クリスマス前には毎年、力の入った広告が発表される。なかでも毎年話題になるのが、全国展開する国民的デパート、ジョン・ルイスのテレビCMだ。ほのぼのと心温まる設定で、「大切な人に大切な贈りものを」というメッセージを2007年から送り続けている。今ではすっかりこの時期の風物詩になっていて、これが発表されるとクリスマスへのカウントダウンが始まったなと感じる。わたしはこのCMの大ファンで、毎年欠かさずにウォッチしている。
まずはどんなものだか、去年の映像をどうぞ(今年のものや過去のCMは後ほど)。言葉はあまり話さず、観るだけでほぼわかるように作られています。
「クリスマスには愛情や感謝を表そう」をテーマに、さりげなくプレゼントの購入を促しつつ、やさしい映像から感情に訴える力作が続いている。昔のヒット曲をアコースティックにカバーして、ノスタルジーをかきたてるのも上手で、国外でも話題にのぼるらしい。CMに合わせたキャラクター商品を販売したり、挿入されたカバー曲やそのオリジナル曲の売り上げが伸びたりと、CMによる経済効果もある。ジョン・ルイスのやさしいクリスマスCMを見るたびに、「いい人間になろう」と毎年気持ちを新たにしている。
けれども、ジョン・ルイスのCMはおとぎ話のようなもの、もっと現実に目を向けるべき、という見方もあって、毎年、ジョン・ルイスに対抗する広告(宣伝目的でなくて、個人の作品のようなものを含めて)がいくつか発表される。これがAlternative John Lewis Christmas advertsだ。日本語で言うと、「もうひとつのジョン・ルイスのクリスマスCM」「ジョン・ルイスの裏クリスマスCM」という感じになるのかな。ジョン・ルイスの名前をわざわざ出さず、ただ思う通りに作ればいいのにとも思うけれど、確立したものにあえて対抗するのはパンクを生み出した英国らしい気もする。
この「裏CM」は基本的にジョン・ルイスの作風に即していて、ほとんどセリフのないストーリーが静かな音楽に乗せて進んでいく。ただ、こちらは厳しい現実をリアルにぐっと突きつけてくる。家族や友人と過ごす時期だからか、取り上げられる社会問題や現実は「孤独」が多い。
たとえば、2020年に話題になった裏CMがこの動画だ。
ブルテリアとなかよく暮らす年老いた男性。クリスマスも近い日に犬がいなくなり......。ほのぼのした内容かと思いきや、思わぬ展開に衝撃を受ける。この動画は制作者サム・クレッグさんの音楽の宣伝ではあるけれど、彼が歌う挿入曲を買うと1曲ごとに79ペンスが孤独な高齢者支援に寄付されるので、慈善活動ということもできる。厳しい現実を見せた方が問題を観る人に訴えやすく、寄付につながるということなのかな(この動画を観て辛い気持ちになってしまった心やさしいあなた、このハッピーエンド版で気を取り直してくださいね。動画を観て悲しんだ人たちからのリクエストで後から作ったそうです)。
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そして今年、今の英国社会をよく表していると広く共感を集めたのが、『ゴーカート』というタイトルのこの動画だ。
床屋で「クリスマスに何をもらうの?」と聞かれた幼い男の子は、「今年はサンタさんは病気なの」と答え、その子の父親は帰り際、「今日はお代はいいよ」とさりげなく伝えられる。家に帰って子どもはチキンナゲットとフライドポテトの簡単な夕食、でも父親の席に食事はない。子どもが寝た後に、暖房も灯りも消した部屋でコートを着込み、ひとり泣く父親。
この動画は、光熱費や物価の高騰に苦しむ現在の英国の家庭をリアルに映していると大きな話題になって、ネット公開から24時間以内に400万回以上再生された。制作者のサム・ティールさんは、「生活費の高騰に苦しむ家庭の姿を表現したかった。クリスマスは誰といるかが大切で、亡くなった人のことを思う時でもある」と話している。
