コロナ禍で海外旅行が制限されて 2 年以上...。もうそろそろ自由に海外旅行ができないものかとウズウズしておられる方も多いかもしれません。海外旅行が趣味だった方たちにとってはとても辛い時期だったかと思います。いや、日本ではまだ現在進行中かもしれませんね。

ところで旅先に中東を選ばれる方はどれくらいいらっしゃるのでしょう。旅の上級者には多いかと思いますが、一般的にはまだまだ敷居が高いのが現状かもしれません。実はヨルダンは旅の上級者だけではなく、旅の初心者でも楽しめる国。この記事ではそんなヨルダンという国の魅力をお伝えしたいと思います。

さて、中東と聞くとほとんどの方がマイナスのイメージを持たれるのではないかと思います。紛争、テロ、狂信的な宗教、よく分からないけど危険...というのが一般的なイメージなのではないでしょうか。これは筆者が初めてヨルダンに渡った 15 年前から全く変わっていません。筆者が単独でヨルダンに渡ることを決めた時、この国に関する信頼できる情報はほとんど手に入りませんでした。

アメリカであの衝撃的な 9.11 同時多発テロが起きた後から中東のイメージは下降の一途をたどり、中東に行くなんて無謀な‼ というのが世間一般のイメージとして定着してしまったのではないかと思います。とはいえ、その前から中東はバックパッカーが勇んで制覇したい国で、どちらかといえば「変わり者」が行く地域であったことに変わりはないと思います。

世界遺産のペトラすら知らなかった筆者が単なるインスピレーションで飛び込んだのがヨルダン。2008 年のことです。中東の中では多分アラビア語を学びやすそうな国...というだけの理由でした。予備知識はゼロ。そんなヨルダンで観光の面白さに目覚めました。北海道ほどの大きさの国でありながら、砂漠、死海、山、数々の世界遺産など、ヨルダンには魅力がぎゅっと詰まっています。そんなヨルダンの観光地の魅力についてはこの記事の後半でお伝えするとして、まずヨルダンの観光業界について少し触れたいと思います。

「アラブ世界」の定義:この記事で「アラブ世界」という表現を使う場合は、「アラブだけで成り立つ世界」すなわち中東に存在するアラブで構成された社会のことを指しています。中東の(欧米や日本など) で暮らしている個々のアラブについては語っていません。

ヨルダンの観光業界裏話: なぜセクハラ被害が多いのか

中東に関する情報を集めようとすると、セクハラについて言及している人やサイトが多いことに気づかれるかもしれません。中東を旅先に選ぶ人の絶対数が少ないので、長い間ヨルダンといえばガッツのあるバックパッカーたちが修羅場をくぐり抜けながら旅を続けるような行き先でもありました。ただしヨルダンはここ 10 数年でかなりの変化を遂げ、地元のアラブの意識もかなり変わりました。ですから、セクハラの数は以前よりかなり減っていると思います。

それにしても、なぜヨルダンではセクハラが多いのか。もちろんヨルダンだけではなく、その他の中東アラブ諸国も同じです。ただしこの記事ではヨルダンにフォーカスしています。さて、セクハラが起こる理由は色々あるためこの記事ではすべてを取り上げることはしませんが、原因の 1 つにヨルダンの観光業界の体質が挙げられると思います。

私がヨルダンに渡った当時、観光業界はヨルダンでも特に体質が古いコテコテのアラブの世界でした。一般的な現地旅行会社はいわゆる同族会社で、身内で固められた世界。ヨルダンには大小の旅行代理店がひしめいています。当時は観光がブームになりつつある頃で、現地旅行会社の数は 800 とも言われていました (もちろん、今では自然淘汰され数はかなり減っていると思われます)。ヨルダンの国土が北海道と同じくらいの面積であることを考えると、この数はすごい数だと思います。

が、ヨルダンの現地旅行会社は家族経営がほとんど。父親が社長で、専務は長男、ドライバーは父親の弟...などファミリービジネスの典型。とにかく大家族のアラブ。ですから家族・親族総動員で会社を動かします。そしてもちろん男性優位! ですから体質が非常に古い。こうした環境では、どうしても「なーなーの仲」になってしまい、お客様からのクレームに対処するより身内を守る体制に入ってしまう。

