アラビア語と聞いてどんなイメージを浮かべられますか?あのミミズがはったような言語。中東の言語。テロの犯行声明に使われる言語。とにかくなんか難しそう‥こんなイメージが一般的かもしれません。日本人にはとりわけ馴染みがない言語ということで間違いないかと思います。アラビア語は世界一難しい言語と言われることもあります。本当にそうなのでしょうか?

アラビア語は世界一難しい言語なのか?

答えは YES であり、NO でもあります。

*ちなみにこの記事では「話すこと」にフォーカスしています。アラビア語を「読むこと」に関しては、アラビア語のアルファベットはたったの 28 文字ですから練習すれば誰でも読めるようになります。文字と文字がつながるとアルファベットの形が変わってしまうので、慣れるには少し時間がかかります。でもアラビア語を読むことは練習さえすれば誰でもできます。

さて、アラビア語とひとことでいっても、実は大まかに分けて 2 つの種類のアラビア語があります。フスハーと呼ばれる正式アラビア語アンミーヤと呼ばれる方言です。

フスハー (正式アラビア語) とはコーランの言語であり、書き言葉として使われます。ニュース番組や公の場での要人のコメントなど正式な場では一般的にこのフスハーが使われます。ただし日常会話ではこのフスハーは使われません

iStock-637219186.jpg
i-Stock アラビア語はコーランの言語

一方、方言(アンミーヤ)人々が日常的に使う言語です。フスハーとは発音や聞こえ方がかなり異なりますので、アラビア学習者には全く違う言語のように聞こえるかもしれません。が、方言はフスハーを元にしており簡易化したものです。

iStock-185926131.jpgi-Stock アンミーヤは日常的に話されている

先ほどの質問に戻りますと、フスハーは確かに世界一難しい言語の 1 つといえるかもしれません。難解な文法、いろいろな規則、いろいろな活用。しかしアンミーヤは教育を受けていないアラブでも毎日使う言語であるために、世界一難しいわけではありません。むしろかなり早く簡単に習得できます。

ちなみに、筆者はフスハーをしっかり学んでいませんので、フスハーの文法に関しては大まかな知識しか持ち合わせていません。が、アラブとコミュニケーションを取る分にはフスハーの知識がなくて困ったことはありません。アンミーヤでの会話で十分です。むしろ、フスハーを学ばなくて良かったと思うことの方が多いです。これについては後で詳述します。

フスハー (正式アラビア語) とは?

アラブたちは学校でフスハーを学びます。ちょうど日本で国語の授業があるのと同じです。フスハーの文法はかなり難解で、ハイレベルな教育を受けていないときちんと話すことができません。小学校の教育だけでは不十分です。ですから、アラブだからといってフスハーが話せるわけではないのです。実際かなりの数のアラブがフスハーを正しく話せません。特にシリアでは非識字率も低くなく、読めない書けないという人も一定数います。こういう場合はフスハーを話すどころの話ではありません。

フスハーは人々が日常的に話す言語ではないために、ごく一般的なアラブはフスハーで会話することを好みません。フスハーは心に響く言語ではなく、どちらかと言えば教育の度合いを誇示するもので、お高くとまっているように聞こえる言語です。フスハーは生きた言語ではないのです。

アラビア語学習者が陥りやすいわな

アラビア語学習者はこの難解なフスハーに挑みがちです。特に日本では、アラビア語学習の教材といえばこのフスハーがほとんど。ですから脱落者が出るのは当然。さらに悪いことに、フスハーから入った学習者は何年学んでいても会話ができないという現実に直面します。なぜならこのフスハーはそもそも会話のための言語ではないので、学んでも実生活で使えないケースが多いのです。

iStock-1029166718.jpgi-Stock 通じない言語

もちろん、フスハーでの挨拶程度なら一般的なアラブでもできます。でもそれ以上の会話はスムーズに続きません。ここで「一般的」というのは、大学に行かずに普通教育を終了したアラブ、あるいは普通教育を終了しなかったアラブです。また大学を卒業したアラブでも、挨拶以外のフスハーでの会話となると非常にぎこちなく感じたり、疲れたりする人が少なくありません。

