「俳句をやらないか?」

私がブラジルに来てから長くお世話になっているカラオケの先生ひでさんのお誘いを受けてから、もう10年経っていた。
こちらに着いてからブラジル文化研究に夢中だった私は、なかなか俳句の世界に足を踏み入れずにいたが、ひでさんが懲りずに誘ってくれたおかげで、素晴らしい体験ができたのでレポートしたい。

毎年4月21日に、日本が誇る俳人、高浜虚子(1874/2/22 - 1959/4/8)の命日「虚子忌」に合わせた特別な句会があるそうで、サンパウロ市内から貸し切りバスで1時間弱離れた町に集まることになっている。
面白そうなのでぜひ取材をしたいと申し入れると、「何いってるんだ。一緒に行くなら参加しなさい」と、ひでさんは言う。

これまで一度も俳句を詠んだことがないと言い訳すると、「お題はメールで送るから。季語の意味がわからなかったらグーグルで検索しなさい」と丸め込まれた。

ひでさんはもうじき80歳になるが、スマートフォンを使って季語を調べ、オンライン俳句グループにも参加している。なんでもググる世代の私は、もうこれ以上言い訳はできない。

「21日は朝8時にリベルダージ(東洋人街)のマクドナルド前に集合。皆さん時間よりも早く集まるから寝坊しないように」
と、くぎを刺され、当日までに俳句を考えることになった。

季語は調べたものの、最近忙しかった私は結局一句も詠めずに句会の日を迎えてしまった。

この朝、サンパウロは10度まで冷え込んだ。
サンパウロは標高760メートル、「ブラジルは常夏」というのは幻想である。
体温であたたまった掛け布団から出るのが辛かったが、10分前には集合場所に到着した。

バスはリベイロン・ピーレス市の日伯文化協会に向かって出発。
このバスは同市が毎年無料提供してくれるそうだ。

車内では参加者のルシオさんがリベルダージ駅前で買った麻辣青豆(台湾産のお菓子)を皆で食べ、まるで大人の遠足気分だった。

そうかと思えば、俳句モードに突入。
規子さん(2021年1月投稿「【日本⇔ブラジル】栗のなる木は夢なる木 - 田中規子さん」に登場)は今日の句会に発表する作品を一生懸命考えている。
隣では、ひでさんがあゆみさんの俳句を添削中。
私もなんとかして一句出さねばともう一度季語をググるが、素晴らしい作品例をみると何も浮かばなくなってしまう。

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添削中のひでさん(photo by Aika Shimada)

「ひでさん、いつもどうやって俳句を詠んでるんですか?」
と、思い切ってストレートに質問してみると、
「そんな難しく考えずに、自分が思ったことを書けばいいんだ。前に日本から来た留学生が句会に初めて参加したとき、『バナナって放っておくと黒くなる』ってのを詠んだこともあったな。でも最初はそれでいいんだよ」
と。ちなみにその留学生さん、俳句を続け今では素敵な作品を詠まれるそうだ。

そんな事を話している間に、バスはビルに囲まれた市内を抜けて、緑に囲まれた湖の脇を走っていた。

「あとね、俳句をやると、物事に敏感になる。あの紫の花が咲いている木、見えるでしょう?」
そう言ってひでさんが指したのは、緑の木々の中でひときわ目立つ華やかな紫色の花を咲かせたクアレズマと呼ばれる木だった。
ポルトガル語で四旬節にあたるQuaresma(クアレズマ)の時期に咲くことからクアレズマ(正式名称はクアレズメイラ)と名付けられている。

四旬節はキリスト復活祭の40日前の水曜日から復活祭の前日までの期間。ブラジルではカーニバルが終わり、暦の上では秋となる。
そう、クアレズマは秋の季語としてブラジル俳句で使われることを教えてくれた。

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緑の中で一際目を引くクアレズマの木(photo by iStock)

クアレズマが満開の道を通り過ぎ、リベイロン・ピーレス市に入る。
日伯文化協会に行く前に、大事な場所に寄るそうだ。

着いたのは日本庭園だった。
リベイロン・ピーレス市に住む日系人コミュニティが守ってきたこの日本庭園の中に、なんと高浜虚子の句碑があるのだ。

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リベイロン・ピーレスの日本庭園にある高浜虚子の句碑(photo by Aika Shimada)


「三日月のにほやかにして情あり 高浜虚子

なぜ句碑がここにあるかというと、虚子の短冊を7万円で購入した日本人男性が、ブラジルへ移民としてやってきた際に一緒に持ってきたのだそうだ。
大変貴重なものなので、句碑にしようと決まった時に選ばれた場所がリベイロン・ピーレスだった。
それ以降、リベイロン・ピーレスが「俳句の街」として、虚子の命日を偲ぶ俳句大会を始めることになったとサンパウロ市在住で数多くの句会で選者をされている小斎先生が教えてくれた。