英国の物価上昇はだいぶ前から始まっていた。去年の冬にすでにさかんに使われていたheat or eat(暖房をつけるか食事をするか、片方しか払う余裕がない)という言葉は、今ではすっかり定着している。さらに今年は光熱費の高騰もあって、この父親は節約のために動画で暖房を切り、食事も自分はしない。この動画のふたりほど困っている家庭の割合は決して高いわけではないけれど、確かに存在する。フードバンクに並ぶ人はますます増えて提供する食料が不足し、ロンドンではとうとう公共施設を利用して暖房の入った空間を無料で提供するサービス(Warm Bank、ウォームバンク)まで始めた。
光熱費は10月から80%引き上げられたけれど、政府の補助金が下りることになったので、実は今のところ、恐れていたほどの金額にはなっていない。集合住宅で大人ふたり暮らしのわが家の例でいうと、今年4月にそれまでの月66.56ポンド(約11,000円)から90ポンド(約15,000円)に上がり、7月に142.78ポンド(約23,500円)になり、10月からの補助金で11月は75.78ポンド(約12,500円)に落ち着いた。それでも補助金は来年3月までだし、12月に入って急激に寒くなった影響で、来月は221.12ポンド(約36,500円)になりそうだと見積もりが送られてきた。やっぱり暖房を使うと高くなる! 用心のためにも、厚着をして暖房の温度設定を下げたり、温水を使う量を減らしたりして今後に備えなくてはとわたしも思うし、あちこちで同じような話を聞く。支援を受けるほど困っていなくても、節約モードに入っている市民は多い。

話を動画に戻すと、この家族にとってさらに不幸なことに、子どもの母親は亡くなっていた。墓から家に戻った父親は何やら大がかりな作業を始めて、クリスマスの日を迎える。玄関にサンタクロースの足跡を作って、キャンドルの灯りの下でサンタからのカードも代筆した。息子がプレゼントを開けると、何の飾り気もない木のゴーカートが現れる。もちろんモーターは付いていないから、父親は息子を乗せたゴーカートを手で引いて出かける。母親の墓の前まで来た男の子が「ママ、メリークリスマス」と言ったところで、「クリスマスの魔法は作るもの、買うものではありません」の文字が浮かび上がる。
今月は、物価高騰などの問題から派生して、全国的にさまざまなストライキが行われている。おなじみの鉄道、地下鉄に加えて、郵便局、看護師や救急隊員、空港職員などなど、ストライキがない日を探す方が難しいくらいだ。こんなに広い範囲でサービスやインフラが麻痺しているので、日々の暮らしは大混乱だ。クリスマスカードやプレゼントの配達は例年以上に大幅に遅れ、年末年始の休暇や帰省の移動手段を確保するのも大仕事、空港に行っても飛行機に乗れるかどうかわからない、列車はストライキでない日もなぜだか間引き運転をしているし、事故があっても救急車がはたして来るのかどうか。やれやれ。
ゴーカートの動画がこんなに支持されたのも、こんな時には厳しい現実を見つめつつ励まし合い、より厳しい環境にある人に心を寄せようという思いからかもしれない。
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ところで、実は本家のジョン・ルイスのクリスマスCMも、今年はいつもと違うテイストになっている。これまでは子どもや老人や動物が登場して、ファンタジー風な映像がほとんどだったけれど、今年はいきなりスケートボードを練習する中年のおじさんから始まる。
It's the things we do that mean the most. #TheBeginner pic.twitter.com/pdtwAcaBDu
-- John Lewis & Partners (@JohnLewisRetail) November 10, 2022
おじさんは練習が楽しいわけではなさそうだ。やってもやっても上達しないし、奥さんにも友だちにも笑われる。それでもあきらめず、少しはましになってきた。そして迎えたクリスマスの日、食事の準備をする彼らの家のベルが鳴る。ドアを開けると女性がひとりと、スケボーを抱えた女の子、エリーが立っている。彼女は玄関に置かれたおじさんのボードにすぐ気がつく。「ああ、ぼくもちょっとやるんだよ、きみのスケボーみたいにかっこよくないけど」「ステッカー貼ってあるだけだよ」「じゃあぼくのも貼ればいいのかな」と話しながら家に入る。そして最後に「英国では10万8000人以上の子どもが里親制度を利用しています。ジョン・ルイスは里親と暮らす子どもたちの将来を長期的に支援しています」という文字が現れる。
