ある事情があって、いけ好かない、と勝手に思い込んでいたマッシモ・ボットゥーラのところへ食事に行ったのは、イタリアで全国ロックダウンが解除され、感染拡大が一段落していた7月8日のことだ。

マッシモ・ボットゥーラとは、イタリアはエミリア・ロマーニャ州モデナにあるレストラン「オステリア・フランチェスカーナ」のオーナーシェフ。彼の店は、イタリアに11軒しかないミシュラン三ツ星を持つ一軒であり、近年注目のレストランアワード「The Word's 50 Best Restaurants」でも2度、1位を獲得している(現在ランクインしていないのは、若手にチャンスを広げるためで、トップシェフたちは殿堂入りという形でランク外にいる)。

彼の店は、予約超困難店としても知られていて、コロナ前まではウェイティングリストが40万件以上だったそうだ。そんなガストロノミー界のスーパースターでさえ、コロナウィルスの感染による被害からは逃れられなかった。世界中からの予約は全てキャンセルになり、ロックダウンとその後に続くレストラン営業規制によって、90日間の休業を余儀なくされたのだ。その隙をついて、私は予約を取ることができたというわけだけど。

そんな彼の店に、好きじゃないと思いながら、電車で3時間もかけてなぜ出かけて行ったのか。一段落したとはいえ、まだまだコロナの感染が不安な時期になのに。それは仕事だからしょうがなく、という気持ちの下に、大きな興味心湧き上がってきたからだ。

テレビの料理番組やコマーシャルに出演しまくりタレントのようになった挙句、クオリティーを落とし、星を失っていく料理人が多い中、マッシモ・ボットゥーラは一切そういうことをしていなかったと思う。だからと言ってビジネスに興味がないのかといえばそうでもなさそうで、ホテルをオープンしたり、グッチとコラボした店をフィレンツェやビバリーヒルズに出したりと、精力的に「商売」をしていた。加えて食料廃棄問題と貧困問題に同時に取り組む「Food for Soul」という活動では、イタリア国内外に何軒も、無料で食事を提供する施設を運営している。

そしてロックダウンの期間中には、インスタグラムで料理番組を配信。その姿はとても陽気でノリノリで、家族で歌ったり踊ったりしながら簡単そうでおいしそうな料理を教えていた。分子料理を仏頂面で作り続ける一方で社会問題に真面目に取り組む人、そんなイメージとは程遠い姿。それはステイホームで先が見えず辛い思いをしている人たちに、明るい気持ちと勇気とレシピを提供し元気付けるためだった。配信したことで義援金約900万円を集めることにも成功。感染が爆発的に広がっていたモデナ市に救急車を寄付したという。

マッシモ・ボットゥーラとは、いったいどんな人間なんだろう? 彼が、世界最高峰の料理人として、コロナ後に(後、と言っていいのかは未だ不安だけれど)食べに来てくれるすべてのお客さんはもちろん、窮地に立つ全世界の同業者たちを勇気付けるために提案しているという、新しいメニューはどんなものなのか? そんな興味だ。

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最終的に私はモデナに2日滞在し、1日目は新メニュー、二日目には昨年5月にオープンしたゲストハウスでも食事を堪能し、いけ好かない奴という考えを180度改めて帰途に着いた。

下の写真は、コロナ後に刷新されたメニューの一品。メニュー全体のテーマは、ビートルズの「WITH A LITTLE HELP FROM MY FRIENDS」。リンゴ・スターが歌った、"僕は歌が下手だけど、君のような友達がいれば、何とかやっていけるよ"というヒットナンバーのタイトルだ。どれもカラフルでポップで楽しげな料理には、90日間の休業と、2ヶ月間の外出できなかった時に、電話やメッセージで励ましあった仲間と一緒に作り上げた料理だ、という気持ちが込められている。

SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND - credit Callo Albanese e Sueo.jpg

「Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band  LSD」。目の覚めるような色や不思議な食感、酸味のバリエーションで、元気を出そう、覚醒しよう(だからLSD)というメッセージが込められている。写真:Callo Albanese e Sueo

でも私に考えを改めさせたのは、これを食べた時でもなければ、「もはやこれからの時代は、一人のカリスマシェフが脚光をあびるレストランの時代ではない。チームで作り上げる仕事なんだ」とインタビュー中にシェフが力説した時でもなかった。忙しい営業前に時間を割いてインタビューの時間をくれ、世界最高峰のシェフとして感じた、ロックダウン中の強烈なストレスについてでもなかった。

