歴史的ということもできる大きな変化が世界遺産ペトラに訪れました。ヨルダンが誇るこの遺跡でツーリストを乗せるために長年使われてきた馬や馬車に取って代わって、電動式のゴルフカートが導入されたのです。動物愛護者にとっては悲願の、しかしペトラ遺跡で商売を営むベドウィンたちにとっては悲嘆の (?) 苦渋の決断だったのではないかと思われます。この詳細をお伝えする前に、まずペトラ遺跡について少しご紹介したいと思います。

ペトラ遺跡とは?

ペトラ遺跡を一躍有名にしたのは、この遺跡が1989年制作の「インディージョーンズ 最後の聖戦」という映画で使われたことです。この有名なアングルはどこかで見たことがあると思われる方も多いかもしれません。

Petra.JPG ペトラ遺跡で写真を撮るならこのアングルは欠かせません。‐ 筆者撮影

ペトラとはギリシャ語で「岩」を意味します。実際のこのペトラ遺跡は岩だらけの都市。西暦前 1 世紀から西暦 1-2 世紀にかけて繁栄したナバテア人の王国の首都だったということが分かっています。ナバテア人とはもともとは遊牧民族だったようですが、砂漠を横断するキャラバン (隊商隊) の安全を保障することと引き換えに金銭的な見返りを受けるようになり、この都市はとても潤うようになりました。

ペトラは 1985 年に世界遺産に登録され、2007 年には「新・世界7不思議」に認定されました。この遺跡は別名「薔薇(バラ)色の都市」とも呼ばれています。ペトラ遺跡の岩は砂岩。この砂岩は太陽の光を受けて温まると赤みを帯びてローズ色へと変化します。太陽が照る天気の良い日には、午後から夕方にかけて遺跡内がローズ色に染まり、とても美しくなります。

ローズ色のペトラ.JPG太陽の光で暖められた遺跡は薔薇 (ローズ) 色に輝きます。 ‐ 筆者撮影

ヨルダンは治安がよく、中東の中でも人気が高い観光地。アラブの春の影響もほとんど受けることなく、政情不安を何とか回避して今に至ります。ヨルダン観光の大目玉のペトラ遺跡には年間何十万というツーリストが訪れます。2019 年にその数はピークに達し、なんと 113 万 5300 人が訪れたということです (こちらの記事を参照)。

このように中東の中でも絶大な人気を誇るヨルダン観光・ペトラ観光ですが、同時にツーリストの不満の声も蓄積していました。それはなぜでしょうか?

ペトラ遺跡内の動物たちは虐待されている?

ペトラ遺跡は石と岩でできた野外博物館のような遺跡。遺跡内はとても広く、ある程度見どころを押さえようと思うと最低でも丸一日かかります。この遺跡内で問題になるのが移動手段。とにかくひたすら歩く必要があります。最後のモナスタリーまでは石の階段を 800-900 段登っていく必要があります。

健脚組なら、多少疲れるものの十分歩けます。でもペトラ遺跡に来るのは若者たちや健脚組だけではありません。高齢者層もたくさん訪れます。子供連れもいます。そのため遺跡内では、ロバ、馬、ラクダなどの動物が人間の移送手段として使われてきました。でもラクダは 900 段もの階段を上ることはできません。基本的には平地を歩きます。ですから遺跡内の動物たちはエリアごとに使い分けられています。

こうした動物たちは過酷な労働を強いられており、十分な餌や水を与えられることもなく、ただただ鞭打たれて働かされてきました。こうした動物たちの窮状に声を上げたのが PATA という団体です。この PETA が果たした役割については後述するとして、ペトラ遺跡での動物たちの様子について少し書いてみたいと思います。

ペトラ遺跡で過剰労働させられる動物たち

先ほど「遺跡内の動物たちはエリアごとに使い分けられています」と書きました。そこで、この記事ではエリアごとに詳述してみたいと思います。以下、赤色の文字の部分がエリアとなります。

まずペトラ遺跡の入り口からシークと呼ばれる大岩の裂け目の入り口までは馬。

遺跡の入り口からシークに至るまでの道.JPGペトラ遺跡の入り口からシークに至るまでの道。比較的歩きやすいです。 ‐ 筆者撮影

このエリアはなだらかな下りになっているので、行きは問題ありませんが、帰りは緩い坂を上っていくことになり、ただでさえ歩き疲れた身には少しきつい。それほど長い距離ではないので十分に歩けますが、ベドウィンたちはツーリストを何とかして馬に乗せようと声をかけていました。この馬乗りに関しては、いつもツーリストとベドウィンたちとの間でいざこざ (時には怒鳴りあい) が起きていました。

