トルコの塩湖 ー 地中海地域 随一のフラミンゴの繁殖地。かつてはフラミンゴの楽園と称されていました。ところが今年、その楽園は「地獄」へと変化。今年塩湖で生まれたフラミンゴの赤ちゃん 5000 匹がすべて死んでしまったのです。

乾燥しきって地割れした塩湖に横たわる何千というフラミンゴの死骸。第一発見者であるトルコ人の写真家の Fahri Tunç 氏が今年の 7 月に SNSにその惨状をアップしたことがきっかけで世界各地のメディアがこの異変を一斉に取り上げました。まずは Fahri Tunç氏のビデオをご覧ください。

実はこのフラミンゴの大量死は、マルマラ海の粘液騒動とアンタルヤで始まった山火事という大きなニュースの陰に挟まれて大々的に取り上げられる機会がないまま今に至っています。それでも「フラミンゴの楽園」でヒナが全滅というのは普通のことではありません。いったい何が起こったのか?

フラミンゴの赤ちゃんの死骸.JPG
Youtube - NowTHis Earth のチャンネルから: 乾ききった大地に点々と横たわるヒナの死骸

トルコの塩湖とは?

塩湖はヴァン湖に次ぐトルコ第 2 の大きさの湖です。アナトリア地方の中央にあり、トルコ語では Tuz Gölü と呼ばれることから、日本語でもトズ (またはトゥズ) 湖と表記されることがあります。トズとはトルコ語で「塩」という意味です。

この湖は水位がとても浅く、水深は一番深くても 50 センチほど。水量が増える春の時期は 164200 ヘクタールの大きさにまで広がるといわれています。しかしアナトリア地方はトルコの中でも一番乾燥したエリアで、夏の期間にこの湖はほぼ消失します。蒸発した湖の後には塩が 30 センチほどの厚さに積み重なり、トルコ国内で消費される塩の 70% 近くがこのトズ湖で収集されるもの。トズ湖の塩分濃度は 32.4% で、死海に次ぐ高濃度となっています(参照記事)。ちなみに死海の塩分濃度は 33.7% だということです(参照記事)。

山々から河川を通して水が常に注ぎこむヴァン湖とは違い、トズ湖にそそぐ河川はほとんどなく、あったとしても夏の期間はトズ湖に到達する前に川自体が干上がってしまいます。ですからトズ湖の水量は降雨量にかなりの程度依存しています。このトズ湖は「フラミンゴの天国」とも呼ばれており、イタリアやスペインと並ぶフラミンゴの大規模な繁殖地です。

フラミンゴとトズ湖の関係

フラミンゴは塩分濃度が高い湿地に卵を産みます。トズ湖の水量は毎年変わり、水量が多い年にはフラミンゴが多くの卵を産みます。反対に水量が少ない干ばつの年には、産み落とされる卵の数が少なくなります。

それを例証しているのがヒナの数を数えたこの記録。少し古い資料となりますが、トルコのトズ湖で卵からふ化したヒナは 2005 年には 5,000 匹、2007 年には 4,000 匹、2009 年には 14,644 匹、2011 年には 18,418 匹、2012 年には 20,275 匹、2013 年には 22,000 匹、2014年には 2,650 匹と報告されています。かなりばらつきがあることに気づかれるかもしれません。2020 年と 2021 年はトルコでの雨の量が極端に少なく、干ばつが深刻化しています。このため今年ふ化したヒナは 5000 匹ほどだったようです。

トズ湖には人間による汚染がほとんど及んでいないといわれていました(参照記事)。 トズ湖の周りに広がるのは人間の生活エリアではなく、農業用地。ところがこの汚染からは守られていたトズ湖で今年はかなり早い時期に水が完全に干上がり、まだ飛べない状態だったヒナたちがこの干ばつの影響をもろに受けました。親のフラミンゴは数キロ離れた水のある別の湖に避難できましたが、ヒナたちはそうすることができませんでした。5000 匹が全滅です。

ちなみに、このヒナの大量死が一部で報じられた時点では、死んだヒナの数は 1000-2000 匹といわれていました。ただし先に述べたトルコ人の写真家の Fahri Tunç 氏によると、その後ドローンによる観測が行われ、この干ばつを生き延びたヒナは 1 匹も発見されなかったということです。

なぜトズ湖が干上がったのか? - 相反する二つの意見

相反する二つの意見があります。温暖化の影響による干ばつの結果だとする記事も多く見受けられます。一方、これは人災で、主に農業灌漑に水がすべて使われたことに起因するという意見もあります。

たとえば、農業灌漑とフラミンゴのヒナの大量死は全く別物だと強調するのは、トルコの農業森林省のBekir Pakdemirli 氏。このフラミンゴの大量死を受けて、このように発表しました。

I want to stress that there is no direct or indirect connection between this incident and the wells in the area or the agricultural irrigation.

