英国産のワインは日本でどのくらい知られているだろう。寒冷でぶどうは育たないと言われてきたこの英国でも、地球温暖化の影響もあって、1990年代ごろからワイン造りが着実に広まっている。 

 わたし自身は、ワインは好きなくせに、レッスンを何度受けても「おいしい!」のレベルから先に進めない。けれどもわたしにはワインを熱く語ってくれる頼もしい友人がいる。夫の古くからの友人で、ワイン好きが高じて自分で作り始めてしまったリチャードとレスリーのバルフォア・リン夫妻だ。ぶどう畑とワイナリーに囲まれたふたりの家に遊びに行くと、ワイン造りの話もたっぷり聞かせてくれる。今回は彼らが営むバルフォア・ワイナリー(Balfour Winery、旧称ハッシュヒース)をご紹介します。

バルフォア・ワイナリーのYouTube投稿より、コロナ禍でのロックダウンが明けて、ワイナリーの再開を知らせる3年前のリチャードとレスリー。ふたりの写真を自分で撮りたかったけれど、人物の写真が苦手でうまくいかないので、きれいに映っているこちらでどうぞ。社交的なリチャードは話上手で、彼が話し始めるとつい引き込まれる。

 ワイン造りが進む英国では、2023年初めの時点で、大小含めた国内のワイナリーの数が700軒を超えた。初めは見向きもされなかった品質も、徐々に上がって注目を集めている。7月にも、グローバル・スパークリング・マスターズ2023というスパークリングワインの品評会で、英国産の「ブラン・ド・ノワール」(デヴォン州サンドリッジ・バートン社)がフランスやイタリアという名産地のワインと肩を並べて最高賞に輝いたことが話題になった。遅れて始まったワイン造りだけに、前例に学んでいいとこ取りができる強みもあるそうだ。

 英国のワイン造りは、国内では比較的暖かいイングランドとウェールズが中心になっている。中でも名前をよく聞くデンビーズナイティンバーチャペルダウンガスボーンなどの大手ワイナリーは、イングランド南東部のケント州、イースト・サセックス州、ウエスト・サセックス州に集まっていて、最近はロンドン市内にも都市型ワイナリーが登場している。

 ワイン造りに大切な要素のひとつに土壌(テロワール)がある。氷河期に英国はフランスと地続きだったので、特にドーバー海峡寄りのイングランド南東部の土壌は、高級スパークリングワインの名産地、シャンパーニュ地方と同じ石灰質だ。だからこの地域ではスパークリングを得意としていて、バルフォアでも有名なシャンパンの造り手からぶどう提供の依頼を受けたことがある。国内で栽培されるぶどうの品種は、スパークリングに使われるシャルドネ、ピノ・ノワール、ピノ・ムニエが主流で、製法もシャンパンと同じものが広く用いられている。

 なんていうことを、知り合って17年の間にリチャードに教えてもらってきた。彼はわたしのような万年初心者を相手にしても、ワインの話になると熱くなる。少しだけ付け加えると、英国内で生産されるワインの約68%がスパークリングで、そのうちの98%がシャンパーニュ地方と同じ製法をとっている。

バルフォー - 2.jpeg
ふたりが暮らすケント州のハッシュヒース・マナー。バルフォアの「1503」というワインは、この家が建てられた年から名付けられた。室内の太い梁や特大の暖炉という中世の趣は残しながら、機能は現代風に改装されているので生活は快適だ。それでも床が見事にかしいでいる部屋もあって、古い建物好きとしては、その部屋に泊まらせてもらうのが楽しみでたまらない。レスリーのセンスで置かれたポップなインテリアとのミスマッチも、バルフォア・リン家らしさを醸している。筆者撮影