乗馬体験は実はペトラのチケット代にあらかじめ含まれているものです。ちなみにペトラ遺跡のチケット代は 1 日観光で 50JD(7200円) で、世界一高い観光地とも揶揄されています。このチケット代は単にペトラ遺跡に入るためだけのもので、遺跡内ではランチ代その他もろもろの別料金が発生します。ですからペトラ観光はかなりの出費となります。

この高いチケット代に唯一含まれているのが乗馬体験。たかだか数百メートルの距離ですが、チケット代に含まれているなら...と乗馬するツーリストも多いです。ところがベドウィンたちは乗馬の最後にチップを要求します。そのチップの額も、小銭程度ではなくしっかりとした金額です。ツーリストとしてはチケット代に既に含まれているのに、そしてこのチケット代が半端なく高いのにお金をさらに要求されることに納得がいきません。チップ代として 1000 円など要求されると、知っていたら乗馬なんてしなかったのに!という非常に不愉快な思いをしなければなりません。

シーク (そびえたつ岩に挟まれた峡谷) から有名なエルハズネまでは馬車が使われます。

シークの中.JPG両脇に岩がそびえたつシーク内。岩の大きさがお分かりいただけるかと思います ‐ 筆者の友人撮影

この区間に常駐していたのは 12 台の馬車。シークは 1.2 キロほどあり、歩くと片道 40 分ほどの長さです。このシーク内を馬がぱっかぱっかと駆け抜ける音、そして馬車の車輪が岩に反響する音...確かに歴史を感じさせますし、映画の 1 シーンのようで雰囲気は抜群...に思えます。でもこのシーク内にはローマ時代の石畳が残っている部分があり、不規則に並んだ石畳の上を重い車輪を引いて走るのは、さすがの筋骨隆々の馬でもかなりきついのです。

口から泡を吹きながら走っている馬もいます。スピードが落ちると容赦なく鞭が飛びます。ベドウィンとしては、とにかく数をこなせばお金になるので馬を休むことなく走らせます。緩やかな登り坂が続く帰り道は馬にとってさらに過酷です。重い人間たちを (御者のベドウィンも合わせて) 3 人も載せて、何度も何度も行き来させられる、石畳に車輪がとられてさらに負荷がかかる...この哀れな馬の姿にヨーロッパ圏のツーリストの中にはベドウィンたちに対して露骨に嫌悪を表す人たちも少なくありませんでした。

シークの馬車.JPGシーク内を走る馬車。一日に何往復もさせられます。 ‐ 筆者撮影

ツアーの仕事に関わっている私はペトラ遺跡によく出入りしていましたので、「これは明らかな虐待だ、この遺跡は不快すぎる」というツーリストたちの意見をたびたび耳にしていました。実際私もシーク内を走る馬車を見て、歴史を感じるというよりは心が痛いというのが正直なところでした。ですからお客様のアテンドをしていた時も、お客様がご希望でない限り、自分の意志でこの馬車を利用したことはありません。ペトラ遺跡=動物虐待というイメージがインプットされたツーリストが再びヨルダンに戻ってくることはまずありません。さらにこの虐待の様子を国に帰ってから周りに話します。ですから、ポテンシャル・クライアントを失ってしまうことになります。

シークを抜けてエルハズネに到達した後は、ロバ、馬、ラクダのいずれかを選ぶことができます。

エルハズネ2.JPGペトラ遺跡の目玉エルハズネ ‐ 筆者撮影

そしてカスル・アル・ビントと呼ばれる遺跡からはモナスタリーに向かう 900 段の階段となります。

モナスタリーに至るまでの階段 (2).JPGモナスタリーに至るまでの階段。ひたすら上へ上へと登っていきます。‐ 筆者の友人撮影

この階段部分の移動手段はロバのみ。ちんまりとした比較的小柄なロバに、骨格も体格も良い欧米系のツーリストがどっかり座る。ロバがつぶれてしまわないか心配になります。実際、ロバはオーバーワークでクタクタ。十分の食べ物を与えられずに栄養失調で弱った体に重たい人間を乗せて 1 日中働かされます。さらに砂漠の遺跡内では太陽が容赦なく照り付けます。日陰もなく、炎天下の中を行ったり来たり。十分な水が与えられることもありません。ロバたちがうなだれて歩いている姿は哀れそのものです。もちろんロバは普段から伏目がちであまり幸せそうに見える動物ではないかもしれませんが、ペトラ遺跡での労働の過酷さは誰の目にも明らか。