この (フラミンゴのヒナの大量死という) 出来事と周辺の井戸または農業灌漑との直接的あるいは間接的な因果関係はないことを強調したい。

実際、今年トルコでは異常な高温と降雨量が非常に少なかったことから、前代未聞の規模の山火事がアンタリアを含むトルコ南部で何日も続きました。また、前代未聞のスケールでマルマラ海に発生した粘液も温暖化による海温の上昇が原因の一端だと言われています。いずれも、この World Voice 上で記事にしたものです。

こうした温暖化がトズ湖に及ぼす影響についての懸念は 2015 年にトズ湖について扱った記事の中ですでに指摘されていました。その記事によると、2012 年の時点でトズ湖周辺のアナトリア地方の平均気温は 0.4 度上昇していました。これがトズ湖の水位減少に影響していると報告されています。当時ですでに問題の兆しが見えていたのであれば、温暖化の加速に歯止めがかからない昨今、その影響が如実に表れたというのは自然な論理です。

ただしこれによると、今回のフラミンゴの大量死は防ぎえなかったことになります。温暖化による干ばつの影響で湖が干上がるのがいつもよりたまたま早く、まだ飛べない状態だったヒナたちがたまたま干ばつの被害を受けて死んでしまった。幾つかの不運が重なった結果ということになります。

その一方で、全く異なる意見もあります。それによるとフラミンゴのヒナの大量死は明らかに人災。責められるべきは行き過ぎた灌漑農業と違法な井戸の掘り抜き。トズ湖の西から南にかけて位置するコンヤはトルコ最大の穀倉地帯です。実際ヒナの大量死の後の調査で、トズ湖へ流れ込むべき貴重な河川を農業用水に使うために農家が農地に迂回していたことが分かっており、この農家には罰金が科されたと報告されています。

こうした事実は、トズ湖の干ばつ及びフラミンゴの大量死を温暖化に全くすり替えてしまうことができないことを意味しています。

実は、フラミンゴのヒナの大量死は今年が初めてではありません。2007 年のレポートによると、この年に 500 匹のヒナが死んだことが確認されています。ヒナの大量死がトズ湖で確認されたのはこの 2007 年が初めてだということです(参照記事)。

着目すべきは、この 2007 年のレポートですでに、トズ湖が位置する中央アナトリア地方での間違った灌漑と違法な井戸の掘り抜きがフラミンゴの大量死につながったことが指摘されているという点です。農業用水にすべての水が使われ、トズ湖と周辺の湖で急激な水位の低下がみられると報告されています。

このレポートは続けて、水位の低下によりフラミンゴのヒナにキツネや他の肉食の野生動物がアクセスしやすくなり、それがフラミンゴのヒナを襲ったのであろうと。あるいは干ばつによりヒナたちが飢餓に陥ったのであろうと。フラミンゴの最大の繁殖地で起きていることへの危機感が記されています。

そして 2012 年には、トルコの自然協会の Süreyya İsfendiyaroğlu 氏がこのように警鐘を鳴らしていました。

湿地帯の乾燥によってフラミンゴの繁殖地が奪われている。トズ湖への水の供給源にダムが建設され、トズ湖に流れこむ水はもはやない。農作物の灌漑のために違法な井戸が掘りぬかれて地下水がくみ上げられることにより、トズ湖の水位が下がっている。トズ湖の干ばつによって、幾千というフラミンゴのヒナが死ぬことになるかもしれない。トズ湖とそこに住む生物を守るために包括的な事業が必要だ。

今年書かれたような言葉です。まさにこの警告が的中したといえます。

iStock-1326912041.jpgiStock - フラミンゴ

今回の原因がどのようなものだったにせよ、自然のサイクルが壊れる原因の大部分は人間にあることを忘れてはならないと思います。そもそも地球が温暖化に至った原因が人間にあるわけです。フラミンゴのヒナが全滅したことを「温暖化だから」というひとことで済ませるわけにはいきません。とりわけ、温暖化以外の明らかな要因が十数年も前から指摘されてきた場合は。=====

