本日12月10日、アルゼンチンで新大統領就任式が行われました。
新しく国を指揮することになったのは、リバタリアン(自由至上主義者)ハビエル・ミレイ氏です。
ハビエル・ミレイ氏とは?
11月19日に投開票が行われたアルゼンチン大統領選決選投票で得票率約56%で勝利したミレイ氏。
53歳、元々自由主義を信奉するエコノミストです。自身を「無政府主義の資本主義者」と呼び、政府支出を大幅に削減する計画の象徴として集会でチェーンソーを振り回し、「中銀を廃止する!」という主張の元、実際に中央銀行の模型を破壊するなど、派手な選挙戦で注目を得ました。SNSでの拡散も手伝い、この過激なパフォーマンスで若年層を中心に熱狂的な支持者を増やしました。
これまでアルゼンチンの主要政党である正義党や急進党などに所属したことはなく、2021年から務める下院議員職が最初の公選職でした。
また、過去に中央銀行で勤務していましたが契約更新に至らなかった、といういわくつきのエピソードも持つ人物です。
3桁台を記録するインフレ率や貧困層の増加といった国内経済の問題に対し、抜本的改革を訴えた同氏。ミレイ氏を強く支持した有権者の大半は、前政権の失政へのいら立ちから同氏を選んだと言われています。その結果、大統領選挙で24州のうち21州で勝利を収めました。
ミレイ氏の掲げる政策とは
最終目標としては「無政府・無税金」がゴールと言います。
長年の債務問題や年率140%を超えるインフレなど経済問題が大きな国の課題である中、ミレイ氏は米ドルを国内法定通貨にすること、それに伴う中央銀行の廃止を提唱しています。
それを実現するための国家支出削減案として、様々な国営企業の民営化、中央省庁の縮小、各種補助金のカットなどが挙げられています。
就任式当日、早速中央省庁をこれまで18あったものを9省庁に縮小する政令にサインをしました。
El Presidente de la República Argentina Javier Milei firmó el decreto de designación de ministros. Este decreto reduce la cantidad de ministerios existentes a 9. pic.twitter.com/FNB18pC7va
-- Oficina del Presidente Javier Milei (@OPEArg) December 10, 2023
ミレイ氏は財政赤字を圧縮するために、交通・運輸、水道、ガス、電気関連の補助金(合計すればGDPの約2.5%に相当)の大半を廃止することを議会に提案する計画が進んでいます。公共道路工事なども国家予算は一切出さない、と言っています。
また、現在ほぼ全てが赤字経営である国有企業33社のほとんどについて、民営化を試みることも匂わせています。国家負担となっている赤字企業は退場!という目論見です。
この中での赤字ではない国営企業であるYPF社(ガス、石油、リチウム、再生エネルギー)が民営化されるかどうかも注目されています。過去にこの企業は民営化されたこともあります。
制度の規模がGDP比でほぼ12%に達している、肥大化した年金制度も縮小する可能性もあります。この数字はアルゼンチンより豊かで人口の高齢化もはるかに進んだドイツやフィンランドに並ぶほどだそうです。
外交面では中国との関係の見直しやアメリカとの関係強化を訴えていました。
大統領選前には、「私に政権を握らせてくれたら、15年でイタリアやフランス、20年ドイツ、35年でアメリカのようなライフレベルに近づけることができる。」とも発言していました。
Congratulations to Javier Milei on a great race for President of Argentina... pic.twitter.com/VPnwj7KYpu
-- Team Trump (Text TRUMP to 88022) (@TeamTrump) November 21, 2023
トランプ元大統領、またブラジルのボルソナロ元大統領からも祝福のメッセージがXを通じて届いていました。
また世界的にも話題になっていた銃器売買規制の緩和、臓器売買の合法化の主張に関しても、規制というものが存在しない世界=ミレイ氏の目指す「無政府主義」、に基づくものです。どんな売買も、売買における値段の付け方も政府が介入せず、個人の責任に任せられる、というわけです。
過激な人物が勝つほど、前政権はそんなにダメだったのか?