アラブ諸国に行きますと、こんな光景によく出くわします。フスハー学習者が言っていることはアラブに通じません。そしてフスハー学習者はアンミーヤを話すアラブの言っていることがさっぱりわかりません。つまり会話が成り立たないのです。語学学習で一番大切なことは、使うこと話すこと。フスハー学習の致命的な欠陥は、この使うこと話すことができないこと。

フスハーから始めた学習者は遅かれ早かれこの現実にぶつかります。自分が学んできたアラビア語は通じない!これに気づいて衝撃を受けるフスハー学習者も多々いると思います。

それなのになぜいつまで経ってもアラビア語といえばフスハーだと思われているのか?

フスハーにこだわるアラブ

非常に矛盾した点ですが、アラブはアラビア語学習者にフスハーを学ぶことを求めます。自分たちは日常的に使っていないにも関わらず、です。教育を受けたアラブほどこの「フスハー推進者」になりがちです。アラビア語を学ぶならフスハー。アンミーヤを学んでいると聞いたアラブから良い顔をされないことが多々あります。アンミーヤを学ぶのは邪道だというわけです。

アラブは一般的にアラビア語に対して非常に誇りを持っています。世界一美しい言語、世界一難しい言語、コーランの言語。このディスクリプションはアンミーヤには当てはまりません。こうしたアラブの態度に「ネイティブがそういうのならやっぱりフスハーから入るべきなんだろう...」と思ってしまう方も多いと思います。

筆者もヨルダンに語学学習で渡った時に、この「フスハー推進派」と「アンミーヤ派」の間で非常に悩みました。いったいどちらを学べばいいの? 大多数のアラブは言います。アラビア語を学ぶんだったら、正式なフスハーを学ぶべき。それからアンミーヤを学べばいい。でも心の中でつぶやいていました。「そういうあなたたちはフスハーをまったく使ってないよね?」

アラブはもともと矛盾が多い国民なので、このようなつじつまの合わない理論を聞いても慌ててはいけません。アラブだからアラビア語が上手に教えられるわけでは決してないのです。むしろアラブの多くは初心者のアラビア語学習を煩雑・難解なものにしてしまいます。これはヨルダンでの実体験に基づいた意見です。


フスハーが先かアンミーヤが先か

ちょっと意味合いは異なりますが、「鶏が先か、卵が先か」に似た「フスハーが先か、アンミーヤが先か」という議論はアラビア語学習者を悩ませるテーマです。が、自身がアラビア語を話し、初心者にアラビア語を教えてきた観察の結果から断言したいことがあります。ちなみにこれは私の体験に基づくもので、全く別の意見を持たれる方も多いと思います。アラブ同士でも「フスハーが先かアンミーヤが先か」で常に議論していますので。

iStock-971028626.jpgi-Stock 鶏が先か 卵が先か

フスハーから入った学習者がフスハーを習得したあとにアンミーヤに切り替えることは至難の業。まずフスハー習得にはかなり時間がかかります。すごく短く見積もって数年としましょう。そのころにはフスハーの言い回しが型についてしまっているので、発音にしても文法にしてもアンミーヤに完全には切り替えられません。

では反対にアンミーヤから入った学習者はどうか? 2、3 のアンミーヤ表現を話すだけで人々と会話ができます。とにかく通じるので、どんどん伸びます。ですから早い人で半年から1年以内でかなりの程度話せるようになります。

先ほども書いたように、アンミーヤとフスハーは別物のように聞こえますが、実は土台になっているのはフスハーでそれを簡素化したものです。ですから、アンミーヤから入った学習者は学ぶうちにフスハーについてもある程度知ることができます。反対にフスハーだけを学んだ人は、アンミーヤは自然には理解できません。アンミーヤも 1 から学習しなければなりません。


