先日、アルゼンチンのトップニュースをにぎわせ、世界中で話題になった少し変わったニュースがあります。
それは、「カピバラが大繁殖し、生息地である湿原地帯から住宅地に出没し始め、問題を引き起こしている」というもの。
カピバラはアルゼンチンではカルピンチョという名前で呼ばれます。人畜無害のおとなしい草食動物で、大人の場合は体重60キロ、体長1.30メートルにもなります。その可愛らしくほのぼのとするような風貌は、日本でもキャラクター化されるほどですが、ここアルゼンチンの湿地帯には野生のカピバラが数多く生息します。
首都ブエノスアイレスの中心地近くにある自然公園(Eco Parque)には、園内にカピバラの生活するゾーンがあり、アルゼンチンでは身近な動物として親しまれています。
しかし今、国内のとある地区でそのカピバラが大繁殖し、民家の庭に出没しゴミを漁ったり、交通事故を引き起こしたり、飼い犬が傷つけられるという問題が起き、一部の住民たちが駆除をしたいと訴えているのです。
なのですが、この地区「ノルデルタ」という場所は、実は元々はカピバラが住んでいた湿原があった場所。未開だった自然あふれる湿原を、約20年前から富裕層向けの別荘地に切り拓いた地区なのです。
これにより、カピバラをはじめとする多くの在来種の生息環境が変化しました。この地区に推定約400匹生息していると言われているカピバラは、元の場所で得られなくなった餌を探しに行動範囲を広げ、民家の庭の草や観葉植物などを求めるようになったのです。
¡En Japón amamos a los carpinchos! Estos hermosos roedores que están siendo tendencia son muy queridos en todas las regiones y hasta tienen su propio anime y se bañan en los onsen (aguas termales). Te contamos algunas curiosidades de su vida enpic.twitter.com/dr0eVD9iza
-- Embajada del Japón (@JapanEmb_Arg) August 20, 2021
状況としては、
住民 → 駆除を訴えている。
政府 → 保護し移動させたいとの意向。
環境保護団体や専門家 → 野生動物の生息地を強制的に移動させることは自然に反することであり、反対している。
という構図になっています。
そしてその騒動の舞台となった街も特徴的であることから、元々アルゼンチンで根深い社会階級問題も絡まり合い、「カピバラとお金持ち、侵入者なのはどっち?」というテーマに発展し過熱しているのです。
「資本論」を読むカピバラの画像など、風刺のきいたコラージュ画像も沢山SNS上などで拡散され、インターネット上で大盛り上がりとなりました。
そして実は、ノルデルタに住む一部のお金持ちと一般国民の間の確執は、今に始まったことではないのです。事の始めは、数年前にさかのぼります・・・。
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ノルデルタとはどんなところなのか
この議論の舞台となった地区、「ノルデルタ」は、首都ブエノスアイレスの郊外に位置する、プライベートタウン(Barrio privado)と呼ばれる別荘地のうちのひとつです。
1999年から郊外に数々と作られた富裕層向けの町で、合計23の地区から成っており、現在は大企業の経営者や芸術家、スポーツ選手など、高収入を得られる人たちをはじめとする約45.000人が暮らしています。
このような別荘地は、国内の治安悪化も伴って開発され続けました。町の入り口には厳重なセキュリティが置かれており、中に住む住民からの招待や許可なしでは立ち入ることができません。完全に閉ざされた町で、その数は国内に1,000を超えます。
特にこのノルデルタはその中でも最も高級な町のうちのひとつに数えられ、学校や病院、商業施設なども十分に配置され、この街の中だけで生活ができるようになっています。
「大富豪のために作られた楽園の象徴」であり、これについては、社会階級で街を分断させ、さらには鍵を付けて仕切っていいのか?と疑問視する声も上がっています。

発端は、まだ記憶に新しい2017年の出来事。
このノルデルタ地区に住む女性の、とあるボイスメッセージが流出しました。その内容は、この町に家事手伝いなどで雇われて働きに来ている人たちに対し、
「この町の中に、見てくれの良くない地域から来た人がいる。私は美的な価値観を持っているので、美しい場所で休みたい」
と差別・軽蔑したものでした。さらには誰もが愛し大事にしている文化・国民的習慣である「マテ茶の回し飲み」を侮辱するなど、数々の言葉全てにおいて一般的な国民感情を大いに刺激したのです。
当時この5分間のボイスメッセージは瞬く間にSNS上で様々な形で拡散され大炎上。「ノルデルタの金持ち(Cheta de Nordelta)」というフレーズで、この町の住人のイメージを定着させたのです。
それから約1年後。またこのノルデルタで、町の住民たちと同じバスに乗ることを許されなかった家事手伝いの女性が撮影したビデオが拡散されました。こちらは具体的な差別行為として問題となり、彼女たちによる抗議運動に至りました。
これがきっかけとなり、約4か月後、初めてこの地区で働く人々の為に、ノルデルタ地区の内と外を繋ぐ公共バス路線が開通したのです。この国の公共バスは24時間国内の至るところを走る国民の足、安価な交通機関。この最初のバスには家事手伝いや保守作業員などの労働者約50人が乗り込み、国民にとっても大きなニュースとなりました。