例えばドライバーがセクハラしたというクレームが来ても、身内の解雇はあり得ません。解雇されないことが分かっているので、セクハラの傾向がある者は調子に乗って同じことを繰り返す。これでは質の良いビジネスを提供できません。これがヨルダンの現地旅行会社の現実でした。とはいえ、何度も言いますが現在ではかなりの程度改善されています。

ヨルダンでツアーコンサルタント/コーディネータとして働き始めた私の前に立ちはだかった難題は、信頼できる質の良い提携先 (現地旅行会社) を見つけること。とっかえひっかえ色々な現地旅行会社を試しては、ここもダメ、あそこもダメ...を繰り返す日々でした。もともと自信満々なのがアラブ。不敵な笑みを浮かべて「絶対に満足させますよ」「うちのサービスは最高だからね」などと口だけは本当に立つんです。でも実際に仕事をしてみると、もう失敗だらけ。フォローのしようがなく、がっかりすることのほうが多い。またか! やっぱりな! この口先男め! と、何度も手を切りました。

そして行き着いた結論が、家族経営の現地旅行会社に将来性はない。それからは、コンタクトを取る前にまず確認したのが家族経営かどうかという点です。家族経営であった時点で、もう取引の対象とはなりません。ですが、家族・親族という枠に縛られていない旅行会社を探すのは至難の業でした。

偶然の出会いが長い付き合いへと

そんなときに偶然巡り合ったのが、同族会社ではなくインターナショナルな会社で、さらに社長が女性という稀有なエージェント。ダメもとで門をたたいたのは 2013 年のことです。全く期待していませんでしたが、この旅行会社こそが理想通り、いえ理想以上の旅行会社だったのです。

まず驚いたのが、こんなインデペンデントな女性がアラブ世界にもいるのか...という点。今年 50 歳になる彼女は独身。アラブ女性がアラブ社会で男性の力を借りずに、自分らしく本領を発揮して自由に生きるのは至難の業です。

この旅行会社はエルサレムに本社があり、トルコやイタリアなどにも支店を展開しているインターナショナルな会社。支社とはいえ、ヨルダンに関しては一切の権限を任されているのがこの女性社長。コロナ前、この会社はヨルダンで 3 番目に集客率が高く、ぺトラへのツーリストの集客率が最も高い会社の一つに選ばれて、賞を獲得したこともあります。

Raja.jpeg
Raja さん提供 ‐ 集客率の高さで賞を獲得した女性社長 Raja さん

アラブ世界のお手本のような女性マネージャ

私が彼女から特に感銘を受けたのは、ミスや手落ちがあれば言い訳を一切せずに潔くすぐに謝罪できる強さです。アラブ世界では謝罪はほとんどなされません。まず長々とした言い訳から始まり、自己弁護の末に逆ギレ...というパターンが非常に多い。男性も女性もほぼ同じです。そして大人であれ子供であれほぼ同じ反応です。こうした対応に辟易していた私にとって、潔く謝罪ができる彼女の姿はヒーローのように輝いて見えました。

憧れの女性.jpgRaja さん提供 ‐ 憧れの女性と一緒に仕事ができるのは私の誇りでもあります。

彼女との出会いで、私の仕事もグッとしやすくなり、ストレスが激減したことは言うまでもありません。ビジネス提携を始めて10年近くになりますが、彼女への尊敬の気持ちは今でも全く変わりません。いつも冷静で公正で真に賢い女性。こんな逸材はまさにアラブ世界の宝石のような存在です。

あっぱれの女性社長へのインタビュー

そんな彼女を作り上げたのは何だったのか...。私と彼女との付き合いは長いのですが、今回改めてインタビューをしてみました。皆さまにもこの「すご腕ヨルダン女性」の魅力が伝わればと思っています。

‐ まず自己紹介をしてください。
Raja です。ヨルダン生まれヨルダン育ちです。ツアー業界では 29 年間働いています。実は年寄りなんです(笑)。ツアー業界ではまずガイドとして働きました。現在は Near East Tourist Agency のヨルダン支部の社長として働いています。