「当時の7万円って、どれぐらいだったんですかね」

みんなでそんな話をしながら、小斎先生が代表して句碑にお花を奉った。

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小斎棹子先生(手前)は句会だけでなくブラジル日報の「ぶらじる俳壇」コーナーも担当している(photo by Aika Shimada)

一行は日伯文化協会に到着すると、虚子の遺影に手を合わせ、お線香をあげる。
ちなみにお線香はブラジルでも購入できる。

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虚子が愛したとされる椿の花も一緒に飾られていた(photo by Aika Shimada)

受付を済ませると俳句キットと朝食をいただいた。
この俳句キットの中には
・5枚の短冊
・清記用紙
・予選用のメモ用紙
・選句用紙
・ボールペン
が入っている。

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ブラジルで最もよく使われる青色のボールペン、もちろん自分の筆記用具を使用しても良い(photo by Aika Shimada)

句会に一度も参加したことがない私は、何をどうするのか全くわからない。
隣に座るルシオさんとあゆみさんが優しく教えてくれた。

おおまかな流れ------
1.【出句】 短冊に自分の俳句を書く(この日は五句提出)/ この際、自分の名前は書かない
2. それぞれが書いた短冊を集めて混ぜ、ランダムに各自五句ずつもらう
3.【清句】 配られた五句を清記用紙に書き写す
4.【選句】 清記用紙を隣に回しながら、自分が良いと思った俳句を予選用のメモ用紙に書き写す
5. 特に良いと思った五句を選句用紙に書き提出する / 選句用紙には自分の名前を書く
6.【披講】 披講者が選句者の名前とその人の選句を読み上げる / この際、自分の俳句が読まれたら名乗る
7.【採点】 選ばれた句が多かった人を発表
8.【講評】 指導者や選者による批評
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まずは短冊に自分の俳句を書くところから始まる。
20分程与えられ、参加者は作ってきたものを読み直したり、もっと良いものができないかと考えたりし始めた。

あれ、ひでさんはどこかな?と思ったら、小斎先生の隣に座っていた。
実は今日の特別選者だったのだ。
書道をやっていた頃にもらった芳山(ほうざん)という雅号で俳句を詠み、今では句会の特別選者などをやっているそうだ。
ちなみにルシオさんは一光、あゆみさんは一歩という俳号を持っている。

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半紙に墨で書かれた先生方のお名前(photo by Aika Shimada)

一句も考えてこなかった私は、半ば諦めモードで朝食にいただいたレモンケーキを頬張っていた。
それでも、2杯目のコーヒーを取りに行った先で芳山先生に出くわし、「一句ぐらい頑張って作りなさい」と言われたので、なんとかひねり出そうと席に戻った。

今回の課題になっている季語は「秋の水」、「虫時雨」、「旅人木」、「新豆腐 」 、「秋の灯」、「冬支度」、「虚子忌」 である。
今の心情をあらわすなら、「初参加頭がまっしろ虚子忌かな」なんだが、さすがにこれは発表できない。

そうだ、自分が思った事をそのまま書くんだ。
こうして、なんとか一句詠むことができた(本当は五句提出しなければならないが、特別に一句だけ提出させてもらった)。

短冊に間違えないように書くのだが、そういえば縦書きで文字を書くのはいつぶりだろう。
ちょっとバランスが悪くなってしまったが、読めないことはないはずだ。

続いて、回収された短冊が混ぜられ、ランダムに一人五句ずつ短冊を受け取る。
なぜ他人の句を清書するのかというと、選句の際、筆跡から誰の俳句かわからないようにするためだそうだ。

清書にて人様の俳句を間違えることは許されない。責任重大である。

次に、この清書用紙を隣に回しながら、好きな作品を選んでいく。
この日は私を除いて26名の参加者がいたので、俳句は130ある(プラス、私の一句で131)。

私も選句を始めたが、清書用紙をみて、まず参加者の皆さんの字の美しさにびっくりした。
こんなに美しく書けたら俳句も上達するのでは。
俳句のために、私もペン字を習おうかと思いはじめた。

選句を始めてまだ数分だが、どれも素敵で、気づいたら20を越える作品を予選として書き写していた。

誰かが心を込めて詠んだ俳句を書き写しながら、情景を思い浮かべる。
この時間がとても楽しかった。

最後の清書用紙を読み終わってから、なんとか五句に絞り、選句用紙に書き写す。
用紙を提出したらお昼の時間になっていた。

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お昼は日伯文化協会の皆さんが美味しいお弁当を用意してくださった。
お弁当は海苔巻きやフライが入った日本食。
大皿で出してくれた煮しめとお味噌汁も美味しくいただいた。

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ブラジルでも大根が食べられるのは日本人移民のおかげである(photo by Aika Shimada)

午後はいよいよ披講がはじまる。
披講者に選ばれた一歩さんが「○○選」と、選句者の名前を呼び、その人が選んだ五句を読み上げる。
三句目が読み上げられた後、

「掛け布団引きずり歩く冬支度」

あれ?どこかで聞いたことがある句だなと思ったら、なんと私の句が選ばれた!!