アナトリア地方で起きている水問題はトズ湖に限ったことではない

トズ湖を県境とするトルコの穀倉地帯コンヤでは深刻な別の問題が発生しています。巨大なシンクホールの出現です。2019 年に 350 ほど確認されていたこのシンクホールは、今年になって 600 にも達しています。

コンヤのシンクホール.JPGYoutube - TRT World の番組から

シンクホールは巨大で 10 メートルほどの深さに達するものも。この大量のシンクホールは、農業用の灌漑や違法な井戸の掘り抜きの直接的な結果といわれています (参照記事)。つまり、トズ湖のフラミンゴの大量死をもたらしたといわれている原因と同じものです。

干ばつが続くので、農家は水の獲得に必死になる。地下水を使わないとなると、水をどこからか引いてくる必要があります。でも水を引くためには電気が必要です。電気代は馬鹿になりません。かくしてコストを削減したい農家は井戸を掘り続けます。こうして地下水が大量に消費されることで、大規模な地盤沈下が起こります。

シンクホールが出現することで農地が失われ、必要な量の穀物を供給できなくなります。これにより生じる被害は、コロナがもたらした経済的打撃に匹敵するであろうとトルコの農業技術者会議所の代表Baki Remzi Suicmez氏はこの記事の中で警鐘を鳴らしています。

トルコ人は環境問題に無関心なのか?

十数年前から警鐘が鳴らされてきたにも関わらず、実質的にほとんど何の策も講じられてこなかったことを考えると、トルコ人は環境問題に無関心なのか? という素朴な疑問が沸くかもしれません。若い世代はどう思っているのでしょう?

トルコの若者たちと話すことで見えてくるのは、生活するだけでいっぱいいっぱいの場合、環境問題にまで頭が回らないという現状です。生きていくためにはとにかく働かなくてはならない。環境問題について声高に叫んだところでお金にはならない。気になりながらも、馬車馬のように働く日常では環境のためにできることが限られる‥というのが大多数のトルコ人の正直な意見なのではないかと思います。

作物を育てる農家にとってはとりわけ、その年の収穫量が何よりも重要なことであって、もう少し先の将来を見越したプランニングはできていません。ですから農家という個人レベルでの対策ではなく、国や地方自治体による助成や支援が急務となっています。

トズ湖で「フラミンゴの楽園」は維持できるか?

今回のヒナの大量死を受けて、トズ湖に別の湖から水を引いてくるプランが浮上しているようです。トズ湖の東側にある Hirfanli ダムからトズ湖に地下のパイプを使って水を引くプロジェクト。これにより、たとえ降水量が極端に少なくて今年のような干ばつが起きてもトズ湖には水が供給され続けることになります。このプランはまだ実行に移されていません。

先に述べたトルコ人の写真家 Fahri Tunç 氏は、アナトリア地方のアクサライ出身。トズ湖はコンヤ、アンカラ、アクサライの県境に位置しています。今回、この Fahri Tunç 氏にお時間を取っていただき、インタビューをさせていただく機会がありました。


2011 年のトズ湖と 2021 年のトズ湖。楽園から地獄へ

Fahri Tunç 氏は何十年もトズ湖とトズ湖のフラミンゴたちをずっと見守ってきました。今回のフラミンゴのヒナの大量死は大変なショックで、表現しようのない怒りを感じているといいます。Fahri Tunç 氏はフラミンゴのことを単に「鳥」ではなく、「My babies」と呼びます。

彼には頭に焼き付いた忘れられない光景があるそうです。2 年ほど前にひどい雨がアナトリア地方を襲った時に、大人のフラミンゴたちが大きな羽を傘のように広げて赤ちゃんフラミンゴたちを守っていた光景です。野生生物は本能的に赤ちゃんを守る行動に出ます。たとえ自分の命が失われるとしても。

Fahri Tunç 氏は、自然は人間のものだけではないといいます。それなのに人間は、自然があたかも自分たちだけのものであるかのように扱ってきた、と。 Fahri Tunç 氏は、先に述べたトズ湖への水の供給プロジェクトが早く実行に移されることを願っています。これにより少なくともフラミンゴのヒナの大量死という事態は避けられるはずです。私自身、トズ湖がフラミンゴの楽園としての役目をこれからも果たし続けるよう祈らずにはいられません。