それはゲストハウス「マリア・ルイジア」のダイニングルームでの夕食だった。宿泊客優先、空きがあれば外部からの予約も可能というその夕食は、「オステリア・フランチェスカーナ」のシグニチャープレート9皿で構成されたコース。本店では常に新しいメニューに刷新されるので、感動したあの一皿、懐かしいあの料理をもう一度食べたいと思うファンにも、マッシモ・ボットゥーラ初体験の客にも、どちらにも嬉しいメニューというわけだ。そのダイニングルームには大きなテーブルが3卓。ソーシャルダイニングのように、見知らぬ人と「相席」になることもある。そして一角には料理教室のようなオープンキッチンが設えてあり、客は料理を作っていくシェフたちの姿を、立ち上がってのぞいたり、質問したりできるという仕組み。それはまるで友達のホームパーティーのキッチンで、準備をする友達を冷やかしながら飲み始めてパーティーが始まる、そんな感じにラフで楽しいのに、そこに世界一のシェフがウロウロしている、そういうシチュエーションなのだ。

そして一つ一つの料理のエピソードを、全員に向かってシェフが説明してくれる。それを聞きながら食べる料理は、たとえば「ラザニアのカリカリの部分」だ。イタリアの全ての大人が、子供時代、兄弟や友人たちと取り合いをした思い出があるはずという、ラザニアの端っこのカリッと焼けた、一番おいしい部分。それを再構築し、デザインした一皿だ。懐かしさに話は盛り上がり、ボットゥーラ流新解釈とテクニックに舌を巻く。

The crunchy part of the Lasagna - Francescana at Maria Luigia_credit Marco Poderi.jpg

「The crunchy part of the Lasagna」  写真: Marco Poderi

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または最高級のピエモンテ牛を低温調理した後、庭で採れたハーブを焦がしてまぶし付け、炭火焼きにしたような風味をつけた「美しく、サイケデリックに、スピンアートされた仔牛肉。絵のようにカラフルに彩られた炭火焼き」。バターを食べているかのように舌に滑らかで、かつ香ばしい肉に添えられているのは、様々な野菜をピュレ状にした付け合わせだ。シェフたちが皿の上に、まるでピカソがカンバスを彩るようにビシャ、ビシャ、とソースをスプンで投げつけていくのは見もので、みんながワーッと近くに集まりかけたが、跳ねて洋服が汚れるから離れて、と注意を受けたのだった。

この色とりどりの野菜のソースは、パンで拭って食べるために考案された。全てのソースと合うように綿密に計算して焼かれる天然酵母のパンが、この料理専用に運ばれる。イタリアでは、皿に残ったソースをパンで拭う行為は「スカルペッタする」と言って、料理がおいしければこそ、ではあるものの、同時に高級店ではちょっと遠慮してしまう、という人が多い。それを堂々と許してくれる、最高においしくてお茶目心たっぷりな料理というわけだ。こんな皿を食べていると、大テーブルで知らない人と相席していても、あまりの楽しさについ微笑みあって、会話が始まってしまう。

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「Beautiful,psychedelic,spin painted veal,charcoal grilled with glorious colors as a painting」写真:Marco Poderi

一人で食べていた私も、最後にはニコニコになっていた。周りの人もみんな楽しそうだ。おいしい店はたくさんあるけれど、食事が楽しくて笑ってしまう店って、世界にどれだけあるだろうか? おいしいものを作るトップシェフはたくさんいるけれど、俺様のすごい料理を食べさせてやる的な考えが透けて見える料理は、決して人を楽しくはさせない。これほどまでに人を楽しくさせるパワーの根底には、その客の求めるもの、その客がどうしたら喜ぶかを、考えに考え抜くサービス精神が必要なのではないか。私がインタビューで、「世界最高峰の多忙な身でありながら、貧しい人を助けるような活動も同時にされているのはなぜですか?」と聞いたら「なぜ困っている人がそこにいるのに、助けようという気にならないのか、って僕が聞きたいよ」と切り返されたのを思い出した。

見ていると、料理をする他のスタッフも、みんな生き生きと楽しそうだ。そういえばゲストハウスのヘッドシェフは女性、グッチとコラボでフィレンツェにオープンした店のシェフも女性。本店「オステリア・フランチェスカーナ」のスー・シェフは日本人の紺藤敬彦さんだ。他にも世界各国出身のスタッフが働いている。「女とか男とか何人とか、関係ない。その仕事をする能力があるかどうか」でスタッフを決めるというマッシモ・ボットゥーラ。能力をストレートに評価してもらえる環境で、スタッフたちは生き生きと楽しく仕事をする。もしかしたらマッシモ・ボットゥーラという人にとって、お金を払ってくれる客も、廃棄食料を利用して無料で料理を提供する相手も、自分のスタッフたちも、みんな等しくリスペクトを持って接し、大事にしたい人たちなのかな? 

そんなことを考えながら、モデナからイタリアの新幹線に乗り、トリノの家に戻ったのだった。