‐ なぜガイドになろうと思ったのですか? というのも、男性優位なヨルダンの観光業界では女性はほとんど表舞台に出てませんでしたよね?
その通り。私はヨルダンでは初めての女性ガイドの 1 人でした。ヨルダン男性にとって、女性が遺跡内でツーリストに説明をする姿は非常に奇妙に映りました。でも私は遺跡や古跡や歴史的遺産や文化が好きです。そして私はヨルダンにある歴史的資産のゆえにこの国を非常に誇りに思っています。私はヨルダン北部のジェラシュで育ち、17 歳までそこで過ごしました。ジェラシュはローマ時代のデカポリスの 1 つで「1000 本の円柱の街」としても知られています。私は幼少期をこうした円柱に囲まれて過ごしました。

‐ そうだったんですね。幼い頃、ジェラシュはどんな存在でしたか?
ジェラシュは私の遊び場でした。そしてそれが私を遺跡好きにさせました。私は円柱や古代の集落の跡地をいつも眺めていました。そして遺跡の発掘作業をしている外国人によく話しかけていました。こうした外国人の考古学者たちは私の家の前に住んでいました。バケツには発掘物がたくさん入っていて、私はよく「これで何をするの?」と尋ねたものです。ですから、私の遺跡への関心は、幼少期の遊び場だったジェラシュで育まれたのです。

WhatsApp Image 2022-06-30 at 21.40.08.jpeg Raja さん提供

‐ 英語はどうやって習得しましたか?
ヨルダンでは当時、英語は小学校の 5 年生から教えられていました。現在では 1 年生から英語の授業があります。私はとにかく語学が好きでした。大学では英文学を専攻しました。その後ヨルダン観光局によるガイドの養成コースに通い、ガイドの資格を取得しました。それから同じ大学に戻り、修士課程で言語聴覚療法の分野を研究しました。

‐ ヨルダンでは初めての女性ガイドの1人だったということですが、なぜガイドの仕事を辞めましたか?
10 年間ガイドとして働いた後にアメリカで 1 年半就職しました。ヨルダンに帰った後はガイドとしてもう働きたくないと思いました。現場を動かすマネジメントの仕事がしたいと思ったんです。面接を受けて、2003 年に現在働いている会社の権限を委任され、社長になりました。ここで 19 年間働いています。ヨルダンでは、自分名義ではない会社で、しかも女性の社長として働いているのは現在でも私だけです。ヨルダンでは自分の会社を持つことは簡単です。誰でも自分の会社を持てますが、経営者としてではなく管理運営者として女性が別の会社の権限を委任されるというケースはほとんどありません。

‐ 旅の行き先としてのヨルダンを表現してください。
ヨルダンはその価値を認識できる人にとって宝石のような存在です。ヨルダンには「本物」が多くあります。世界で一番古いダムといわれるジャーワ、漆喰と葦で作られたアインガザル像、ペトラ、イエス・キリストがバプテスマを受けたといわれるベサニー、預言者モーセが登って亡くなったネボ山など、オリジナルでオーセンティックなもの (本物) がたくさんあります。他では真似できないものばかりです。

ヨルダンの自然も稀有なものです。海面下にある保護区が 2 つあるのもヨルダンだけです。世界で一番低い場所 (海面下約 400 メートル) にあるムジブ保護区およびフェイナン保護区です。こんな小さな面積の国土に、こうしたものすべてが詰まっているんです。

ヨルダンの南東部にある砂漠でも発掘が進んでいます。発掘するたびに新しい発見がなされます。Authentic Jordan (オーセンティックなヨルダン) と名付けるのにふさわしい国です。人類史はこのエリアから始まりました。例えばエジプト文明は、確かに壮大でした。でもヨルダンにあるものはもっと古いんです。例えばアインガザル像はエジプト文明よりはるかに昔のものです。

‐ ヨルダンで絶対に見るべき観光地はありますか?
ペトラ、ワディラム、ベサニー(宗教に関心がある方)、ジェラシュ、ウンムカイス、アムラ城 (ユネスコ遺産に指定されている) などです。

‐ ヨルダンの観光業界が抱える問題とは何ですか?
私はヨルダンを愛しているからこそ、時々批判もします。欠けている点に目を向けるのは大切だと思います。例えば道路標識です。標識は一貫しているべきです。またウェブ上にアップされている情報です。真正性が証明された情報だけがアップされるべきです。信頼できる情報を取りまとめる機関が必要です。ヨルダン国内のごみの問題もあります。私は誰か特定の人を批判しているわけではありません。ただし政府は耳を傾けるべきです。