なぜアンミーヤだと通じるのか

先ほど書いたように、アンミーヤは庶民の言葉。他方、フスハーは教育の度合いを表す言葉です。自分の受けた教育にあまり自信を持っていないアラブの場合、フスハーを聞くだけで身構えます。

一方アンミーヤは、アラブとの間の垣根を取り除き、心と心を通わせることができるアラビア語です。赤ちゃんが周りの人の会話を聞いて言語を習得していくように、アンミーヤを学ぶことで周りの人たちの使う表現をスポンジのように吸収していけます。

ただしこれは、アラビア語圏でアラビア語を学ぶ場合。アラビア語圏以外の国でアラビア語を学ぶ場合、フスハーにしてもアンミーヤにしても耳から入るアラビア語がかなり限られているので、不利であると言えます。

ここでフスハーとアンミーヤのメリットとデメリットをまとめたいと思います。これまでに触れた内容といくつか重複しますが、悪しからず。=====

フスハー (正式アラビア語) を学ぶメリットとデメリットは?

フスハーを学ぶメリットは、まず読むことがスムーズになるという点です。それもそのはず、フスハーは読むことに特化した言語だからです。ですからアラビア語を学問として追求したい人には向いていると言えます。さらっと読めるとかっこいいですしね!


デメリットは、フスハーを話すことで、意図せずともアラブとの間に壁を作ってしまうことです。フスハーはアラブの間でもアカデミック (学問的) な分野で、話せるか話せないかは教育のレベルに如実に表れます。アラブでもフスハーに苦手意識を持っている人、うまく話せない人は沢山います。

iStock-679415368.jpg


こちらがフスハーで話しかけると、アラブはフスハーで応答しなければいけないと自動的に思い込みます。あいさつ程度のフスハーならどのアラブでも知っていますが、それ以上の会話は不自然になり、続けたがらないアラブもたくさんいます。

アンミーヤ (方言) を学ぶメリットとデメリットは?

アンミーヤを学ぶメリットは挙げつくせないほど沢山あります。アンミーヤはアラブとの間の垣根を取り除き、心と心を通わせることができるアラビア語です。他のメリットとして、フスハーと比べて比較的短期間で話せるようになること、人々が日常的に使っているアラビア語なのでいったん基礎ができたらどんどん伸びること...などがあります。

iStock-505641834.jpg

デメリットとしては、アンミーヤを学んでいると聞いたアラブから良い顔をされないことがあるという点です。これについては先に触れました。アンミーヤを学ぶもう一つのデメリットは、教材が限られることです。アンミーヤは話すための言語なので、フスハーほど教材がありません。主に耳で聞き、人々と実際に話すことで覚えていく言語です。

また教材が少ないもう一つの理由としては、アンミーヤには種類が多すぎることが挙げられます。国が違えばアンミーヤも異なります。これについては後述します。ただし、アンミーヤに特化した教材も英語圏では多く活用されています。


アンミーヤに隠されたわな?

アンミーヤのデメリットでお伝えしましたが、ひとことで「方言」といっても、びっくりするくらいの違いがあります。同じ方言とは思えないくらい異なります。そして同じ国でも地域によって方言が大きく異なる場合があります。例えばシリアではダマスカス方言とデリゾール方言にはかなりの違いがあります。またダマスカス方言はアレッポ方言とも異なります(こちらは違いはそんなに大きくありません)。

いずれにしても、アンミーヤはスタンダード化できないのです。でも学んでいくうちに、アンミーヤの違いが分かるようになり、それに伴ってアラブの出身国や出身エリアが分かるという楽しさがあります。これだけでアラブと盛り上がります。

アラビア語学習者にお勧めなのはフスハー? アンミーヤ?

