先日、初めてパントマイムを観てきた。と言うと、白塗りのピエロが体の動きだけで表現をするパフォーマンスを思い浮かべる方も多いだろう。ないはずの壁に触れたり、1人で綱引きしたりする、あれだ。

けれど、英国でパントマイムといえば、クリスマスの時期に上演される子ども向けの喜劇のことだ。「パント(panto」と略されることが多く、日本でいうパントマイムのことはmime(マイム)と呼んで区別している。

パントには長い歴史があり、起源は16世紀にイタリアで始まった喜劇、コメディア・デアルテ(Commedia dell'Arte')にさかのぼる。道化師たちが音楽に乗せて無言で演じていたものが英国に伝わると、役者が次第にセリフを話すようになった。さらにダジャレや言葉遊びを含むドタバタ、配役の男女逆転など独自の要素が加わり、18世紀ごろにほぼ今の形が作られたようだ。ロンドンの有名劇場で人気を博し、クリスマス時期の上演が定着すると、「パント=家族とクリスマス」という結びつきもできあがっていった。

今の時代のパントは、「ジャックと豆の木」、「ピーターパン」、「アラジンと魔法のランプ」など、よく知られた童話に歌やダンス、大げさな演技や笑いを交えて、子どものいる家族向けに演じるものだ。実際の上演の様子を含む、BBCの短い動画記事(日本語字幕付き)を見つけたので、まずはご覧ください。画面が貼れないので、こちらをクリックしてどうぞ。

伝統あるパントには、さまざまなお約束が存在する。ひとつは観客が積極的に参加することだ。悪役には派手なブーイングが送られるし、客をステージに上げることもある。客席との間にお定まりのかけ合いがあるのも人気だ。たとえば、白雪姫の継母が「I'm the fairest of all(世界で一番美しいのはわたしよ)」と言えば、観客は大人も混じってNo, you are not!(そんなことないよ!)」と言い返す。すると女王は「Oh, yes, I am!(もちろんそうよ)」と主張して、客席はまた「No, you are not!」。どちらの側も独特の節をつけて何度か繰り返すので、しつこいと言えばしつこいのだけど、子どもはそんなの大好きでしょう?

わたしのお気に入りは、悪役や探している人が背後にいる時に、「He's (She's) behind you!(後ろにいるよ!)」と客席が大騒ぎするものだ。これはまさに、昭和の時代の子どもがドリフターズに向かって叫んだ、「志村ー、後ろー!」ではないですか! わたしが劇場でパントを観ることにしたのは、これを間近で経験したかったからと言っても過言ではない。

ほかにも、男性が大げさなメイクで女性を演じることや、奇抜な衣装、セレブの登場など、パントの決まりごとはまだまだある。

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パントは12月から新年にかけて、ロンドンの劇場街でも、地方の小さな町でも、さまざまな規模で上演される。わたしが向かったのは、南西部の郊外キングストンにある劇場だった。幼い子どもを持つ若い家族も多いエリアで、ロンドン周辺でよいパントが観られる町のひとつとして名前が挙がっていたのだ。

大人1人で行くのが気恥ずかしかったので(実際、あとで友人に笑われました)、空いていそうな平日午後2時の回を選んでみると、意外にもほぼ満席だった。観客のほとんどは学校行事として先生に引率されている子どもたちで、家族づれが訪れるのは、週末や夕方以降の公演らしい。

制服を着た生徒たちは、大雑把に言って低学年から高学年までの小学生という感じ。子ども向けのパントなんて飽きないかしら、と心配になるような大人っぽい子も混じっていた。

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キングストンではマーケットの町としての長い歴史が今も受け継がれている。この時期はそこにクリスマスマーケットも加わって、町全体がにぎわう。筆者撮影

この日の演目はパントの定番中の定番、「シンデレラ」だった。よく知られたストーリーで子どもたちを飽きさせないためか、かなりアレンジが効いている。あまりに現代風な設定だったので、最初は少しひるんだくらいだ。

両親が離婚したエラはローティーン。一緒に暮らす父親は再婚して、生まれたばかりの双子の妹の世話に忙しい。継母はヴィーガン(完全菜食主義)なのでクリスマスにも肉料理のごちそうはなく、不満はつのるばかりだ。そこに現れた妖精の誘いに乗って、かぼちゃの馬車で舞踏会に出かけたエラは、王子に出会い、なんとそのまま魔法の国に残ることを決める。

戻らないエラを心配した継母は、「あの子はまるで10代の頃のわたしと同じ!」と歌いあげ、エラの方も、「継母はいつもよくしてくれた、彼女のいる家に帰りたい」と願い始める。これって、立場が違う人の気持ちを想像しようという、今話題の「エンパシー」では? 21世紀の子どもたちは、こんなところでもトレンドに触れているのか。

ついにエラは家にたどり着き、アンコールで2人はしっかり抱き合った。めでたし、めでたし。ハッピーエンドもパントのお決まりのパターンだ。

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劇場に行ったのは12月初め。すでにキラキラのデコレーションがほどこされていて、クリスマス気分が盛り上がった。筆者撮影

けれど、実はこの日のパントでは他の約束ごとはかなり省かれていた。派手な衣装の姉妹は男性でなく女性が演じており、観客がステージに上がることもなかった。「後ろにいるよ!」と叫ぶ場面もなかった。パントを見慣れた友人は、「信じられないほどモダン」と驚いていたし、わたしも洗練されたディズニー映画を見た気分になって、感激してしまった(コメディなのに泣いちゃった)。

最近はこういうモダンな解釈を取り入れるパントも増えているようだ。そう言えば、去年一部だけをテレビで観た「美女と野獣」でも、メロディーこそ明るかったけれど、「どんどん、どんどん掘ってみよう。うわべだけじゃわからない、大切なのは中身だよ」という歌があったなあと思い出した。

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上演中、子どもたちはずっと食い入るようにステージを見つめていた。前列に座った低学年の生徒たちは大きく身を乗り出していたし、思春期と迎えたと思しき子どもたちもおしゃべりもせず静かに観ていた(高学年の生徒は飽きないのか? という心配はまったく余計なお世話でした)。

子どもたちが舞台に見入っていたのには、パントの楽しさの他にも理由がありそうだ。劇場内は写真も動画も撮影厳禁で、誰もスマホを手にしていなかったのだ。英国では通常はライブの録画もできるし、本番中は禁止でもアンコールでは撮影できたりするが、この劇場では一切禁止。席についた生徒の写真を開演前に撮ろうとした先生さえ注意を受けていた。ここまで厳しいのは珍しいようだけれど、こうして徹底すれば、上演中、子どもたちはスマホから目を離してパフォーマンスに集中するしかない。

初めてのパントで「後ろにいるよ!」がなかったのは残念だったけれど、また次に観る楽しみができたというものだ。終演後、劇場を出ると、夕暮れの中で子どもたちが父兄に迎えられいて、あたたかい気持ちになった。

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やはりクリスマスの風物詩であるバレエ「くるみ割り人形」を見に行ったロイヤルオペラハウスにて。きらめくデコレーションの中で着飾った観客も多く、この場にいるだけで気持ちが華やいだ。筆者撮影

今年もEngland Swings!を読んでくださり、ありがとうございました。これからも英国ロンドンで見て、聞いて、体験したことをお伝えしていきます。来年もよろしくお願いいたします。

メリークリスマス、そしてどうぞよいお年を!