もちろんヨルダンには失業の問題を含めた数々の問題が山積しています。ただし私のプロフェッションは観光です。ですから私は自分のプロフェッションの範囲内で声をあげています。変革にはスピードが必要です。ヨルダンはユートピア (理想郷) ではありません。ですから批判に耳を傾けるべきです。

‐ コロナで観光業界は影響を受けましたが、ヨルダンの観光セクターは回復傾向にありますか?
2022年3月以降、ワクチン接種・未接種に関わらずヨルダンへの入国が可能になりました。また到着時のPCR検査も必要ではありません。コロナ前のようではもちろんありませんが、それでも回復の兆しが見えます。

‐ アラブ世界でビジネスウーマンとして生きることをどう感じていますか?
粘り強く、打たれ強くあるべきです。29 年間のキャリアを積み重ねた今も私の能力を疑う人がいます。女性は、料理の方法・メイクの方法は知っていて当然だけど、観光に関わる情報 (どのルートでトレッキングをするか、遺跡のどこに着眼するかなど) を知る必要はないというステレオタイプは今でも存在します。

ヨルダンの観光業界で女性が活躍することはまだ一般的ではありません。女性の数はまだ限られています。私はまだヨルダンで非常にまれな存在です。もちろんヨルダンでは女性ガイドの数も増えていますし、女性の部門マネージャなども増えています。でも管理職クラスで活躍する女性は限られています。

‐ アラブ世界では結婚して家庭を持ち子供を持つことが普通とみなされていますね。
それでもいいと思います。もしそれがその人のしたいことなら。でも私は自分がしたくないことはしたくありません。

‐ なにが現在の Raja を作り上げましたか?
父方の祖母がすごく強い女性でした。彼女は夫を亡くしましたが、父親のビジネスを管理し、4 人の子供を育て上げました。それから私の母親は孤児でした。母は自分でしっかり考えるように私たちを育てました。女だからこうしなさいと言われたことはありません。ガイドになることにもアメリカで就職することにも母は反対しませんでした。むしろサポートしてくれました。

私の一番上の姉は 1989 年にヨルダンの航空会社に就職しフライトアテンダントになりました。当時のヨルダンでは、ヨルダン人女性がフライトアテンダントになるというのは、女性がガイドになるということより奇異なことでした。でも姉は気にしませんでした。私が育ったのはそんな環境です。いずれにしても、私はいつも闘ってきました。欲しいと思うものがあればそれを得るために努力してきました。性別ゆえに、つまり女性だからできないというのは私には受け入れられません。

‐ とはいえ、アラブ世界では社会からのプレッシャーが自分の意志より強いですよね。
でもやはり選択の問題です。自分が信じることのために強くあることが必要です。私は自分がこれだと信じる生き方をしたい。他の人に強制される生き方はしたくありません。母親になりたい、あるいはなりたくないというのは私の個人的な選択です。他の人は干渉すべきではありません。

‐ それはセオリー (ここでは理想論という意味) ですが、実行に移すのは難しいですね。
私たちには考える力 (脳) があります。それを使わないとだめですね。

‐ あなたの一番の理解者は誰ですか?
母親、私の兄弟たち、父親...みんな私の理解者です。私の家族はみなそれぞれ自分らしく生きています。キャリアを持つことは私の家族の中では特別のことではありません。私の家族にとっては、自分らしく生きること・社会のプレッシャーの犠牲者にならないことは、セオリーではなく現実のことです。

確かにこの社会では結婚をしない女性は女性として何か欠落していると考えられています。でも結婚して子供ができない場合も問題があるとみなされます。離婚するのも問題ですし、やもめになるのも問題です。つまり何でもかんでも問題なんです。だったら選択しないと。自分が幸せになる道を選ぶんです。なぜなら、何をしても結局何か言われるんですから。ですから私は自分が信じる道を行くだけです。

‐ そのためには自分をよく知ることが必要ですよね。
その通りです。自分の欠点を知る必要があります。欠点が分かれば改善できます。もちろん外見や背の高さなど修正できないものもあります。見た目が重視される職業につかなくて良かったです(笑)。自分を知り、改善できる点は改善すること、自分のベストを尽くすこと。誰かを真似する必要はありません。

今の時代、みんな同じ髪型をし、同じ美容整形をし、同じスタイルの服を着たがります。それではいけません。自分らしく、1 つしかない「本物」になることが必要です。闘う気力は必要ですね。

‐ ありがとうございました。

どうでしょう、まさに宝石のような女性だと思われませんか?

