縁があって、2年前からサンパウロの吹奏楽団を指導している。
15歳から25歳が中心の楽団で、皆音楽が大好き、好奇心に溢れている。
そのうちの一人にこんな質問をされた。
「先生!クラシックとポピュラー音楽の違いってなんですか?」

私は言葉に詰まってしまった。
例えば、クラシックは楽譜があって、ポピュラーは楽譜があるけど自由に演奏できる部分が多い。
これは全く答えになっていない。ジャズのビッグバンドは譜面を読むことが殆どである。
では演奏されるシーンはどうだろう。
例えば、クラシックはコンサートホールで聴くもの。
これも全く答えになっていない。所謂クラシック音楽と呼ばれる音楽が生まれた当時の人々にとっては、クラシックこそが大衆音楽だったという話もある。
その他にも作曲家の年代、演奏される編成、テンポの変化、表現、即興など、どれをとっても決定的に違いを見つけることが近年困難になっている。
それでも、人はなぜか物事を"分類"して頭の中をすっきりさせようとしたがる。

様々な音楽を聴くのが好きだった私は、クラシックを学ぶ音楽大学に入学してから「類は友を呼ぶ」というようにポピュラー音楽に興味がある友人たちとJazz研究会で活動を始めたり、音大以外のミュージシャンたちと交流をするようになった。
しかし「ここはクラシックを勉強する場所、ポピュラー音楽は禁止!」というように、先生や大学側の風当たりが強かったのを覚えている。 大学を卒業し、フリーランスになってからはポピュラー音楽を演奏する機会が増えていった。
現実の世界で求められるのは大学で勉強しなかったことの方が多く、その場しのぎのような演奏になってしまう日々。
仕事でジャズの有名曲を演奏してほしいと頼まれることもあり、共演者から「あなたの音色はなんていうか、クラシックよね。ジャズじゃない。」と言われたこともあった。
ジャズを本格的に勉強したことがなかったので、そう言われても仕方がないが、この日は酷く落ち込んだ。

それ以降、自分の中で"クラシックはこういう音色、ジャズはこういう音色"という線引きのようなものができてしまった。
クラシックを封印し、ジャズの個人レッスンに通い始めたのもこの頃だったが、中には音大卒の私がジャズを始めたことに良い反応をしなかった人もいた。ただし、これはもう10年前の話なので、時代と共に多少変化しているだろう。

そういった意味で、ブラジル留学は私の再スタートでもあった。
音大卒業という経歴を知られずに(隠していたわけではない)、一から学ぶような気持ちで取り組むことができたのだ。
そして不思議なことにブラジル音楽は、堅苦しい音楽の"分類"をする必要性を感じさせない。それが私がブラジル音楽を好きになった理由の一つでもあるが、実際に至るところでそういった作品を聞くことができる。

例えば、ブラジルの伝統的な音楽であるショーロは、アフリカの文化から影響を受けたリズムとヨーロッパの音楽形式が交わって生まれた。
「ブラジルの大衆音楽」と言われることが多いが、クラシックのもつ要素(主に形式、室内楽的な音の創り方、メロディ以外に必須とされる副旋律や伴奏のフレーズ)が多くみられる。
このショーロや、それをヒントにして書かれた作品を、ブラジルの音楽院ではポピュラー科の学生だけでなくクラシック科の学生も学ぶ。

私が学んだ州立音楽院は、クラシック科とポピュラー科に分かれてはいるものの、互いの科を副科として履修することができる。 奨学生になるための学内オーケストラやビッグバンドのオーデイションは所属する科に関係なく受けることができるため、クラシック科の学生がビッグバンドに所属するようなことも稀ではない。
私自身もポピュラー科に在学しながら、クラシック科の授業をいくつか受けたのだが、クラシック科の座学の授業ではブラジルの歌謡曲を例に使った課題が多く出され、ポピュラー音楽でよく使われるコードネームの勉強もした。(私が学んだ日本の音楽大学では和声学の授業はあったがコードネームは勉強しなかった)
逆にポピュラー科でも、クラシック科が使う教材(フルートならタファネル、サックスならばクローゼなど)を使用したり、ハーモニーの授業では現代音楽を語るには欠かせないドビュッシー、シェーンベルク、ストラヴィンスキーだけでなくバロック音楽や古典派と呼ばれる作曲家の作品について話をすることはごく普通のことだった。

何より驚いたことに、先生方も二つの科を掛け持ちして指導にあたっており、そのおかげで学生も気兼ねなく科を行き来できる。
では実際どのように演奏し分けているかというと、その音楽のもつ様式や言葉遣い(例えばアーティキュレーション)、背景を"理解すること"に重点に置いている。楽器のセッティングを変えたり、自身の持つ音色を大幅に変えることは殆どない。

アカデミックに音楽を勉強をしている人は、常に多種多様の音楽に触れることを心掛けておいた方が良い。
沢山のことを吸収してから、自分の好み表現方法を自分の意志でみつけるのである。
さもないと先生に言われた通りにしか演奏できなくなり、結果的に量産型音楽家になってしまうだろう。
音楽院の学生は伸び伸びしていてとても個性的だ。 賛否両論あるかもしれないが、世界的なコンクールに入賞する学生を輩出していなくても、自分らしい音楽ができるようになるなら、それで良いと私は思う。