ふたりはエリーを里子にしたようだと気がついて、わたしたちは里親と暮らす子どもがいることを思い出し、子どもを温かく迎えるために努力する人たちがいることを知る。いつものふわふわした夢の世界とはだいぶ角度の違うCMだ。これも世相を反映して、支援が必要な人に寄り添おうという思いの表れなのかな。こんなことをしている人がいますよ、あなたも何かしてみませんか? と、背中を押された気持ちになる。
ジョン・ルイスだけでなく、今年のクリスマスCMは全体に家族や絆に焦点を当てたものがいつになく多い。たとえば、マクドナルドやドイツ系のスーパーマーケット、リドルのCMからは、「一緒にいることが大切」というメッセージが伝わってくる。今年のクリスマス商戦は厳しいそうで、メール広告での売り込みが激しいような気がするけれど、それでもコンセプトとしてのCMはあくまでクリスマスらしく、やさしく、心のつながりを大切にしているようだ。
とは言いながら、クリスマスの夢を見せてくれる明るいCMや食べものをずらりと並べた派手なCMも、それはそれでやっぱり楽しい。こんな時だからこそ、楽しいCMで気晴らししたっていいじゃないの。
というわけで、最後はクリスマスプレゼント代わりに、わたしが独断で選んだ過去のクリスマスCM傑作集を次ページでお伝えします。
今年もこのブログを読んでくださって、ありがとうございました。来年も日本人のわたしがおもしろいと感じる英国の姿をお伝えしていけたらと思っています。みなさま、あたたかいクリスマスを、そしてどうぞよいお年をお迎えください。
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<過去の過去の傑作クリスマスCM集>
まずは今年いちばん好きだった、映画『クリスマス・キャロル』の放映を宣伝するスカイテレビのCM。
途中までジョン・ルイス風に心温まる展開だったのに、なんと......! ヒントは、このおじいさんを『クリスマス・キャロル』の登場人物、スクルージになぞらえていること。こういうオチも英国らしくてよいです。(ネタバレ→女の子の手作りプレゼントを見たおじいさんが言ったのは、「こんな下手くそなもの!」、その後のナレーションは「現代にもスクルージがいるみたいですね」)
続いて全国展開する大手小売店、マークス&スペンサーの2019年のCM。
セーターを着るとどうしても踊り出したくなっちゃう人たち。そんなバカな、と思いつつ、みんな楽しそうで、こちらまでハッピーになっちゃいます。
マークス&スペンサーは2017年のこの作品もよかったのです。ミセス・サンタが大活躍するファンタジーで、心もぽかぽかになります。
次はカタログ販売の大手、アルゴスの2019年のCMはこちらから。ただただ気持ちよく楽しく、一緒に夢を見るCMです。ドラムってなんだか気分がすかっとしますね。
ジョン・ルイスの過去作品もご紹介しましょう。まずは2018年。
英国が誇る世界的なシンガーソングライター、エルトン・ジョン本人が出演しています。名曲『僕の歌は君の歌』にのせて彼の人生を遡っていくと......。翌年には彼の人生を描いた映画『ロケットマン』が公開されたので、何か関係があったのかも。
ぐっと遡って2012年の作品。
庭で作った雪だるま2体。翌朝になるとひとつしかありません。もうひとつはどこに何しに行ったんだろう。心がじんわり温まる傑作で、ガーディアン紙は今年、この作品をジョン・ルイスの歴代クリスマスCMの第1位に選んでいます。
ジョン・ルイスでは、個人的にはこの2020年の作品も大好きです。この年に「無料給食を夏休み中も残してあげて」と政府にかけあったサッカー選手、マーカス・ラッシュフォードらしき少年が受けたやさしさから始まる小さな親切の連鎖。またラッシュフォードか、と笑わないでくださいね。彼はそれだけ社会に大きな影響を与えたんです。
そして最後はヒースロー空港の2017年の作品。
空の旅をするテディベアの恋は、最後の最後までほのぼの。空港のCMって不思議に思いますが、ヒースロー空港は毎年のように制作しています。