アラブ世界には、アラブなりの「恥 (アイーブ)」と呼ばれる数々の「掟(おきて)」が存在しています。外国人やアラブ男性には適用されませんが、アラブ女性にはこの「掟」に従うことが暗黙のうちに要求されます。言葉にはできない色々な葛藤があるとはいえ、自分らしさ、世界にたった1つしかない自分という「本物」を貫こうとするこの姿勢。「本物」がたくさんあるヨルダンという国にふさわしい女性といえます。男性優位なアラブ世界で結果を出すことで、最終的にはアラブ男性からも信頼と敬意を勝ち得、誰にも文句を言わせない。あっぱれの女性社長です。

さて、ここでヨルダンという国の魅力をさらに知っていただくために、女性社長 Raja さんが触れた観光地をご紹介したいと思います (ただし、世界で一番古いダムといわれるジャーワはまだ観光地化されていません)。また、私が個人的に勧めたい観光地についても記事の最後で触れさせていただきます。ご関心のある方は、引き続きお読みください。=====

ヨルダンに行くなら必見‼ お勧めの観光地

まずこの社長 Raja さんが作ったヨルダンの紹介ビデオを貼り付けたいと思います。「Authentic Jordan (オーセンティックなヨルダン)」をテーマに、ヨルダンにある「本物」を紹介しています。

世界遺産ペトラ

これを外してヨルダンは語れません。ペトラ遺跡は岩でできた遺跡で、あちらもこちらも見渡す限りの岩。実際、ペトラとはギリシャ語で「岩」という意味なのです。野外博物館ともいえるこの観光地、回るのに丸 1 日はかかります。映画「インディージョーンズ - 最後の聖戦」が撮影された場所としても有名です。

DSC00147.JPG筆者撮影 ‐ ペトラ遺跡の有名なアングル

現在一般的に言われているのは、ペトラは西暦前 1 世紀から西暦 1-2 世紀にかけて建設されたアラブ人の一族ナバテア人の王国の首都だったということ。ナバテア人というのはもともと遊牧民族だったようですが、砂漠を横断するキャラバン (隊商隊) の安全を保証することで経済的な見返りを受けるようになり、とても潤うようになりました。ナバテア人は 2000 年以上前にこの地に定住し、切り立つ岩壁を削り、他に類を見ない大都市を建立しました。

岩の表面に施されたファサードといわれる装飾が圧巻です。一番有名なのはエルハズネと呼ばれるこのファサード。岩に一体どうやってこんな精巧な装飾を施したのだろうと思わずにはおれません。ただペトラの岩は「砂岩」と呼ばれるタイプの比較的柔らかい岩なので、装飾が比較的容易だったようです。それにしても、エルハズネの保存状態はとても良く、息をのむほどの美しさです。これは立地的に風の通り道ではなかったことから、風による風化を免れたことによります。

DSC00151.JPG筆者撮影 ‐ ペトラのエルハズネ(宝物庫)

ペトラ遺跡は別名「薔薇色の都市」とも称されます。これは太陽の光を受けて温まった岩がローズ色へと色を変えるため。午後から夕刻にかけて遺跡内は薔薇色に染まります。

ペトラの歴史に関しては諸説ありますし、遺跡では現在も発掘作業が行われています。発掘されるものによっては、これまでの通説がゴロッと覆されることも。ですから、ペトラに関してはまだまだ分かっていないことのほうが多いです。

ちなみに、サウジアラビアには「マダイン・サーレハ」と呼ばれる観光地があります。サウジのマダイン・サーレハもペトラと同じように世界遺産登録されています。とはいえ、サウジのマダイン・サーレハはヨルダンの遺跡の延長。ヨルダンにあるこのナバテア人の王国が現在のサウジまで伸びていたのです。ヨルダンのペトラこそがナバテア人の王国の首都だったという点でまさに Authentic (本物) といえます。

