これまで、World Voiceにて今日ブラジルでボサノヴァが聴かれていないこと、東京オリンピックの体操金メダリストであるヘベッカ・アンドラージが床で起用した曲がファンキカリオカというリオデジャネイロの貧困層サブカルチャーから生まれた大衆的な音楽であることを紹介したので、続けてブラジルで最も人気のある音楽について紹介したいと思っていたところだった。
まさか、人気歌手マリリア・メンドンサの追悼を込めて書くことになるとは思ってもみなかったが、彼女が残したもの、そして2000年代初期から今でも人気のあるセルタネージョという音楽について書きたいと思う。
マリリア・メンドンサとは、ブラジルで最も聴かれている音楽ムジカ・セルタネージャ(一般的にはセルタネージョと呼ばれている)の中で、最も人気のある女性歌手である。
マリリアは失恋ソングの女王、ライヴの女王と呼ばれ、今ではセルタネージョの女王と呼ばれる。
Youtubeのチャンネル登録数はなんと2300万人。ブラジルで最も使われているストリーミングサービスSpotifyでは2020年最も聴かれた女性ミュージシャン、セルタネージョ総合では4位(女性で最高)に輝いた。
そんな人気の絶頂にいたマリリアは、今年11月5日、自宅のあるゴイアス州ゴイアニアの飛行場からからミナスジェライス州のライヴ会場に向かう小型飛行機の墜落事故で26歳という若さで帰らぬ人となった。
彼女とプロデューサー、叔父が乗っていたことが発表され、操縦士と副操縦士を含む全員が亡くなったことがわかると、ブラジル全土が悲しみに包まれた。 ゴイアニアでは週末予定されていたイベントや行事が全てキャンセルされ、別れを偲んだ。
では、セルタネージョについて簡単にお話ししたい。
|ムジカ・セルタネージャの誕生
セルタネージョというのはブラジルの奥地、主に乾燥地に住む人々を示している。
セルタネージョの音楽の意を持つ"ムジカ・セルタネージャ"の誕生を話すには、 20世紀始めにサンパウロ州の田舎町で生まれたムジカ・カイピーラ(田舎の音楽)の起源にさかのぼらなければならない。
16世紀、現在のブラジルの土地にポルトガル人がギターを持ち込んだ。
やがて先住民と白人の混血カボクロがブラジルの木で作ったギター(ヴィオラ・カイピーラと呼ばれる10弦ギター)を使い自己流に歌うようになり、弾き語りのスタイルが生まれた。
カイピーラとは、先住民であるトゥピ族が木こりを呼ぶときに使っていた言葉から派生したもので、先住民の音楽とインスピレーションが込められていることをおわかりいただけるだろう。
ムジカ・カイピーラは男声2人のデュオで、ギターを弾き、メロディをハモりながら歌う。
これらの音楽は生活に密着したものだったが、1929年、民俗学、特にカイピーラ文化の研究をしていた作家でジャーナリストのコルネ―リオ・ピレスの監修で、マリアーノ&カスーラのデュオによって始めてムジカ・カイピーラの録音が行われた。
それ以降、商業的なムジカ・カイピーラも増え、彼らがメキシコやパラグアイの音楽なども取り入れるようになると、ヴィオラ・カイピーラ以外の楽器も使われるようになった。
それに対して作曲家のパウメイラは「もうムジカ・カイピーラとは呼べない。これからはムジカ・セルタネージャと呼ぼう。」といったのがきっかけで、ムジカ・セルタネージャとして知られるようになった。
|セルタネージョの全国的な大ヒット
70年代には首都が海岸部のリオデジャネイロから内陸部のブラジリアに遷都されたこともあり、沢山の地方出身者がブラジリアやその近隣のゴイアス州内に住むようになると、ムジカ・セルタネージャもその人々と共に広がっていく。
そのため、ムジカ・セルタネージャの聖地はゴイアス州とされており、多くの歌手を輩出、ツアーが多い彼らは今でも州都ゴイアニアに住んでいる。マリリアもその一人だった。
また、テレビの普及でドラマなどがヒットしたことから、曲の歌詞もそれまでの耕作地の文化や自然を歌うようなものから、感情的で日常的なものに変化していく。
そして大きな変化としてアメリカのカントリー文化に影響されたカウボーイスタイルになったのもこの頃。
以前記事で紹介した元国民的歌手セルジオ・へイスもカウボーイハットがトレードマークだった。
それでも、ムジカ・セルタネージャはあくまでも一部での人気であったそうで、全国的に知られるようになったのは1980年代のことだ。
シタンジーニョ&ショロローやレアンドロ&レオナルドを始めとする、オーケストラやドラム、ベースが入った編成で多くの人に受け入れられるようになると、ブラジルのヒットチャートを賑わすようになり、それ以降数多くのデュオが登場した。
|セルタネージョ・ウニヴェルシターリオの誕生
ムジカ・セルタネージャが更に進化を遂げたのは2000年代。
景気の好調や当時の労働者党政権による全国学力テストや手厚い奨学金の制度で大学進学する人が増え始めた頃だ。
ブラジルの地方出身者も都市部で大学に通うようになり、地元で聴かれていたムジカ・セルタネージャを懐かしむ形で歌い出した。
そして、比較的金銭に余裕のある大学生たちのダンスパーティーなどと共に広まり、若い世代らしく恋人との別れや一瞬の恋、失恋ソングと変化する。
ムジカ・セルタネージャは彼らの集まりには欠かせない音楽となり、次第に曲のテンポもアップしていく。 こういった背景から、今トップチャートで聴かれるセルタネージョはセルタネージョ・ウニヴェルシターリオ(大学生のセルタネージョ)と呼ばれるようになったのだ。
