたりしているんだろうか。

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飲みものコーナーにはフレーバーシロップもあってカフェのよう。お茶はハーブティーやデカフェなど4種類から選べる。キッチンカウンターに置かれるフルーツや、たまに何かのプロモーションで出てくるお菓子や飲みものも、自由に取ることができる。筆者撮影

いつの間にか、わたしはコワーキングプレイスで周りをながめたり、人と言葉をかけ合ったりすることを楽しんでいた。ここを教えてくれた友人と誘い合わせて、互いに仕事をしつつランチに出る「オフィスごっこ」という新しい遊びも覚えた。隣の席での大声のミーティングが長引いた時に、いったん散歩に出てやり過ごせると少し自信がついたりもする。これらはひとりでは味わえない感覚で、社会を知るためにも、自分を知るためにも、こうして外とつながることは大切なのでは? と思う。特に孤独を感じやすい外国暮らしでは。

こうしてコワーキングプレイス通いがすっかり気に入ったわたしは、昨年11月に工事が終わった後も契約を続けることにした。ただし回数を月10回から5回に下げて、ちょっと節約して。