ロバに乗って階段を上る.JPGロバに人を乗せて階段を上る様子。‐ 筆者撮影

ペトラ遺跡内で繰り広げられていた光景を少しイメージしていただけたでしょうか。アラブ世界では「動物愛護」という概念はまだほとんど存在しません。が、欧米からのツーリストがこの光景に憤慨するのは当然といえます。

モナスタリー.JPG終着地点のモナスタリー ‐ 筆者の友人撮影

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ペトラ遺跡の動物虐待を改善するために PETA が果たした役割

このペトラ遺跡の動物虐待の問題を打開するために何度もヨルダン政府に働きかけたのが、この記事の前のほうで触れた PETA (People for the Ethical Treatment of Animals=動物の倫理的扱いを求める人々の会)。PETA は動物の権利を守るための団体で、世界中に 900 万人のメンバーがいます (PETA のホームページ)。

PETA は 2018 年にペトラ遺跡での動物虐待の問題を赤裸々に暴露しました。そして、こうした PETA の呼びかけに呼応する形で、サウジの Khaled bin Alwaleed 王子率いる KBW ベンチャーがペトラ遺跡の動物虐待の恒久的な解決に乗り出すための資金を提供しました (こちらの記事を参照)。ちなみにサウジの Khaled bin Alwaleed 王子はアメリカのカルフォルニア生まれで、ビーガンライフで知られています。

出資金の用途としては、遺跡内に動物たちの水飲み場を作ること、人間移送用の充電式ゴルフカートを遺跡内に整備すること、遺跡内の道を整備して歩きやすくすること、動物たちが定期的に医療を受けることができるクリニックを整備することなどが挙げられています。

ペトラ遺跡のロバ.JPGペトラ遺跡のロバ。十分な餌や水が与えられていませんでした。‐ 筆者撮影

2019 年にはペトラ遺跡のそばに動物のためのクリニックが設立され、ペトラ遺跡で働く動物たちに無料で治療が施され始めました。また治療を施すだけではなく、ベドウィンたちに動物の正しい扱い方の教育も行っています (PETA のホームページ)。こうした画期的な変化を遂げつつあったペトラ遺跡を襲ったのがコロナです。

コロナがペトラ遺跡の動物たちに及ぼした影響

他の国々にたがわず、ヨルダンもコロナの影響をもろに受けました。もともと資源に恵まれないヨルダン。観光が主な産業でした。ヨルダンは北海道くらいの大きさの国ですが、この中に 800 ほどの旅行会社がひしめいていた時もあります。ところがこのコロナでヨルダンもロックダウンを実施し、鎖国状態に追い込まれます。当然のことながら、観光業に携わっていた大勢のヨルダン人が仕事を失いました。

観光だけが唯一の収入源だったペトラでは、ロバや馬などの動物たちに餌をやることすらできない状況に追い込まれました。観光客がいない空っぽの遺跡内に取り残された動物たちは、餌を探して遺跡内をうろうろ。でも観光客がいない遺跡内に餌などはありません。プラスチックの袋などを食べてしまうロバも続出したようです。観光客が多かったときは収入源としてさんざんこき使われた動物たちが、コロナになると餌を与えられずに放っておかれる...なんとも理不尽な状況です。

また遺跡内には猫や犬もたくさん住んでいました。もちろん飼い猫・飼い犬ではなく、野良たちです。観光客が途絶えた遺跡内に食べ物はありません。

ペトラの猫.JPG過酷な環境の中で生きるペトラ遺跡の猫 ‐ 筆者撮影

PETA では、コロナ中に収入がなくて動物に餌を与えることができないベドウィンたちに動物の餌を提供しています。ただしこの餌に野良猫や野良犬たちへの餌も含まれていたのかどうかは確かめられていません。とはいえ、コロナによる規制が解かれ始めた昨今はヨルダンにも観光客がじわりじわりと戻りつつあります。ペトラ遺跡にいらっしゃる方には、遺跡内の犬猫のための餌を少し持ってきていただけたら...と個人的には希望しています。