長い間主要政党として政権を握ってきた左派ペロン党への不満が膨らみ切った結果のように思います。インフレ率や貧困率の上昇、汚職などもある中、根本にあるのは「なぜ、私たちが政治家のために・貧困層を支えるために余計に税金を収めないといけないのか?」という上流・中流階級層のフラストレーションだと思っています。
医療・教育費無料や、多くの補助金を支えているのは、国民の税金によるものです。
ペロン党は特に国内の主要輸出品目である穀物に多くの輸出関税をかけていたこともあり、地方の農家とは相性が非常に悪いこともあります。
今回、もう一人の候補者・ペロン党マッサ氏による中流階級層の所得税カットが選挙前のキャンペーンとして行われました。しかしそのしわ寄せは地方の予算削減にも繋がり、理由はそれだけに起因しませんが、バラマキの甲斐も虚しく地方でマッサ氏が勝った州はほぼ皆無という結果になりました。
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過去のアルゼンチンにおけるネオリベラリズム
1980年代以降、ラテンアメリカ諸国はそれ以前の国家介入型の経済政策から一転して「ネオリベラリズム」による市場開放経済政策を採用した歴史があります。これは今アルゼンチンが進もうとしている方向でもあります。率先して進めたのはチリで、1973年に軍事クーデターで政権を握ったピノチェト政権でした。
その結果、90年から99年にかけてのアルゼンチンの失業率は90.7%と2倍近くまで高騰。急激な失業率の悪化に、どのくらいこの時期の新自由主義的政策が関わっていたかと言うと、その一因は民営化にあったと言われています。
アルゼンチンで89年にメネム政権が発足した当初、年率4923%という未曽有のインフレに見舞われていました。鉄道、電話、通信電信、石油、電力、軍需、製鉄などの主要国営部門を中心に民営化が進められました。
民営化前に国営企業が擁した約35万5千人の従業員のうち、国営部門に残った約6万5千人を除くと、総離職者数は約28万人に達しています。(うち、民営化後の同一産業部門に再就職できたのは約11万5千人。)
その他にも貿易の自由化を進めたことも理由のひとつとして挙げられるでしょう。
アルゼンチンで維持されていた平均関税率30%は89年に20%までに引き下げられ、その結果海外からの工業品の輸入が急増、従業員100名以上の企業数は、1985年から1994年にかけ18.5%の減少、1990から95年に工業部門の就労者数は193万人から166万人へと減少しました。
同時に、解雇保障の義務を伴わない試用期間を定めた雇用やパートタイム雇用を法制化・短期雇用を奨励し、数字的には雇用は拡大したとされていますが、現実には職業とは言えないような仕事(行商や車の窓ガラス拭き)などで生計を建てる人々も含まれており、スラム街の拡大にも繋がりました。
このような就労状況のもと、犯罪件数がその10年の間で2倍となり(約105万件)、新自由主義への反対運動が盛んに展開されるようになりました。
最終的に2001年には国民が銀行口座からお金がおろせなくなるなど、経済大危機に見舞われたアルゼンチン、死者も多く出したデモの末、当時の大統領が辞任する際は大統領府からヘリコプターで脱出せざるを得なくなるという恥ずかしい歴史を持っています。
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ミレイ氏は「最初の2年間は、痛みを伴う改革である」と発言しており、過去の痛みを繰り返すことは必至です。おそらく、過去のリベラリズムよりも大きなダメージとなるのでは、とも言われています。
就任式のスピーチで繰り返し発言していたのは「No hay plata! (お金がない)」ということでした。
今、一体誰が得をすることになるのか
企業で働く人々にとってミレイ氏の政策はいつ職を失うかわからない、という恐怖と背中合わせです。
その一方、ミレイ氏を支持する有権者の多くは非正規雇用者であり、自営業者、フリーランス、例えばこの中には、海外の企業と契約しノマドで働いている人々から、デリバリー配達員、ウーバーやTAXIの運転手、YOUTUBERなど、企業に属さずにフレキシブルに働く人々も含まれます。
公務員・会社員など長年勤めている企業をクビになる可能性のない人々にとって、ミレイ氏の政策は痛くはなく、むしろ国内にいながら余計な税金を掛けられずに米ドル収入を得られるようになる可能性もあることなどから、支持している人が多いように思います。
この背景には、アルゼンチンでは自営業者の数がここ20年間で膨れ上がっており、「ネグロ」と呼ばれる非正規に仕事をしている人の数は、正規雇用で就労する人の数(約130万人)を越えているとも言われています。
実際に選挙前、TAXI利用時に運転手と会話しているとほとんどがミレイ支持派でした。
また自由貿易を進めると宣言している通り、ミレイ氏の提案が実現すれば貿易・投資にとっても良い時代となるでしょう。これまでは国内産業を守るための輸出入関税などの為替レートが少なくとも15種類あったうえ、資本、価格、輸出入に無数の統制が導入されており、投資などできる状況ではありませんでしたが、取引はより自由になっていくでしょう。
どのくらい彼のアイデアが議会で承認されて実現していくかにもよりますが、民営化に関しては失業率増加の問題だけでなく、豊富な資源や自然が国の手から離れていってしまうのではないか、またアルゼンチンが誇れることのひとつであった教育や医療のシステムも変化していく可能性も大いにあります。自由貿易が進めば進むほど国内の小さな工業や産業はどんどん潰れていくだろうと思います。
危機的状況で新大統領のポストに就いたミレイ氏。国の為の政治をしてくれることを願います。