=====

 元農地だった敷地に初めてぶどうを植えたのは2002年だった。南仏で楽しむようなワインを庭で作れたらおもしろいね、というレスリーの思いつきがきっかけだったと聞くと、ふたりらしい話だなと思う。レスリーは、お孫さんがいる年齢になっても無邪気な遊び心に満ちたチャーミングな女性だ(わたしの憧れのロールモデルでもある)。そしていつも冗談ばかりのリチャードは、やると決めたらとことん突き詰めて成功させてしまうタイプ。このふたりがバルフォア・ワイナリーを二人三脚で成長させてきた。

「売れなかったら自分で飲めばいいよね」と植えた最初のぶどうは、2004年にロゼのスパークリングワインになった。この「バルフォア・ブリュット・ロゼ」は売れないどころか大好評で、2007年にインターナショナル・ワイン・チャレンジという品評会でメダルを受賞し、英国産ワインとして初めてトロフィーも獲得した。ワインを愛し、若い頃から勉強もしていたリチャードは、ワイン造りを始める前はやり手のビジネスマンだった。何気ないひと言から始まった自分たちのワインも、初めから最高のものを目指していたようだ。

赤スパークリング - 1.jpeg
ワイナリーではぶどう畑を眺めながらワインを楽しむことができる。写真は赤のスパークリング、「レスリーズ・リザーブ・レッドNV」。ほんのり甘い香りがするのにすっきりしていて好きだ、という表現しかできない自分にがっかりする。以前、山梨産のワインをプレゼントしたら、リチャードが「かすかに硫黄の香りがするね」と言ったのも驚いたけれど、最近バルフォアのスパークリングを飲んだ日本の友人が「ほのかにリンゴを感じた」と感想をもらしたのには本当に驚いた。りんごはケント州の名産品で、バルフォアにもりんご畑がある。リチャードは専門家だとしても、友人、すごい。どうしてわかるの? 筆者撮影

 拡張を続けてきたバルフォアの現在のぶどう畑の面積は、東京ドーム約17.4個分の約200エーカー(0.8平方キロメートル)で、国内でも大きい方になってきた。自然保護とサステナビリティを大切に考える彼らは、ぶどうが育つ状態を観察して、必要な時にしか農薬を使わない。英国でぶどうが「有機栽培」と認定されるには、銅や硫黄の入った農薬を定期的に使うという規定があり、彼らの方法は有機栽培には当たらない。けれど、この方がより自然で健康なぶどうが育つと信じている、よいワインはよいぶどうから生まれる、とふたりは話す。ぶどう畑周辺の牧草地も原生林も、必要がない限り除草や殺虫は行わず、雑草の花が咲き乱れる草地や自然の森を大切にしている。敷地の一角では受粉に貢献する蜂も飼育されて、バルフォアの敷地全体はできるだけ天然に近い形に保たれている。

バルフォア・ワイナリーのYouTube投稿より、ワイナリー見学の様子。英国のワイナリーは新しいせいか、見学ツアー、レストラン、結婚式やパーティーを催す施設が初めから充実していることが多い。ヨーロッパのワイナリーツアーのように次々にテイスティングしてまわるというより、1か所でたっぷり1日過ごすイメージだ。バルフォアでも、試飲や食事をした後にぶどう畑やオークの森を散策するロンドナーが増えているそうだ。森では野生の鹿にも出会える。

 バルフォアは最初のワインでの成功後も発展を続け、ふたりに会うたび、ぶどう畑を広げたとか、新しいぶどうを作り始めたという話を聞いた。最初は借りていた機械も次々に購入して発酵からボトル詰めまですべてできるようになり、英国産ワインとして唯一、ロンドン五輪(2012年)の公式ワインに選ばれ、テイスティングルームやレストランを備えた施設をオープンさせ、近くのパブを改装してブティックホテルも作った。

