「第1波(でロックダウン中だった)時の復活祭はホラー映画、クリスマスを目前にした第二波の今はスリラー映画のようだ」
こう話すのは、新型コロナウイルスの感染拡大によるロックダウン中のピエモンテ州で、1927年から代々パネットーネなどのお菓子を製造するBaloccoの社長アルベルト・バロッコ氏だ。
国民の80%がカソリック信者と言われるイタリアで、一年で一番大事な祝日であり宗教イベントは言わずも知れたクリスマス。そしてクリスマスと同じぐらい大事なのが春の復活祭。キリストの誕生と(磔になった後の)復活を祝う2ビッグイベントの期間に、2020年、新型コロナウイルスはロックダウンをぶつけてきたというわけだ。
今年4月の復活祭の時、イタリアは全国がロックダウン中だった。人々は家にこもりパンやピッツァ、ケーキ作りに没頭し、持て余す時間、孤独や不安を紛らわすのがブームのようになった。スーパーマーケットの棚は小麦粉とイースト類、そして日常食品に占領され、例年であれば復活祭用のお菓子が並べられるはずのスペースは大幅に縮小された。大量に余った在庫を持て余した結果、破棄せざるを得なかった(または病院などに寄付した)企業が多かったという。それが「ホラー映画のように」恐怖だったということだ。
その苦い経験があるから、クリスマスを目前に控えた今も、パネットーネやパンドーロの生産に拍車がかからないと声を揃えるのが、そんな大手製菓企業の経営者たちだ。「復活祭の時のような無駄は出したくないから控えめに生産していると、商品が足りないということも起こりうるが、今はどんな状況になっていくのか、誰にも見通しがつかない状態」、だからスリラーということだ。
そんな悩みのタネのクリスマスに食べるパネットーネとは、1500年頃その原型がミラノあたりで生まれたと言われるケーキ。中にオレンジピールやレーズンが入っているあたりがヨーロッパ各地のクリスマスケーキと共通しているが、天然酵母でふんわり膨らませてあるのが特徴的。そしてもう一つのクリスマスケーキ、パンドーロは、パネットーネに似た生地を星形に高く焼き上げたものに粉糖をふりかけて食べる、よりシンプルなタイプだ。食いしん坊なイタリア人であれば、これらをクリスマス当日よりずっと前から買い込んでは、朝食に、おやつに、デザートにと食べまくる。もちろんクリスマスの本番にも、スプマンテと一緒に食べる。
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日本でも最近はポピュラーになりつつあるので「あー、パネットーネね」とか「あれ、あんまり美味しくないよね」なんて思った方もいるかもしれない。たしかにパネットーネは(そしてパンドーロも)ピンからキリまであって、カサカサでおいしくないものも多いけれど(残念ながら海外輸出用はそういう大量生産品がほとんど)、ていねいに手作りされたパネットーネのフワフワ感、天然酵母の風味とオレンジピールの甘い香りが一体になった味は、病みつきになるおいしさだ。イタリアの菓子職人の間では「最後の戦い」と呼ばれている。おいしく作るのはどんなお菓子よりも難しいということだ。卵やバター、フルーツピールなどがたっぷり入った重たい生地を、天然酵母だけで高く、ふわふわに焼き上げるのは、高い技術が必要だからだ。

神様が作るめちゃウマなパネットーネ
実は私も、最初にパネットーネを食べた時は、カサカサで甘ったるいだけで美味しくないと思っていた。なんのことはない、美味しくないやつを食べていたからなんだけど(笑)。ところがある時、「パネットーネ界のフェラーリ」と異名を持つパネットーネに出会った。「ロイゾン」というその製菓会社は、半オートメーション生産でありながら、代々伝わる天然酵母を使って焼き上げるから、美味しくて、かつ値段はそれほど高くない(イタリアで買った場合)。一方で完全に手作りの高級お菓子屋さんのものなら、1つ(1キロサイズ)が30ユーロを軽く超えるものが多い。それが日本まで輸出されたら、輸送コストなどがのって3倍近くの値段になるから、日本で本当においしいパネットーネに出会うのは難しいと言うわけだ。
そして数年前、今度は「発酵生地の神様」と呼ばれるマウロ・モランディンさんに出会った。マウロさんのパネットーネ作りがどんなに素晴らしくて、どんなにおいしいか。東京でワインバーを営む友人と私が共同で立ち上げた小さなプロジェクト「守りたい、イタリア伝統のおいしさ」第1回で、マウロさんの工房をZOOMで訪ね、作り方を見せてもらった。youtubeにもアップされているので、のぞいてみてください。マウロさんのパネットーネの詳細は、私の個人ブログにも書いています。 noteにも書いてます。