しかし、「閉ざされた町であること」を条件にこの地区に家を購入した人々たちにとっては、安全性の侵害を訴えることとなり、住民間での溝が生まれる結果にもなりました。
拡散されたビデオの真相はわかりませんが、そういった差別がこの閉ざされたコミュニティの中には充満しており、こうした形で柵の外に漏れだした、ということは容易に想像がつきます。
アルゼンチンでは「Grieta」という言葉を様々な場面で見かけます。「亀裂」や「分断」という意味で使われますが、例えば、「右派vs左派」、「(サッカーチームの)ボカvsリーベル」、「(歴代大統領の)マクリ派vsクリスティーナ派」など・・・。何かと敵対して睨み合ったり、小さな子供の喧嘩のようなものから、時には大きな事件にまで発展したり、お互いを侮蔑し合うような事がよく起きるのはアルゼンチン人の特徴とも思うのですが、まさにこの騒動も「Grieta」を生んでいます。

この社会階級による「亀裂」はスポーツにも顕著に表れています。
アルゼンチンと言えばサッカーのイメージが大きいと思いますが、サッカーはまさに国民皆から愛され、誰もが楽しめるスポーツです。
その他には、オリンピックではアルゼンチンのラグビーチームが銅メダルを取ったり、テニス界にはアルゼンチン人プレイヤーのデルポトロなど有名選手も輩出していますが、活躍があっても国内ではたいして盛り上がりません。この2つの競技はサッカーと比較して「国民皆から支持されているスポーツ」ではないように思います。
というのも、このラグビーやテニスなどのスポーツは、「お金持ちのスポーツ」という認識で、これらを楽しんだり学ぶことが出来るのは富裕層の家庭の子供たちだけに許されることなのです。
あれだけサッカーには熱くなるのに、この冷めっぷりは何故?と不思議に思っていたのですが、この背景を知ってなるほど、と納得してしまいました。
アルゼンチン映画には、この国の人々の核心を突く社会格差問題を取り扱った作品も数多くあります。例えば、2010年のアルゼンチン・アカデミー賞で6部門(作品・監督・主演男優・脚本・音楽・新人男優)を受賞した「ル・コルビュジエの家」(監督・撮影:ガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーン、脚本:アンドレス・ドゥプラット)などでも、これらアルゼンチンにおいて目をそらしたくなるような問題がブラックユーモアたっぷりに描かれています。
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そしてカピバラはどこへゆく?
さて、カピバラの問題に戻ります。
ノルデルタ地区の管理団体によると、人々の居住地区へのカピバラの侵入は、昨年だけで17%増加していると分析しています。住民曰く、「10年前からこれらの動物と共存してきたが、2019年からはその数が爆発的に増えた」と説明しています。
専門家によると、かなりの数の動物をすぐに撤去しないと、1年後、2年後、3年後、4年後にそれぞれ2倍、6倍になる可能性があるというリスクを抱えている、ということなのです。このような状況に対処するため、彼らはブエノスアイレス州の政府の介入を求めました。
環境問題の研究者たちや、自然科学の教授はこの事態について、このように警告しています。
「ここ数年、伐採されていなかった地域が大幅に破壊され、建設のための森林伐採が行われ、カピバラは新しい空間を求めて住宅のある地域に移動せざるを得なくなっています。(María José Corriale氏)」
「野生動物へのダメージは、人間の介入によってすでに引き起こされています。自然は自らを律するものであり、人間が干渉するとバランスが崩れてしまいます。(Adelmar Funk 氏)」
短期的解決策として、コリアーレ氏はこのように提案しています。
「現在最初に解決すべき問題のひとつは、カピバラとの衝突による交通事故を最小限に抑えることです。動物が道路を横切ることが知られている地域では速度を落とすこと、または、カピバラが都市部に入り込む特定の場所を認識することで、カピバラが通過できないように金網を設置することができるでしょう。」
ファンク氏は、「幾つかの写真を見た限りでは、カピバラと行動を共にしている人たちがいます」と続けます。「今は逆のことをしなければならないでしょう。共存するわけでもなく、また動物を町から撃退ということでもなく、カピバラが別の目的地を探すような緻密な計画を立てなければならないのです。」
果たして、罪のない動物たちはどうなってしまうのでしょうか。
カピバラの増殖は、一部の地元住民の悩みの種を越え、未開の自然の大規模な都市化を進めることに待ったをかけると同時に、環境を尊重せずに作られた排他的な楽園に孤立しようとするお金持ちの問題という隠された議論を呼び起こしたのでした。
* Los Carpinchos son invasivos y están haciendo desastre..
-- El Barba Dominguez⭐ (@ElBarbaDomingue) August 19, 2021
- Los Carpinchos en Corrientes: pic.twitter.com/caIe4ZqhyY
(瞬く間に拡散された、マテ茶を飲むCarpincho-カピバラの動画。突如庶民側のシンボル的存在になったカピバラさんは、SNS上でも社会風刺で大忙しです。個人的に一番のヒットは、となりのトトロの画像がカピバラに置き換えられた「となりのカルピンチョ」というコラージュ・・・みんなこんなのよく考え付くなぁといつも感心します。)