 バルフォアの躍進を一緒に夢を叶えている気持ちで見守ってきたけれど、ふたりのワイン造りには、友人でなくても応援したくなってしまう愛や情熱がいつもあった。最高のワインを目指すふたりは、専門家やスタッフの力に頼るだけではなく、自分で頭も手も体も動かす。ケントの家で一緒にのんびり散歩をしていても、リチャードは必ずぶどうの木に近づいていって成長を確かめるし、ワイナリーにいるお客さんに気さくに話しかけて感想を聞く。ふたりとも常にスタッフに声をかけて状況を話し合っている。ある秋、たまたま遊びに行っていた週末にぶどう収穫の人手が足りなくなったことがあり、ふたりともぶどう摘みに加わった。ちょうど膝を痛めていたリチャードも、参加するのに一瞬もためらわなかった。

=====

 ある年はぶどうが霜にやられてしまい、リチャードはすっかりしょげかえっていた。つい、「宝くじで大金が当たったら、そのすごく高い霜対策のヒーターを真っ先に買ってプレゼントするよ!」と、わたしは申し出た。こんなに一所懸命になっている人を見ていたら、応援しないわけにはいかない。結果として、わたしが宝くじを買う前に、彼らは対策をばっちり整えてしまったけれど(でも、その約束は今もわたしの中で生きている)。

バルフォア・ワイナリーのインスタグラム投稿より、今は会員向けに行われている秋のぶどう収穫の様子。リチャードが膝の痛みに耐えてぶどうを摘んだ日、わたしたち夫婦ももちろん手伝った。せいぜい2時間くらいのことだったのに、ずっと中腰で作業していたので、後で体が痛くなったこと! それでも、おしゃべりしながらぶどうを1房ずつ手で摘むのは純粋に楽しい作業だったし、その後に圧搾機に入っていくぶどうを見ていたら、自分が収穫したぶどうたちがワインになるんだという感激が込み上げてきた。

 彼らのワイン造りにはレスリーお得意の遊び心も散りばめられている。地元のアーティストを起用してモダンなラベルを作ったり、ぶどう畑でヨガをしたり、ジャズの生演奏を聴きながらワイナリーで食事をしたり。ふたりとも人を楽しませることがもともと上手だ。ワイナリー近くにホテルを作った裏には、ワインをたっぷり飲んだお客さんが遠くまで帰らなくていいようにという気持ちがあった。

 個人的には、ワインやクラフトビールに家族の名前をつけているというのも好きでたまらない。レスリーはもちろん、ジェイク、ナネット、スカイ、ルークは子どもたち、さらに愛犬の1匹であるダルメシアンのリバティーまでワインの名前になっているんですよ!

バルフォー - 5.jpeg
2018年にオープンしたワイナリーのレストランでは、ワインと食事、音楽、アートなどを組み合わせたイベントが催され、バルコニー席では目の前に広がるぶどう畑を眺めながらワインを楽しめる。あちこちに置かれたモダンアートはもちろんレスリーが選んだもので、ワイン片手にこのアートを巡るツアーも企画されている。筆者撮影(2022年)

 ご紹介したバルフォア・ワイナリーのサイトはこちら。スパークリングを含めた赤、白、ロゼの28種類のワインがあるほか、ケント名産のりんごやホップから、りんごジュースやサイダー(りんごの発泡酒)、クラフトビールも生産している。日本でも一部を購入することができ、会員であればこちらから、そのほか検索すると個人で購入できるサイトが出てくる。

 実は日本生まれで10歳まで日本で過ごしたレスリーは、日本に特別の思いを抱いている。日本のワイン界で活躍する女性が審査するサクラワインアワードで今年、バルフォアの1503クラシック・キュヴェがゴールド賞をいただいたよ、と嬉しそうに教えてくれたし、日本でバルフォアを広めることにも意欲的だ。日本に行きたいと予定を調整していて、少し話せる日本語もまた勉強し直している。

 今回はたまたま知っているバルフォア・ワイナリーをご紹介したけれど、英国のワイン造りは北部にも広がりつつあり、ますます勢いが増している。わたしも国内でワイナリー巡りをしつつ、これからも注目していくつもりだ。