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さて、イタリア人にとってのクリスマスとは、キリストが生まれた日とされる12月25日に、家族で集まってご馳走を食べて、プレゼントを交換し合う大事なイベント。北イタリアでは25日の昼に1回勝負だが、南イタリアでは24日の夕食と25日の昼の2回、クリスマスの食事があるそうだ。敬虔なカソリック信者は食べるばかりではなく、25日の0時に教会のミサへ行ったりもするが、3密を避けるのであればミサもどうなんだろう。
恋人同士も別々に過ごすイタリアのクリスマス
ここで「家族」というのは一緒に暮らしている家族だけとは限らなくて、お祖父さんお祖母さんにおじさんおばさん従兄弟兄弟姉妹などなどが一堂に集まって祝う、そんなのが伝統的なイタリアのクリスマスだ。家族が一人でもかけてはダメだから、恋人同士もそれぞれの家族と、別々に過ごす。

友達同士や仕事仲間とは、12月に入ったあたりから食事会をして、ちょっとしたプレゼントを交換しあったりして楽しむ。日本の忘年会にも似た感じだ。それからバスケットに美味しいお菓子やワインなどを詰めて、日頃お世話になっている人に贈る習慣もある。日本のお歳暮と共通した習慣かもしれない。
そんなプレゼントの購買力や、ご馳走を作って大勢で食べるための贅沢な食材費、ちょっとおしゃれをするための衣装代なんかが、今年は全て控えめになってしまう。
私がイタリアで暮らし始めた25年前には、クリスマスは絶対に家で、一家のマンマ(お母さん)が食べきれないほどのご馳走を作り、家族揃って食べるのが決まりのようだった。だからレストランはチャイニーズ以外全て休業で、一緒に祝う家族がいないガイジンの私は、ふてくされながらテレビなんか見ていたものだった。でも最近は事情が変わってきて、25日にレストランでご馳走を食べようという人も増えている。考えてみれば、女性が社会進出して、共働きが当たり前になった昨今、24日の夜まで普通に会社で仕事をし、25日の昼にご馳走を作れと言われたら、料理担当のお母さん(お父さんでも)たちはストライキを起こしたくなるだろう。だから最近では、たくさんのレストランが25日に営業し、特別なクリスマスメニューが用意される。星付きレストランの豪華な食事がプレゼント、なんていうグルメファミリーも多いし、旅先でクリスマスを祝いたいという人も増えている。
そんなもの全てが今年はお預けになるとしたら、一体どれだけの経済損失があるのだろうか?
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11月20日の時点で、部分的ロックダウンなどの措置が功を奏したのか、イタリア全国のRt(実効再生産数)が1.7から1.18に下がり、死者数も699人(11月17,18日は二日連続700人越え)になった。とはいえ、まだまだ予断は許さない状態だ。
「感染カーブの角度が緩やかになったとはいえ、まだ勝利宣言をするのは早すぎる。Rtが1を超えているということは、感染は増えていくという意味なのだから」とイタリア国立衛生研究所所長のシルヴィオ・ブルサフェーロ氏。
そして「今年のクリスマスは、家族で集まるのも、できる限り人数を小さくして祝いましょう。最大でも5、6人など」とコメントを出したのは、保健省事務次官のサンドラ・ザンパ氏。「でも、人数が大事なのではなく、毎日会っていない人と交わることがリスクを高めるのです。第3波という事態は絶対に避けなければいけません」。
伝統的でデジタルなクリスマスへ
そんな状況下、製菓業界はもちろん、たくさんのイタリア人が、今年、コロナ禍のクリスマスと年末年始のカウントダウンパーティーはどうなるのか、家族と集えるのか、と心配している。ロックダウンが解除されて、ブティックやレストランの営業が再開されたとしても、豪華な食事やプレゼントの予算がないという家庭も多いだろう。クリスマスなんて言ってる場合じゃない、という深刻な状況の人たちも残念ながら多いという事実も忘れてはいけない。
だから多くの家庭で否応無しに、身近な家族だけと家で過ごすクリスマスになりそうだ。そしていつもの年なら忙しくて時間がないワーキングマザーも(ファザーも)、伝統的なクリスマス料理に挑戦したりする。例えばピエモンテ州だったら、手打ちのアニョロッティ(ラビオリ)や、肉のいろいろな部位を茹でいろいろなソースで楽しむボッリート・ミストを。トスカーナ州なら去勢雄鶏のお腹に詰め物をしたローストや、レバーペーストをのせたクロスティーニ。ナポリだったら雌のうなぎ「カピトーネ」をイブの夕食に食べるのが伝統だという。そんな昔ながらのクリスマスのテーブルが、今年は思いかけず復活するかもしれない。会えない家族とはZOOMで一緒に祝う。そんな伝統と最新テクノロジーが混在するクリスマスになるかもしれない。

そして、全ての人が、暖かい部屋と食べ物のあるクリスマスを過ごせますように。そう願わずにいられない。