思いがけぬ出来事に喜んでいる場合ではない。
自分の句が読み上げられたら、間髪入れずに自分の名前を大きな声で名乗らなければならないのだ(集計のため)。

(後から知った事だが、この俳句を選んでくれたのは今日初めて句会に参加された女性で、同じように今朝の冷え込みで布団から出るのが辛かったので共感したと話してくれた。笑)

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披講を任された一歩さん、画家でもある多彩な方だ(photo by Aika Shimada)

参加者全員分の被講が終わり、集計に入る。
その間、特別選句者の先生方が特選をつけた句の批評を行った。

小斎先生が特選をつけたのは

「思い出す野良の帰りの虫時雨」 畠山てるえ

スザノ市在住の畠山てるえさんの作品だった。
てるえさんは1933年(昭和8年)日本生まれ。2歳の頃に家族と共にブラジルの地へ降り立った。
小斎先生は、海を越えてやってきた日本人移民が入植地で大変な苦労をしながら農業に従事し、今のブラジル社会に大きな影響を与えた事を心に刻む、素晴らしいブラジルの俳句だと称えた。

私も、その情景を思い浮かべたら急にジーンとしてしまい、初の句会で「ブラジル俳句」の面白さを発見してしまった。

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特選の記念品を受け取る畠山てるえさんと小斎先生、2人とも1世だがブラジルらしくアブラッソ(抱擁)する姿が微笑ましい(photo by Aika Shimada)

集計が終わり、いよいよ結果発表となった。
第28回虚子忌俳句大会で見事に1位になったのは、

なんと芳山先生だった!

芳山先生が表彰された後、最後は全員で記念撮影をしてお開きとなった。

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第28回虚子忌全伯俳句大会、記念撮影後、「また来年!」とお別れした(photo by Aika Shimada)

沢山参加しているように見えるが、以前はバスが数台、そして500km先の街から参加者が来るほど大きな大会だったそうだ。

多い時はサンパウロ近郊だけでも3,000人近くいた俳句仲間。
先生に会ったり、旧友と顔を合わせたりするために多くのイベントが行われていたが、今では俳句人口も減り、パンデミックの後はイベント参加者も減ったと言う。

大会終了後、芳山先生と一光さんは、この日取材に来ていたブラジル唯一の邦字新聞社の若い記者に俳句をやってみないかと声をかけていた。

芳山先生が何度も私を句会に参加するように誘ってくれたのは、日本語の素晴らしさやブラジル俳句の面白さを知る事だけでなく、若い世代に俳句を続けてほしいという願いもあったのだ。
その願いもあってか、先生が参加するサビア句会の平均年齢は他のコミュニティよりもだいぶ若い(平均年齢50歳ぐらいだろうか)。

確かに、日本語よりもポルトガル語が必要とされた日系2世、3世の人々にとって、俳句は遠い存在かもしれない。
しかし自分の両親(2世や3世)が日本語を話さなくても自分のルーツを求めて日本語を勉強する若者や、非日系で日本語を専門的に学ぶ学生も増えている。
ブラジルの若い日本語話者や日本語学習者たちが、俳句をより身近に感じるような新しいコミュニティも必要そうだ。

ちなみにブラジルには「Haicai」(ハイカイ)と呼ばれるフランス経由で伝わったポルトガル語の俳句があり、一定数のファンがいる(これについては長くなるのでまた後日)。

私はすっかり俳句にハマってしまい、帰りにひでさんにお礼を言った。すると、

「自分の句が選ばれたのもあるだろう。頑張って勉強してください」

と笑顔で肩を叩かれた。
確かに、自分の句が誰かに気に入ってもらえることほど嬉しい事はない。
もうちょっと良い句を詠みたいな、とやる気になった。

そして今更の話だが、日本でも10年前から俳句の番組が話題になっているということを教えてもらってびっくりした。
私はブラジルでブラジル俳句を楽しみ、日本に向けて発信してみたいなと密かに思っている。

【最後に】
今回、優しく出迎えて下さったリベイロン・ピーレス市日伯文化協会の皆様、芳山先生(ひでさん)、小斎先生、並びにサビア句会の仲間である一光さん、一歩さん、宮さん、遊歩さん、ヴィセンテさん、ご協力ありがとうございました。