ラテン系の国々では、「素敵な女性がいたら、道端でも、知らない相手でも声を掛けない方がおかしい」と言われることがあります。
先日、南米数か国に滞在した後アルゼンチンに2年間住んでいた友人と話していた際、「アルゼンチンでは道端であまり声を掛けられない、その部分に関しては治安が良い気がする」という話になりました。
これは決して、アルゼンチンの男性が女性に興味がないわけではありません。
この、男性が路上などで通りすがりに見ず知らずの女性に声を掛けたり、じろじろと見るなどのセクハラのことを「ピロポ」と言うのですが、これを禁止する法律が近年施行されたからなのです。
以前は女性であれば誰でも経験があり、口笛を吹かれる・かわいいね、と声を掛けられるものから、もっと下品なもの、またアジア人女性には決まって「チニータ!(中国人ちゃん)」と声を掛けられたりなど、様々でした。
これらの迷惑行為の禁止は2016年にブエノスアイレス市で、2019年には国の法律として制定されました。友人同士でも、少し前は道を歩けば声が聞こえない日はなかったけれど、今はずいぶん減ったよね、という話になります。
ここ数年アルゼンチンでは、フェミニズム運動が盛り上がっています。私がこの国に住んでいる7年の間にも、ピロポ禁止だけでなく、様々な変化がありました。
一番大きく、待望の法改正であったのが昨年末の「人工妊娠中絶手術の合法化」です。アルゼンチンの多くの女性たちが歓喜に沸きました。
2020年の12月30日。12時間に及ぶ上院での議論の末、朝方4時頃、わずかな票差で合法化法案が可決されたのです。2005年から合法化への運動が続けられていた、アルゼンチンにとっての大きなテーマでした。
緑のハンカチをこの運動のシンボルとし、デモ活動以外でも女性たちは日頃から鞄や手首につけ、意思表示をしていました。(逆に、反対派は水色のハンカチがシンボルでしたが、ブエノスアイレスの街中で見かけることはあまりありませんでした。)
Fuimos despacio porque íbamos lejos. No nos detendremos porque seguiremos luchando hasta que todes seamos libres. ¡Felices nuevos derechos, qué vivan nuestras vidas! #EsLey, compañeras y compañeres pic.twitter.com/nWVF0bH75h
-- Ley 27.610 (@CampAbortoLegal) January 14, 2021
カトリック教徒が多く、政治にも密に関わっている中南米諸国の中で、中絶手術が法で認められた国はアルゼンチンで4か国目です。貧困層を中心に危険な手術で命を落とす女性が絶えないことなどが大きな問題でした。アルゼンチン国内では中絶手術による死者は統計として発表されているだけでも毎年100人を超え、保健省によると年間平均46万件の違法手術が行われていたと言われています。実際はどちらももっと多いでしょう。
デモ活動のスローガンは「性教育は意思決定の為、避妊具は中絶をしない為、中絶手術は命を失わない為。」というものでした。

こちらは最後の議会の直前から法案可決後によく出回っていたポスター。ハンガーのシンボルは1960年代後半からアメリカで使われていたもので、「危険な中絶手術に使われていた道具」を表しています。アルゼンチンでは未だにそのような方法での手術も行われていたそうです。ちなみに緑色はパセリを使って中絶できるというデマがあり、それにより敗血症でなくなった女性がいたことから来ています。
保守層の多い地方都市では、法案可決後に州単位で中絶を禁止する法を制定しようとしているというニュースが出たり、病院によっては中絶手術を拒否しているところもありますが、(法的には処罰の対象となります)今年1月に正式に施行され、女性たちの声が届いた歴史的な快挙となりました。
この中絶手術合法化運動だけではなく、2015年から始まったNi una menos(もうこれ以上、一人の女性も失わない)というDV撲滅運動、また女性の人権、男女雇用の平等を目指す活動も盛り上がっています。
=====
少し遡って1991年。アルゼンチンでは政治分野における"クポ・フェミニーノ"と呼ばれる、女性議員の比率を増やすための法が制定され、国会下院・上院それぞれで女性議員が30%を占めるよう目指されました。(グラフ:https://www.argentina.gob.ar/)

青が下院・緑が上院ですが、上院では30%を達成するのに10年を要するなど、簡単ではありませんでした。
そしてさらに2017年には、男女比を均等にするよう法改正され、施行年である2019年から議員数の男女比は一層均等に近づいています。

IPU(列国議会同盟)による、世界各国の議会で女性が占める割合調査によると、アルゼンチンは193か国中18位。2021年1月の時点で全体の平均値は25.5%であり、これまでで最も高い割合でした。(ちなみに日本は9.9%で166位。)
そしてこのクポ・フェミニーノは様々な分野に広まっており、なんと2019年、女性ミュージシャン部門に正式に適用されました。ここではフェスティバル・コンサート・イベントなど行う際、女性メンバーの比率30%を目指すというものです。
これに対しては現在フェミニスト間でも賛否両論がありますが、この国でミュージシャンとして活動する私はまさにリアルタイムでこの法の恩恵を受けている者のひとりです。例えばひとつのコンサートで4人の奏者が選ばれる際、男女比が半分、という状況が増えています。