ペトラの歴史を変えるゴルフカートの導入

さて、導入部分で触れた歴史的な変化ともいえるゴルフカートの導入に話を戻したいと思います。今回ゴルフカートが導入されたのはペトラ遺跡全体ではなく、遺跡の入り口からシークを通ってエルハズネに至るまでの区間。この部分の乗馬と馬車乗りにゴルフカートが取って代わりました。チップをめぐって常に起きていた争いもこれで解決される...と期待されています。またゴルフカートの導入により、馬を提供していたベドウィンたちの収入が最終的にはさらに増えるといわれています。

ゴルフカート.jpegペトラ遺跡内で稼働する電気式のゴルフカート ‐ 筆者の友人撮影

というのも、馬車の乗客は 2 人 (御者を除く) だったのに対して、ゴルフカートの利用人数は 5 人 (運転手を除く)。さらにこの移動手段が導入されたことで、これまではペトラ訪問をあきらめていたようなツーリストも遺跡を訪れることができるようになります。高齢者や障がいを持つ方たちがその中に含まれます。

このゴルフカートに関しては、利用料金に加えてチップの額もあらかじめ指定されています。あらかじめ指定されているならチップといわないのではないかとも思いますが...、利用料金とは別に設定されているのでチップという扱いです。中東にはチップの習慣はもともとありませんでしたが、欧米からのツーリストが増えるにつれてこの習慣がヨルダンでも確立されました。いずれにしても、こうしたクリアな料金設定により遺跡内のベドウィンたちと無駄に争わなくても良いというのは非常に画期的な変化といえます。

このゴルフカートの導入は、もともとは 2020 年に行われる予定で計画されていました。しかし実際の導入は今年 (2021年) にずれ込みました。コロナのために導入が遅れたといわれていますが、コロナだったから導入がスムーズに行ったのではないかと個人的には思っています。典型的なアラブ (この場合、アラブ世界から出たことがないアラブのことを指します) には「先行投資」という概念はあまり存在しません。さらに新しいものを受け入れるのが非常に苦手。ですから観光客がこれまでと同じように来ていたとしたら、ゴルフカートに切り替えるのは至難の業だったのではないかと思います。

ところがコロナ禍になり、観光客がぱったりと来なくなりました。執拗な反対なく新しいものを導入する絶好のチャンスだったといえます。そして無事に導入が済み、コロナによる規制が解かれ始めて、ゴルフカートがペトラ遺跡で利用され始めています。

とはいえ、このゴルフカートは先ほども書いたように遺跡内全体で使われているわけではありません。モナスタリーに向かう 900 段の階段ではいまだにロバが主な移送手段。もちろん徒歩で歩く人がほとんどですが、徒歩以外の移動手段は今のところロバしかありません。今後この区間がどのように「現代化」されるかについては未定です。個人的には、ロープウエー (ケーブルカー) のようなものが整備されればよいなと思います。イスラエル側にあるマサダ要塞が良い例です。とはいえ、景観を損なうという声もあり導入はなかなか難しそうです。

マサダ遺跡のケーブルカー.jpgイスラエルのマサダ要塞のケーブルカー。ペトラ遺跡のモデルケースにならないものかと個人的には考えています ‐ iStock

「伝統」と「現代化」のはざまで

私自身はお客様のアテンドでペトラ遺跡には何度となく足を踏み入れてきましたが、打ちたたかれ酷使される動物たちを見る機会が減るというだけで、精神的なストレスがかなり軽減されるように感じています。

ペトラがナバテア人の王国の首都として栄えた 2000 年以上昔には、確かに動物だけが移動の手段でした。でも見る人を不快にさせるほどに動物たちを酷使しながら「伝統だ」と主張するのは、明らかな取り違えだと思います。古代ペトラで動物たちは日々の移動の手段として使われていたものの、金儲けの直接的な手段として使われることはほとんどなかったはずです。ペトラの伝統を守りたいなら、観光客を乗せずにロバや馬を遺跡内に配置したらいいだけの話です。ただし、お金にならないことはしたくないというベドウィンたちの声が聞こえてきそうですが...。いずれにしても、動物愛護という概念がほとんど存在しなかったアラブ世界も、時代の流れに伴って変わらざるを得なくなっています。

ペトラに限らず、私たち誰しもに慣れ親しんだ伝統 (や習慣) があり、愛着を持っているかもしれません。しかし伝統がいつも最高の手段であるわけではない。もっと良いものに取って代わるのなら、それに越したことはありません。ペトラ遺跡で起きている「現代化」を心から歓迎したいと思います。