このセルタネージョ・ウニヴェルシターリオの中で、世界的に有名になったのはミシェル・テロが歌った『Ai Se Eu Te Pego』で、サッカー選手がこの曲を踊ったり、世界各地でカヴァーされていたため、聴いたことがある人も多いかもしれない。
この勢いは収まらず、2021年になった今でもセルタネージョ・ウニヴェルシターリオはブラジルで最も聴かれる音楽となった。
そのため、最近ではセルタネージョ・ウニヴェルシターリオがムジカ・セルタネージャと呼ばれるようになり、80年代頃に活躍したデュオは現在では"セルタネージョ・クラシコ"(伝統的なセルタネージョ)と呼ばれている。
これらの音楽を好む人たちは比較的若い世代だったが、2000年代前半に大学生だった頃のファンがそのまま聴き続けている事もあり、年齢層も幅広くなっていると感じる。
それに伴いセルタネージョファッションも注目され、週末のパーティーではカウボーイハットやブーツ、皮のベルトなどで決めてくる人もいるようだ。
一見、文化の再発掘のようにも感じられるが、田舎に行くとセルタネージョブームとは関係なくカウボーイスタイルで馬に乗っている人もいる。
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|セルタネージョ・ウニヴェルシターリオの音楽的特徴や傾向
音楽的にセルタネージョ・ウニヴェルシターリオは元となったセルタネージョの売りである"哀愁"をうまく引き継いでいる。
共感できるような歌詞とロマンチックな展開が加わり、メロディは覚えやすくハーモニー進行的は比較的シンプルで似ているものが多い。
編成はヴィオラ・カイピーラやアコースティックギター、アコーディオンが入ることが特徴的で、ベースとドラムがそれをしっかり支える。
海外のヒットソングや他のアーティストの曲をセルタネージョ風にカヴァーしたり、2000年にバイーア州カンデイアスで生まれたアホーシャと呼ばれるスローな音楽をショーに取りいれることもある。
家で聴くと言うよりは、集まりで聴く音楽なので、とにかくショーが沢山行われているのも特徴だ。
そのため歌手は声量とスタミナがあり、とにかく歌が上手い。
更に歌手はインフルエンサー的な立ち位置にもあるため、見た目も重視されている。男性は短髪、整えられた髭に筋肉質でピタッとしたシャツを着ていることが多い。
|セルタネージョ界におけるジェンダー
セルタネージョはムジカ・カイピーラの伝統である男声デュオという編成をそのまま引き継いでいたため、暫くの間は女性歌手の登場が少なかった。
40年代から活躍したカストロ姉妹やイネジータ・バホーゾら女流歌手も活躍したが、田舎的な風習から、女性が外で働くことや、ポピュラー音楽を歌い巡業することは周りはもちろん家族からもよく思われていなかった。
そんな中、マリリア・メンドンサは抜群の歌唱力とパフォーマンスでファンを増やし、女心を歌った失恋ソングで女性から絶大な人気を得る。(男性が歌うセルタネージョは男尊女卑な物もあるため賛否両論ある)
有名になっても気取らず、親近感あるキャラクターで愛されており、亡くなる直前には自身のInstagramにてダイエットと体づくりに励んでいる様子を赤裸々に見せていた。
また、マリリアは2018年の大統領選挙にて、現大統領ボウソナロ氏に反対した唯一のセルタネージョ歌手だった。
セルタネージョ界の歌手たちは、カエターノ・ヴェローゾやミルトン・ナシメントのようなMPB界のミュージシャンたちのように政治的なコメントを公にはしない。
そんな中、マリリアは「政治的な問題ではなく、良識の問題。」と強気の姿勢でボウソナロ政権を批判。人気歌手の政治に関するコメントは、政治に興味がない人達への呼びかけともなった。
|「マリリアの音楽が私を手助けしてくれた」
マリリアの突然を訃報を受け、彼女の出身地であるゴイアス州の州都ゴイアニアで行われた葬儀には多くのファンが訪れた。
EL PAÍS誌はその列に並ぶファンにインタビューを行い、ゴイアニアに住む大学生は「ロックばかり聴いていたんですが、ある日、たばこを買いに行った際にマリリアの歌を聴いて気に入って。最初は少し恥ずかしさも感じながらも、サンパウロに住んでいた時にはマリリアを聴いて故郷を懐かしみました。マリリアの音楽は私が偏見に打ち勝てるように手助けをしてくれ、ゴイアス州の文化を再発見させてくれました。」と話した。
ブラジルの田舎独特な伝統を受け継ぐセルタネージョ・ウニヴェルシターリオは、世界的にブラジルの音楽として認知されているサンバやボサノヴァと違った形でリアルな現状を映し出し、その中で生きる人々にブラジルの伝統を少しでも感じさせているようだ。
しかしながら、セルタネージョ・ウニヴェルシタリオはその人気とは裏腹にアンチも多く、そういった人々はファンキカリオカ(もしくはファンキパウリスタ)やNova MPBと呼ばれる新しい世代の音楽を聴いている。欧米ポップスや、最近では韓国のグループも人気だ。
引き続きブラジルの音楽シーンをレポートしていきたい。
【今日の1枚】
セルタネージョ・ウニヴェルシターリオとは逆に、ムジカ・カイピーラの良さを再発見するグループも注目されている。
Conversa Ribeiraはカイピーラには珍しいピアノを含めた混声のトリオ。現代的に伝統音楽を解釈している。