わが家の食卓は窓辺にある。ぼんやり座っていると、窓の外を突然、派手な黄緑色の群れがびゅんと勢い飛んでいくことがあって、はっとする。キーキーとけたたましく鳴きながら通り過ぎていくのは、野生のインコだ。
インコは暖かい国にいるイメージだけれど、英国にも推定3万羽(2021年11月のナショナル・ジオグラフィック誌の記事より)の野生のインコが生息していて、南部だけでなく北のスコットランドでも存在が確認されている。その中心はワカケホンセイインコという種類で、オスの首に輪のような模様があるので英語ではringneck parakeetという名前がついている。どちらの名前も少し長いので、ここでは英国で一般に通っている「パラキート」と呼ぶことにする。
パラキートは、わが家のような郊外だけでなく、ロンドンの中心部でも見ることができる。ハイドパークの近くに住む知り合いは、庭のバードフィーダー(野鳥の餌台)に毎日のようにパラキートの群れが集まってにぎやかだとよく笑っている。
まずは何より、ロンドン市内でのパラキートの様子をご覧ください。
数年前まで、ハイドパークのすぐ隣のケンジントン・ガーデンズにはパラキート好きが集まる名所があった。野生のパラキートも、ここは安全で食べものがもらえると学んでいたようで、人の手からリンゴやナッツを食べ、人の肩や頭に乗って写真を撮らせてくれた。その場にはたいてい、パラキートを何羽も体にとまらせた鳥おじさんがいて、主のような顔で周りを見守っていた。
何十人も集まった観光客や家族づれの間は、ロンドンの公園で意外にも出会った野生のインコとに親しめたことでほのぼのした一体感のようなものが生まれていて見るからに楽しそうだったけれど、人気が出過ぎたせいか、周りの草木が人の足で踏み荒らされたので、今ではその場所には木のフェンスがめぐらされてしまった。
それでも、北国ロンドンの公園で色鮮やかな鳥が目に入ったら、やっぱり驚いて嬉しくなってしまうというものだ。今でも観光客が多い公園内のあちこちでちょっとしたパラキート集会が自然発生している。
でもパラキートの原産は南アジアやアフリカだ。それなのに、どうしてロンドンで野生化しているのだろう。
これについてはさまざまな説がある。そのひとつは、伝説のロックギタリスト、ジミ・ヘンドリックスが1968年に街なかで鳥かごから放った2羽のパラキートが野生化したというものだ。場所は数年後にパンクファッションの聖地になったカーナビー・ストリートで、鳥の名前はアダムとイヴだったと聞くと、何やらミステリアスにフリーダムな感じがして、信じたくなる。
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映画「アフリカの女王」が撮影されていた1951年に、ロンドン郊外の撮影所から逃げ出したという説もよく知られている。ハンフリー・ボガードとキャサリン・ヘップバーン出演のこの映画には、セットの一部としてパラキートが用意されたにもかかわらず、映画のどのシーンにもパラキートの姿は確認されていない。
このふたつはほとんどの資料に載っている、ほぼ公式と言っていい都市伝説だ。どちらも芸能界が絡んでいるのが面白い。インコの派手な色やエキゾチックな印象、空を飛ぶ姿が華やかなショービジネスの世界や自由な芸能人を思い起こさせるのかしら。

都市伝説も面白いけれど、ロンドン近郊で最初に野生のパラキートが目撃されたのは1883年とわかっているので、残念ながらどちらも正解ではなさそうだ。実際には、19世紀からペットとして輸入されていたパラキートが家庭から逃げたか逃がされたかして野生化したという説が有力だ。
あれ? でもペットの鳥をどうしてわざわざ逃がすのだろう? これには、20世紀に英国で二度にわたって起きたパロット・フィーバー(オウム病)の流行が関わっている。鳥を通じて感染し、インフルエンザのような症状を引き起こすこの病気で死に至ることもあったので、多くの家庭がペットの鳥を外へ放ったのだ。
では、鳥かごから出されたパラキートはどうやって自然の中で生き延びてきたのだろう。大きな理由はロンドンの緑の豊かさだと言われている。王家の狩猟地だった緑地など8つの大きな公園、ヴィクトリア時代に作られた広い墓地、一般家庭の庭や菜園を含めて、ロンドンの約47%が緑に包まれている(2021年の統計)。パラキートは木の芽や花、皮までも食べるので、樹木さえあれば生きていけるし、巣になる木の洞にも困らない。