アルゼンチン政府による、ピアソラ生誕100周年記念のショートムービー。出演しています。
-- 西原なつき@Buenos Aires (@bandoneona) March 15, 2021
先日、youtubeのリンクでシェアしたものがインスタグラムのアカウントにもアップされていました#ピアソラ #リベルタンゴ #バンドネオン #タンゴ #サンテルモ #ブエノスアイレス #piazzolla #Piazzolla100 pic.twitter.com/RtOtFAMuDs
こちらも男女2名ずつで出演しています。
タンゴ演奏家、特に私が演奏するバンドネオンや、楽器が大きなコントラバスの奏者は、男性が演奏するもの、マッチョなイメージがあります。女性であることが理由で出来ない仕事も多くあります。観光客向けのショーを行うブエノスアイレスのタンゴハウスでは、未だに女性バンドネオン奏者お断りのところがおよそ総数の半分~3分の1あり、過去には男装をしなくてはいけないところなども存在しました。
なので、この変化は喜ぶべきことである反面、"女性だから"選ばれ、現場で会うことが急に増えた女性の仲間たちとは(大きな声では言えませんが、)「これで良いのだろうか?」と小さな違和感を共有していたりもします。私たちは時代の変化の流れの中にいるということを実感していて、こうでもしないと変わらない現状があったのは確かです。その改革のプロセスを担っているという責任を持ちながら、「自分はその舞台に乗るべき人」であるよう、その場に恥じない演奏をしていこう、という結論に至っています。
=====
もっと身近なところでも大きく影響し、現在はすっかり浸透しているのが、スペイン語の文法、男性名詞・女性名詞に対する問題提起です。
例えば、todos(=みなさん)は男性名詞であり、声を掛ける複数人全員が女性だった場合は todas になります。
「みなさん、こんにちは」と男女両方いる複数人に向けてする挨拶は、文法上正しいのは、
「Hola a todos」となります。
これは男性優位だという声があり、現在は大統領をはじめ
「Hola a todos y todas」と挨拶されることが一般的です。
そして、SNSでの個人の発信や日常会話の中などオフィシャルでない場、カジュアルなネットニュースなどでは、
「Hola a tod@s、todxs、todes」
と使われることも増えています。これが様々な名詞や冠詞に当てはめられ、
・Amigos/Amigas(=友達 の男・女名詞) → Amigues、Amigxs
・Los/Las esperamos(あなたたちを待っています) → Les esperamos、Lxs esperamos
と変化する、新しい文法 (Lenguaje inclusivo) なるものも出現しています。(これに関しては様々な議論があります。)
また、男女の呼称を並べるとき、例えば「お父さんお母さん」など、必ず男性の呼称が先に来ることが一般的であることに対し、あえて「お母さんお父さん」などと順番を逆にして表現されることもあります。
これらの発端となったのは2007年~2015年までの二任期を務めた、クリスティーナ元大統領(現在は副大統領)が、「わたしのことは Presidenta(="大統領"の女性名詞)と表示してください」とメディアに強く主張していたのがきっかけのひとつになっているようです。
辞書には男性の場合は Presidente、女性の場合は Presidenta と明確な記載がありますが、当時は女性大統領に対しても男性名詞が使われる(またはLa presidente)ということがあったようなのです。
これらの社会の変化、女性が声を上げていこうという風潮になっていったのは、彼女の存在も大きいでしょう。
そんなアルゼンチンの現在の問題は、フェミサイド(女性がDVなどで男性に殺害される)問題。
2020年の8か月に渡る外出禁止令下での家庭内でのDV、また2021年が始まってから約30時間に1人の女性がフェミサイドで命を落としている、というニュースは国内でも大きく取り上げられています。
在住年数はたった7年ですが、自分の身近で何度も、ひとりひとりの声が社会や法律を変えていく様子を目の当たりにしています。身近な友人や仲間と一緒に議論したり、これらの運動に参加する中で、アルゼンチン女性たちの強さに感動しています。勿論、女性だけでなく男性でもこれらの運動に賛同しているフェミニストは周りにたくさんいます。
この国では、男女も職業も関係なく、SNSなどでも政治や国の出来事に意見することは一般的です。とは言えこの複雑な国のことや政治のことについて意見すると、「外国人のくせに、音楽家のくせに」と声が聞こえてくることもありますが、私もこの国に住む社会の一員として理解を深めながら、賛同できるものには声を上げ続けていこうと思っています。