昨年末、アルゼンチンで自由主義ハビエル・ミレイ政権が発足して120日が経ちました。
トランプ元大統領との面会やダボス会議での発言に世界から注目を浴びるなど、何かとその動向に関心が集まるミレイ氏ですが、国内の影響や反応はどうなのでしょうか。

これまでのアルゼンチンのポピュリズムから大きく方向転換して舵を切るミレイ新政権。
痛みを伴う改革」と政府も発表しており、彼のプランの最初のステップは「国民の消費を減少させてインフレ率を抑え、マクロ経済を整える」というものです。
120日が経った今、実際インフレ率は抑えれているのか?というと、今は月のインフレ率が10%程度と前政権の昨年末の数字とほぼ同じですが、この数カ月のうちに減少に向かうだろうと言われています。(数字だけ見るとこの3カ月で減少していると報道されていますが、就任初月に25.5%と大きくインフレ率が上昇したところから比較しての減少なので、年比較すると変わりません。)

具体的な消費を抑えるための政府のやり方としては、インフレ率に伴う給与や予算の値上げを実行しない・または値上げしてもインフレ率に伴わない額面→物の値段は上昇し給与は減少する、ということになるので、単純に家計は厳しくなり、消費活動が出来なくなる・節約モードになる、いう仕組みです。
これは地方予算、国立の大学や研究所への予算にも同じことが起きています。

現実にインフレ率が落ち着くだろうと言われているのは今年の6月以降であると言われています。次の段階としては例えば銀行がクレジットを発行することができるようになるだろうと言われており、例えば家や車をローンで買えるようになるなど、国民の消費の仕方も変わってくる、というものです。
(今現在は1年後のインフレ率が想像できない事などから、一部の富裕層以外はローンを組むことができません。大きな買い物をしたい場合、現金一括払いが基本です。)

それによる国民の生活の変化

それに伴って何が起きているかと言うと、従業員の給与値上げをしないわけにはいかない企業、インフレに伴い予算は足りない→従業員を解雇していかざるを得ない、というケースも増えています。

リストラ問題で深刻なのは、政府職員。3月末のイースター休暇の直前に「解雇通知や契約更新無しの通知が7万人に届く」とミレイ大統領からの公式会見がありました。
これは、ミレイ大統領の当選前のパフォーマンスでも話題になっていた「チェーンソー」プランで、とにかく不要なものを切り捨てていく、というものを有言実行する形です。
この発表では、ミレイ大統領は契約未更新という形で職員の切り捨てを実施できることを「とても光栄に思っている」と発言しており、お祝いモードでメディアに対応していたことがとても印象的で、多くの人々の反感を買い、大規模ストライキにも繋がりました。

ここにはアルゼンチンの根深い問題が潜んでいて、政府職員の中には「実際には働いていないけれど登録されており給与だけ受け取っている」人が多くおり、その人たちを淘汰していくという目的。
ただ、解雇されている人たちの中には正しく働いている人も含まれており、現段階、この4カ月で解雇通知があった政府職員の人数は24000人。
7万人まであと46000人・・・次にチェーンソーの餌食になるのはだ~れだ?というホラー映画のような状況です。

またそのチェーンソーでカットされているのがあらゆる領域の国からの補助金です。
ガソリン代、ブエノスアイレス市内の公共交通料金、光熱費、地方への予算、また国内全土の公共工事には国が一銭も出さない、などが挙げられます。昨年から工事が始まっていた新しい公共病院や国の原子炉の工事は途中で中止となり、現在放置されている状態です。

国民全体に共通して及んでいるテーマは、光熱費の上昇。今月はガス、電気、水道代と通してこれまでの約3~5倍の値段になりました。

そして現在リアルタイムで問題になっているのは教育部門です。国立大学への国からの予算は2023年と同額と発表があり、存続自体が難しくなっています。(1年のインフレ率は287%)
教授たちの給与問題、また大学の電気代を払うことすらできなくなっており、学生たちが勉強や研究を続けていくことが難しく、今週は大規模な大学生・大学関係者たちによるデモが行われます。

またアルゼンチンは実はバイオテクノロジー・ナノテクノロジーが進んでいて、380の企業・スタートアップが存在し、その分野では世界でもトップ10に入るレベルを持っています。参考記事
その発展を担っているのは国立大学(UBA)、そして国立科学技術研究所(CONICET)で、アルゼンチンのテクノロジーに関わる企業全体の88%がこの2つの機関と大きく関わっています。
しかし、この研究所も国立大学と同様の扱いを受けており、研究者たちの解雇やこれまで出ていた予算の大幅カットにより、こちらも存続の危機に至っています。


他にも、アルゼンチンの国産映画制作を全面的にサポートしている国立映画研究所・映画学校の廃止は、ミレイ大統領の選挙前の公約でもありましたが、現在公約通り廃止に向かっており、世界中の映画監督をはじめ映画関係者たちからの反対署名が集まっています。