アラビア語を学ぶ目的によります。つまり、学問あるいは宗教の言語としてアラビア語を学びたいのか、純粋にアラブとコミュニケーションを取りたいのか、という 2 つの目的の違いです。コミュニケーションを取りたいという人は、もう文句なしにアンミーヤを学ぶべきです。もう一度言います。フスハーは生きた言語ではありません。


数多くあるアラビア語のアンミーヤの中で汎用性が高いのはどれ?

Levantine Arabic (レバンティン・アラビック=レバノン方言)と呼ばれる方言は、レバノン・シリア・ヨルダン・パレスチナで主に話されている方言ですが、アンミーヤの中でも一番汎用度が高くて理解されやすい方言です。


Levantine Arabic を話すなら、サウジなどの湾岸諸国でもイラクでもエジプトでもほぼ通じます。なぜか? なぜならアラブ世界の連続ドラマにはこの Levantine Arabic が使われることが多いからです。特にシリアは数多くの連続ドラマをアラブ世界に送り込んでいます。また、アラブ世界で有名な歌手の多くがレバノン人です。こうした理由で、Levantine Arabic 圏ではないアラブたちもこの方言に馴染みがあります。

もちろん、相手に理解されても自分が相手のアンミーヤを理解するためには、その国(または地域)で使われているアンミーヤを少しずつ覚えていく必要があります。

ちなみに日本でアラビア語といえば、なぜかエジプト方言が一般的です。これはエジプト出身のタレントさんの影響が大きいのか、日本に住むエジプト人の数が一定数いるからなのか...分かりません。でもエジプト方言は俗にいう「なまり」が非常にきつい方言です。ですからエジプト方言がスタンダードだと思っておられる学習者の方は要注意です。

その他の例外もあります。もしアラビア語を学ぶ目的が北アフリカ大陸のモロッコ・チュニジア・アルジェリアなどで暮らすことやそこで結婚するなどの場合は、Levantine Arabic はお勧めできません。こうした国々ではフランス語と土着の言語が混ざり合っていますし、他民族国家でもありますので、もう別世界のアンミーヤです。北アフリカのアラビア語圏に標準を当てておられる方に限っては、ダイレクトにその国のアンミーヤを学ばれるようにお勧めします。

アラブ.JPGOdan - アラビア語圏

知れば知るほど面白いアラビア語

このようにアラビア語を話すことで世界がぐっと広がります。未知と思われがちなアラブの世界に足を踏み入れるきっかけになります。確かに別世界・異文化。でもアラブと関わることで私の人生は大きく変わりましたし、ある意味で非常に豊かになったと思っています。

ヨルダンに住んでいたころ、アメリカから大量の数の学生がアラビア語学習のためにヨルダンに送り込まれていました。さらに中国や韓国の学生も多かったです。それに対して日本人の学生はほとんどいません。中東で日本は確実に出遅れています。これは非常に残念なことだと思いますし、もっと多くの日本人がアラビア語を学んでもいいのではないかと思います。

語学学習の隠れた別の秘訣

余談ですが、効果的な語学学習の基礎として一番大切なのは母国語だと思います。国際カップルに生まれた子供やごく小さい時から海外で生活していた人でない限り、2 つまたは 3 つの言語をまったく同じレベルで使いこなせる人は少ないと思います。ごくごく一般的な日本人家庭で育った人があとから外国語を習得しようとする場合、その言語が母国語以上になるということはそんなにありません。どんなに上がっても母国語までなのではないでしょうか (もちろん例外はいつでもいますが)。

ですから母国語の能力が高ければ高いほど、後から習得する外国語のレベルも上がります。母国語をまず正しく話せること、語彙が豊富であることはとても大切なことだと思います。

さて、アラビア語の話から語学学習の話に逸脱した記事になってしまいましたが...、アラビア語は学び方さえ間違えなければ習得できる言語です。これからアラビア語を学ぼうとしておられる若い方がおられましたら、是非是非お勧めしたいと思います。