世界遺産ジェラシュ
ペトラと肩を並べるほど人気が高いのが、ジェラシュ。ローマ時代に黄金期を迎えた都市で、デカポリスの1つでした。イタリア以外の場所では、最も保存状態のよいローマ遺跡の 1 つとして広く知られています。当時は「ゲラサ」という名前で知られていました。ジェラシュには「1000本の列柱が立ち並ぶ都市」という別名があり、秩序良く立ち並ぶ列柱は圧巻です。じっくり見ると 3 時間ほどはかかります。

iStock-1139047896.jpgi-Stock ジェラシュ遺跡にあるフォーラム(オーバルプラザ)

ワディラム
ワディラムは、映画「アラビアのロレンス」の舞台ともなった有名な赤い砂漠です。また最近では、ディズニーの実写版映画「アラジン」がこのワディラムで撮影されました。砂漠とはいえ、ごつごつした岩がそそり立っていて月面を思われるユニークな場所であることから「月の谷」とも称されます。

アラビアのロレンスは、自著「七つの知恵の柱」の中でこの砂漠を「vast, echoing and Godlike」と表現しています。日本語では「広大に響き渡るは神の如く」と訳されるこの表現、ちょっと意味が分かりにくいのですが、ここに来られた方なら何となくイメージがつかめると思われるかもしれません。多分ロレンスは、聞こえるものといえば風の音と反響する自分の声しかないこの静まりかえった広大な砂漠を、「神々しいまでに気高い」と表現したかったのでは、と思います。ワディラムの砂漠は本当に静かで、風の音しか聞こえません。

iStock-478291614.jpg
i-Stock ワディラムの砂漠。月面のようにボコボコとした岩が突き出ています。

ワディラムでのアクティビティは、砂漠でのジープツアーとベドウィン仕様のキャンプ場での宿泊です。昨今はラグジュアリーな 5 つホテル並みのキャンプ場も出てきていますが、個人的には砂漠に来たなら砂漠本来の美しさと砂漠ならではの不便さを味わうのが醍醐味なのでは? と思っています。いずれにしてもワディラムを訪れずしてヨルダンを制したとは言えません。

ムジブ保護区 (死海)
ムジブは海面下約 400 メートルに位置する死海の東側にあり、世界で一番低い場所にある稀有な保護区です。日本人のお客様にはまだそれほど知られていませんが、「大人でもはしゃいでしまうアドベンチャースポット」として欧米からのツーリストには人気があります。

ムジブ保護区にあるのは深く険しい峡谷。大きな岩が険しい断崖を形成し、鋭く切れ落ちて狭い谷にそそり立ちます。ペトラのシークを思わせますが、さらに高く険しい!! 谷には四季を通じて涸れることのない澄んだ水の小さな流れがあって、沢山の魚が見られます。春から秋にかけては、この渓谷内でウォータートレイルを楽しんでいただけます。ウォータートレイルとは文字通り、水の中を歩くコースです。ちなみにムジブ渓谷は聖書の中では「アルノンの奔流の谷」と呼ばれています。

RIMG9759.JPG筆者撮影 ‐ ムジブ保護区で楽しめるウォータートレイル

冬場は保護区は閉鎖されますが、保護区に併設されているシャレー (簡易宿泊施設) には年間を通じてお泊りいただけます。死海が眼前に広がる美しいシャレーでのご宿泊は、季節を問わずにお勧めです。個人的には、ここから見る死海が一番美しいと思っています。

RIMG9864.JPG筆者撮影 ‐ ムジブ保護区から見る死海が一番美しいと胸を張って言うことができます。

ネボ山
預言者モーセ終焉の場所と言われています。モーセは死ぬ前に約束の地をこの山から一望し、その後この山で息を引き取りました。天気が良く空気が澄んでいる日には、モーセが見たであろうパレスチナ側の約束の地をここから見渡すことができます。