もうひとつの大きな理由は、「この国の温暖な気候」だという。これにはすぐに納得はできなかった。確かにロンドンは雪もあまり降らないし、最近は猛暑に襲われることもあるけれど、冬の空気は頭皮にきんきん突き刺さるほど冷たいし、わたしは夏でもたいてい長袖で通している。それでも温暖と言えるのかな。
この疑問を周りにぶつけていたら、ヨーロッパ各地への出張が多い友人が、「緯度はここより低いのにヨーロッパ大陸の冬はずっと寒いよ。ミラノなんて夏は耐えられないくらい暑いのに、冬はロンドンよりずっと寒くなる。地形も関係しているだろうけど、やっぱりメキシコ湾流の影響は大きいと思う」と話してくれた。わたしの体感とは別に、相対的に「英国の気候は温暖」のようだ。
さらに見つけた情報によると、英国に持ち込まれたパラキートは、南アジアの中でも北インドや今のパキスタンから来たものが多く、ヒマラヤの高山暮らしにも順応できるらしい。なるほど、ヒマラヤで暮らせるインコなら、ロンドンでも生きられそうだ。
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パラキートは19世紀から野生化し始めた。最初は広大なリッチモンド・パークやキューガーデンのある南西ロンドンで、それから時間をかけてロンドン全体に広がっていった。特に1990年代から急増したと聞くと、温暖化も関係しているのかな、と思ってしまう。
パラキートの野生化は世界各地でも見られるそうで、中にはスペインのように駆除を実施する国も出ている。けれど、英国では今のところ何もせずこのまま見守る方針だ。確かにちょっとした問題はあって、バードフィーダーに群れでやってくるパラキートが在来種の小さな鳥を蹴散らしてしまうし、巣作りの時期が早いパラキートのせいで他の鳥が巣作りしにくくなっている。それでも明らかな被害が確認されていないし、もうすでに数が多過ぎて対処しても効果が期待できないようなのだ。ナショナル・ジオグラフィック誌は、「英国人は動物好きだからパラキートを駆除したりしないだろう」とも言っている。

わが家の窓の外をパラキートが通るのはたまにのことだし、たいてい一瞬で飛んでいってしまう。この記事を書くなら改めてパラキートを間近で見たいと思ったので、市内の公園に何度か通ってみた。確実に見られる場所はないので、運を天に任せてひたすら歩き回ったけれど、キーキーというにぎやかな声が聞こえるばかりで、黄緑色の鳥の姿はなかなか見られなかった。けれどもある晴れた秋の午後、ついにその時がやってきた。
バッキンガム宮殿のすぐ目の前のセント・ジェームズ・パークでのことだ。ちょっとした人だかりの一角に、頭と肩に3羽の鳩をとめたおじさんがいるのが見えた(鳥好きにはおじさんが多いのかな)。近づいてみると、その鳩おじさんは手に持ったナッツをパラキートに食べさせている。それを見た人たちが周りに少しずつ集まって、写真や動画を撮ったり、同じように食べものでパラキートを呼び寄せたりし始めた。パラキートはずいぶん人に馴れていて、簡単に集まってきた。人の手や肩にとまったり、他の鳥と争って餌をつついたりするパラキートをただ眺める和やかな時間が過ぎた。5分ほどすると、鳩おじさんは鳩を肩にとめたままふらりとその場を去り、それを合図にするように、人々も紅葉の公園に散っていった。

パラキートの飛行ルートや時間は毎日きっちり決まっていて、その習性はよく「まるで人が通勤するよう」と例えられる。それなのに、わが家のあたりに来るパラキートはどうもルートも時間もまちまちな気がする。不思議だねと夫に話したら、こんな答えが返ってきた。
「パラキートがすっかりこの街に馴染んだってことじゃない? ロンドンの通勤電車は来たり来なかったり、遅れたりストをしたり、めちゃくちゃ不規則なんだから」
*パラキートの習性や英国で繁殖していく過程が面白くて、今回はあれこれ資料を読み込んでしまった。中でもわかりやすくまとめられていたのは、ナショナル・ジオグラフィック誌のこの記事、ガーディアン紙のこの記事、自然史博物館のこの記事だった。英語のみですが、ご興味あったらリンクからぜひ!