自由主義が与える影響、「値付けの自由」

大統領就任直後に施行した緊急大統領令により、366項目の法律が改変されました。
その中に含まれていた「値付けの自由」を目指す法律改変により、家賃と医療保険料が大幅に上昇していることも問題になっています。
家賃に関しては、今まで家主と借主の間にあった規律がなくなり、契約内容も家主が自由に決めることが出来るようになりました。
これまで家賃は法律的には国内通貨のみ可であったのが、米ドルでもなんでもOKになり、インフレも相まって家賃相場はつり上がっています。

医療保険料もこの4カ月で大きく値上がりし、月々のインフレ率を越えています。(これまでの保険代の予算としては平均月給の18%程度であったものが、現在は30%を占めています。)払えなくなって解約した人も多く、これは中流階級層へのダメージが大きい、と問題視した政府から主要な保険会社への値下げ交渉があったものの、「ミレイ大統領が出した新しい法律の効力はまだ続いている」ということで交渉は成立せず、現在はその政府が改めて法的措置を取っているところです。

また公立病院ではがん患者たちへの抗がん剤治療が中断されるなどしています。
予算がカットされこれまでの治療が同じようには提供されないので、プラスのお金を払える人のみが治療対象、という状況です。
また公立病院でも緊急手術から優先して行っているので、緊急度の低い手術の大幅な延期などをはじめ、こちらも問題になっています。

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その様相はまさに国民の耐久レース、いつまでの辛抱になるのかは誰もわかりません。
現在のアルゼンチンの最低賃金は約200ドル。市内に家を借りようとするならワンルームでも200ドル程度が相場、外食すれば出ていくお金はほとんど日本と変わらない感覚です。給料は目減りしていく中、物の値段は上がっていく。それでもせめて職をキープできて、貯金があり、病気をせずにこれまでの生活を続けられたら勝ち、そのレースから零れ落ちてしまえば、住むところの保証もなく、生きていくことも難しくなります。

このやり方を持って、IMFの提示する課題は3月時点で達成したことになります。
ミレイ大統領の思い描く国には実現する可能性はありますが、しかしそこにたどり着くまでにどうなってしまうのか様々な懸念や不安が社会には広がっています。中流階級層以下はもちろん、富裕層の中にも疑念を抱く人も増えているような印象です。
彼の言う「自由主義」、思い描く社会というのは、貧困層は見捨てられる社会ですが、そんな現在のアルゼンチンの貧困率は52%。この4カ月で毎月100万人ペースで貧困層が増えている状況です。

中東情勢への関わり

2月のイスラエル訪問時、ヘルツォグ大統領との会談にて在イスラエル・アルゼンチン大使館をエルサレムに移す方向で進めていく、という話し合いがあったことは国内でも大きく話題になりました。
国際的な超右派と足並みを揃える意向で、現在アルゼンチンはイスラエル側についています。
また現在NATO加盟の申請を始めたところで、デンマークから6億ドルかけて古い戦闘機24機も購入したと報道がありました。
ミレイ大統領は以前から熱狂的にユダヤ教・オーソドックス(超正統派)に大きな憧れを抱いていて、改宗はしていないものの、在アルゼンチンのオーソドックスの会合やイスラエルでの会合にもしっかりと帽子を被って参加しています。

その他の気になる動きとしては、イーロン・マスク氏との会合にも注目が集まりました。
アルゼンチンは世界の主要リチウム生産国のひとつでもあり、現時点では中国企業の投資が一番多い状況です。
ミレイ大統領による「誰でもアルゼンチンの国土を好きなだけ自由に買えるようにする」法律改正も緊急大統領令の中に含まれており、その効力は現在も続いているはずです。

経済的に不安定な国、インフレでの値上げで生活が苦しくなることはこれまでにも何度もありましたが、ここまでの経験は私も10年生活していて初めてなので戸惑っています。
これまでは、どんなに経済危機だと騒いでもそれでも人々はなんとか楽しみを見つけながらそれなりに暮らせていました。それは国が借金まみれになりながらもこれまでのポピュリズム政権が作り出していたもので、汚職や沢山の問題を孕んでいたのも確かです。現在は国民がその代償を払っている、と言って間違いはないでしょう。
うまく上流・中流階級層、90年代後半からの経済危機や軍事政権時代を経験していない若者の憎悪を引き出して、票につなげたのがミレイ政権。現在もそのスタンスは変わらず、法律改変案など説明して国民を説得するのではなく、通して「前政権の悪口を言い続ける」。国民の反感を引き出し、支持率を獲得している、という印象です。

毎日ニュースをつけると新しい問題が勃発しているアルゼンチン。
先週末大きく話題になったのは、国会にて「上院議員の給与を3倍に値上げする案」が上院議員たちの挙手により可決する、というニュース。毎日飽きません。
どんな未来が待っているのか、一般庶民にも、エコノミストたちにとっても、誰にも予測することができません。