Nebo.jpgi-Stock ネボ山。ここからパレスチナが一望できます。

ベサニー (アル・マクダス)
イエス・キリストがバプテスマ (浸礼) を受けた場所といわれています。イスラエル側にもイエス・キリストがバプテスマを受けたと呼ばれる場所がありますが、聖書の中ではイエスはベサニーでバプテスマを受けたと特定されています。とはいえ、ヨルダン川の流れは時の流れと共に変わっていますので、もしかするとベサニーは現在のイスラエル側にあったかもしれません。

iStock-680287022.jpgi-Stock べサニー

いずれにしても、聖書時代と同じ名前で呼ばれているという点では「本物」。2015 年に UNESCO の世界遺産リストに登録されました。イスラエル側のイエスの浸礼場所とほぼ顔と顔を向かい合わせており、巡礼目的のツーリストが集団でバプテスマを受けている様子を見ることもあります。またこのエリアはイスラエルとの軍事国境線になっており、イスラエル側が 1 メートルほどの川を挟んで目と鼻の先にあるという不思議な光景。

海面下にあるこの観光地は、死海と同じでアンマン市より常に 10 度ほど気温が高く、夏はとても暑くなります。歩く距離も長いので、夏は朝早くにご観光されるようにお勧めします。

ウンムカイス
ヨルダン北部にあり、ヨルダン・シリア・イスラエルという3カ国を一望できる場所で、イスラエル側の美しいガリラヤ湖の眺めが楽しめます。

DSCN1160.JPG筆者撮影 ‐ ウンムカイスからイスラエルのガリラヤ湖を望む。この日は天気が悪く雨が降っていたので、クリアではありませんが...。ちなみに写真右側の小高い丘は既にシリア領です。

ウンムカイスは、聖書のマルコとルカの記述の中で「ガダラ人の地方」と呼ばれている場所であったといわれています。聖書によると、イエス・キリストはガダラ人の地方のある都市の近くで、悪霊に取りつかれた凶暴な二人の男の人に出会いました。イエスはこの男性たちから悪霊たちを追い出す際、その悪霊が豚の大群に取りつくことを許しました。その結果、豚の群れは突進して断がいからガリラヤ湖に落ち溺死したと書かれています。

ヨルダン国立博物館
ここにアインガザル像が展示されています。アインガザル像は大きいもので 1 メートルほどの高さで人間の形をしており、漆喰と葦で作られています (葦が骨の役目を果たし、外側は漆喰で覆われています)。

アインガザルというのはこの像が見つかった村の名前で、全部で 15 体ほどが発掘されたようです。人間の全身をかたどった像としては最も古いものの 1 つといわれており、一説によれば 9000 年前のものともいわれています (とはいえ、人間をかたどった世界で一番古い像はトルコで発掘されたウルファマンだという意見が大多数です)。

YouTube チャンネルから ‐ 英語ですが、アインガザル像について説明しています。

保存状態が良いのは、この像が長期にわたって飾られていたのではなく、作ってほどなくして埋められていたからではないかともいわれています。ただしこの像の用途は分かっていません。

アムラ城
ヨルダン東部にある「砂漠の城」とまとめて呼ばれる遺跡群の 1 つで、ウマイヤ朝時代のお城の一部です。1985 年にユネスコの世界遺産に登録されました。お城といっても、現在残っているのはハマム (お風呂) とレセプションホールだった建物だけです。この内部には約 1300 年前のフレスコ画が残されており、イスラム初期の芸術を知るうえでとても貴重です。

iStock-490851937.jpgi-Stock アムラ城

フレスコ画には狩りのシーンや動物や果物などと共に女性の裸体が幾つも描かれていて、イスラムの芸術としては「あれ?」と思ってしまう興味深いものです。ウィキぺディアの情報によりますと、「表向きは征服した地の警戒のために建てられたと言われているが、実際には厳格なイスラム教徒の目をそらし、王族達が快楽を享受するための離宮だったと考えられている」そうです。

iStock-1311350953.jpgi-Stock 入浴女性を描いたアムラ城のフレスコ画

知る人ぞ知る人気スポット ‐ ヨルダンにある保護区の数々

さて、主な観光地をざっと挙げました。ヨルダンといえば遺跡、というイメージがかなり固定していますが、ヨルダンの魅力は実は遺跡だけではありません。次に、知る人ぞ知るヨルダンにある幾つかの貴重な保護区についても触れたいと思います。