クラシックとポピュラー音楽、それぞれの良さを大切にしようとしているのは音楽院だけではない。
弦楽オーケストラとビッグバンドを合体させたサンパウロ州立楽団、Orquestra Jazz Sinfônica Brasilは同州の誇りである。
1989年に設立されたこの楽団の指揮者João Maurício Galindoは、「Jazz Sinfônicaを一言で言うなら"唯一の楽団"。例えば、ベルリンフィルハーモニーがスティングを読んで特別に一夜限りの公演をすることはあるかもしれないけど、我々はそれが日常なんだ。」とインタビューで話す。
その通り、ベートーベンの交響曲のようなオーケストラのレパートリーは演奏せず、ブラジルを中心とした大衆音楽をレパートリーにする楽団なのだ。 そのためアレンジは全て書き下ろしで、ビッグバンド側のメンバーたちがアドリブソロを行うこともある。
コンサートは劇場で行われることが多いが、入場料も比較的良心的で、無料の野外コンサートやテレビ出演も行っている。また、全国的に有名な歌手やグループだけでなく、近年はラッパーやDJをゲストに迎えているため、幅広い年齢層に知られている。
彼らはオーケストラというクラシック音楽の代表的な編成を土台に持ちながら、前述したショーロやブラジルの伝統的な音楽、ヒット曲を演奏し、その垣根を越えて親しまれているのだ。

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このように何かひとつにとらわれない考え方は、近年更に増え続けている。
ミナスジェライス州出身の音楽家Rafael Martiniは、クラシックやポピュラー音楽(主にジャズ)の境界性を超えた作品を作り出すことで注目を浴びている。
2012年、自身のグループ(フルート、クラリネット、サックス、ピアノ、コントラバス、ドラムから成り立つ6重奏団)でアルバムをリリースし好評を得た。 ミナスジェライス州の首都ベロオリゾンチで行われる国際的にも評価の高い音楽フェスティバルSavassi Festivalに同グループを率いて出演した際、運営側から「君のグループと、ミナスジェライス州のオーケストラ、合唱団のための曲を書いてみないか?」と提案をされた。彼は州内の大学で作曲を専門的に学んだが、この編成のための作品を書くのは初めてで、良い挑戦だったと後にインタビューで語っている。
Rafaelは同州で活動する詩人で音楽家のMakely Kaに詩を書いてほしいと相談。二人は一緒に作品を制作したことはなかったが、すぐに意気投合し、Rafaelが当時読んでいたカール・グスタフ・ユングの『象徴論』からヒントを得て、"夢の世界"を作品のテーマにすることを決めた。全5曲、40分の大作で、2曲目はブラジルのショーロの父とも呼ばれるピシンギーニャ、4曲目は20世紀の偉大な作曲家の一人であるストランヴィスキーとの夢の世界と象徴を描いている。
こうして2014年、フェスティバルで大成功を収めた『Suíte Onírica』(日本語で『夢の組曲』)はクラシック、ポピュラーという境界線を超えて、更には国境までも超える事になった。
ベネズエラのオーケストラと合唱団がこの作品を録音したいと強く希望し、Rafaelらはベネズエラにて4日間の念密な合同リハーサルと4日間のレコーディングを行った。完成させたアルバムは日本のレーベルからも発売されている。
Rafaelへのインタビューから、この編成は作曲家である彼の意図ではなくフェスティバルの運営側からの提案だったと知って驚いた。


Rafael Martiniのグループとミナスジェライス州のオーケストラ、合唱団によるコンサート(14'40''~)

偶然にも先日、冒頭の疑問に決着をつけてくれるような出来事が起こった。
それは母校のオンライン音楽フェスティバルが開催され、進行役として木管楽器奏者のMaurício de Souzaのマスタークラスに参加した際のことだ。
彼はダンスホールのバンド演奏で楽器を吹くことを覚え、Orquestra Jazz Sinfônica Brasilのメンバーとして23年間活動、現在はサンパウロ市立音楽院にて教鞭に従事する他、自身のグループやミュージカルなどで演奏を行っている。そんな彼が最後にこう話した。

「この世には二種類の音楽しか存在しない。良い音楽か悪い音楽だ。」


クラシックはこうだ、ポピュラーはこうだと線引きし、それに縛られて箱の中から出られなくなるのはナンセンスだと教えてくれた。
元々、多種多様な人種により、様々な文化が混ざり合うブラジルで生きる人らしい考えかもしれない。
人々は常に良い物を求め、垣根を越え、新たなものを作り出す。
音楽も常に混じりあい、常に進化を遂げている。
分類し、制限をかけていたのは、自分自身だったんだと改めて気付かされた。

ちなみにMaurícioの言葉の意味にはもう一つの意味が込められている。
これはブラジルだけに言えることではないだろうが、今の時代はどちらも、いいや、なんでも演奏できないと音楽家として食べていくのは難しいということだ。
毎年多くの人が音楽大学や音楽院を卒業するが、音楽家の仕事は減っている。
我々に幅広い知識や技術、柔軟性が求められるようになっているのは、紛れもない事実である。

【今日の1枚】
前述した『Suíte Onírica』のベネズエラでのレコーディング版。純粋に音楽の美しさを教えてくれる1枚である。