ムジブ保護区とワディラム保護区についてはすでに触れていますが、ヨルダンにはさらに幾つかの保護区があります。どの保護区もぜひ訪れていただきたいユニークな場所です。石と岩と砂漠...というヨルダンのイメージを覆すような息をのむ風景が眼前に広がります。

ダーナ保護区
ダーナはペトラにほど近いタフィーラという場所にある保護区です。ヨルダンが実は、隠れたトレッキングの名所が散在する「トレッキング王国」であることはヨーロッパ圏のツーリストにはよく知られた事実。トレッキングを楽しめる代表的な観光地が、このダーナ保護区です。

希少な鳥やアイベックスなどの野生動物の住みかでもあり、人手の入らない雄大な自然を楽しむことができます。ダーナの壮大かつ雄大な威風堂々とした風景は、「The 中東」これぞ中東‼ といえるものです。そして岩山に落ちていくサンセットが息をのむほど美しい。

R0012877 (2).JPG筆者撮影 ‐ ダーナの夕焼け

春には小花が咲き乱れ、夏から冬の間はゴツゴツした岩山が色々な表情を見せてくれます。ダーナ保護区には自然を満喫するウォーキングコースがたくさんあり、2 時間ほどのコースから 7 時間ほどのコースまで選択できます。

R0012897 - コピー.JPG筆者撮影 ‐ 暑い時期はこんな青トカゲを見ることもできます。目が覚めるような真っ青な色!

フェイナン保護区
ダーナ保護区から 900 メートルほど下がった海面下にある保護区で、死海から約 16 キロほど内陸に入ったところにあります。ダーナ保護区からトレッキングコースで徒歩 6-7 時間ほどでフェイナンに到達します。夏はかなり暑くなります。

フェイナンには Feynan Eco Lodge (フェイナン・エコ・ロッジ) と呼ばれるエコをとことん追求した宿泊施設があります。建物の中では夜でも人工的な光はほとんど使用されません。レストランもお部屋もすべてキャンドルの灯り。お部屋のトイレのみ、電気が付きます。またロビーだけに限られますが Wi-fi も使えます。 Feynan にもたくさんのウォーキングコースがあり、ヨーロッパからのツーリストは 6 泊など連泊してこの海面下にある保護区を散策したりしています。

iStock-474688124.jpgi-Stock フェイナンにあるエコロッジ

アジュルーン保護区
アジュルーン保護区はヨルダン北部にある観光地で、アジュルーン城からほど近い場所にあります。ヨルダン=砂漠というイメージとは全く異なり、ヨルダン北部では美しい緑を楽しんでいただくことができます。

アジュルーン以北では春の時期に野草が咲き乱れ、「絵のように美しい風景」が広がります。この保護区にも自然を満喫できる幾つかのトレッキングコースがあり、ヨルダンらしくない、それでも実はこれぞヨルダンという風景を楽しんでいただけます。

DSC_0569.JPG筆者撮影 ‐ アジュルーンの風景
DSC_0532.JPG筆者撮影 ‐ アジュルーン保護区で見た野生のシクラメン (だと思います)。その強さと清楚な美しさに惹かれました。

ダーナやアジュルーンといった保護区は、ウォーキングなどのアクティビティが特にお好きではない方でも 1 泊する価値があると思います。筆者のお客様の中にも、初めは特に乗り気でなかったものの、蓋を開けてみるとヨルダン旅行の中で一番お気に入りの場所になったという方が幾人もおられます。物は試しでぜひ行程に含めていただきたく思います。

ヨルダン旅行で古代の人々の息遣いを感じる

古の過去から様々な人が行き交ったこのヨルダンの大地。首都アンマンは発展してすっかり様相を変えていますが、アンマンを一歩出ると、古代からそれほど変わっていないであろう中東独特の風景が残されています。筆者にとってはこの中東の景色こそが「Picturesque」つまり「絵のように美しい」ものです。雄大で雄々しく、何より何千年も変わらないこの風景。ヨルダン旅行で、古代の人々の息遣いを感じることができます。旅先に悩んだら中東へ! ぜひこの魅惑の地にさらに多くの人が足を運んでくださるように願っています。