10月最後の週末に英国のサマータイムが終わり、午後4時を過ぎると一気に日が暮れるようになった。1日が短くなった気がして寂しい。冬至に向かって日は短くなる一方だし、クリスマスの準備を始めるには少し早い。重苦しい曇り空や雨の日も多い。11月は、ちょっと憂鬱になりがちだ。
だから月初めに向けて花火が毎晩のようにあがり始めると、つい心が浮き立ってしまう。音が聞こえただけでその方角の空に目をこらしてしまう。たいていは音だけで、光の花が開く瞬間が見えることはあまりないけれど。
花火は日本では夏の風物詩だ。でも英国で花火といえば、11月5日のガイフォークス・ナイトがよく知られている。起源が17世紀に遡る歴史ある催しで、時期の近いハロウィーンがじわじわ広まってきても、まだまだ人気が高い。
17世紀当時、英国では宗教間の対立が激しかった。国王ヘンリー8世が1534年にカトリックから独立して英国国教会を設立したものの、後を継いだメアリー女王はカトリック擁護に戻り、その後のジェイムズ1世は再びプロテスタントを支持したので、情勢も不安定だった。
そんな中、ジェイムズ1世による弾圧に反発して、一部のカトリック教徒が国王の殺害を企てた。議会の建物ごと爆破しまおうという大胆な計画だ(今の時代でいえば立派なテロだ)。実行日は1605年11月5日。地下にこっそり大量の爆薬を運び込んで準備を整えていたが、前日に密告されてしまい、企ては失敗に終わった。
このとき現行犯として捕まったのがガイ・フォークスという人物ひとりだったらしい。だから、爆破未遂にちなんで大きな焚き火や花火で国王の無事を祝うことになったとき、催しに彼の名前が使われるようになった。犯罪者という扱いなので、今でも彼に見立てた張り子やかかしを花火大会などの大きな焚き火に投げ込むことがある(処刑された後に何百年も悪者扱いされ続ける彼が、ちょっと気の毒な気もする)。

ガイフォークス・ナイト、別名ボンファイヤー・ナイト(「焚き火の夕べ」)の楽しみ方は、自宅の庭で家庭用の花火をしたり、本格的な花火大会に見物に行ったり、それぞれだ。わが家の近所の緑地ではよく、やはり家庭用の打ち上げ花火やロケット花火をあげている。素人がたまにやるものだから、間隔が妙に空いていたり、すぐに火がつかなかったりするのだけど、暗闇でわいわいしている人たちがとても楽しそうだ。
このイベントは日程こそ決まっているけれど、それぞれの都合を優先する人が多いので、11月5日前後には花火の音が毎日のようにあちこちから聞こえてくる。ただし、焚き火の方は個人でしているところを見るのは週末ぐらいだ。今の時代、公の場所でやたらに火を使えないことも関係しているだろう。
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夫が育った北イングランドの小さな町では、ガイフォークス・ナイトの前に子どもたちが燃やせるものを近所から集め、当日は大人も一緒に町の空き地で盛大に焚き火をしたそうだ。アルミホイルにくるんだじゃがいもを火に投げ入れて、ジャケットポテト(「じゃがいもの焼きいも」)をよく作ったと言うので「楽しそう」と返したら、「おいしかったらいい思い出だけど、生焼けを食べさせられるのがイヤだった」と顔をしかめた。でも、大人になったらそれもいい思い出じゃないかな。
12、3年前、週末にあたった11月5日の夕方にロンドンの空港に到着したことがあった。窓の外で何かちらちら揺れるので見てみると、暮れかかる空の下、驚くくらいたくさんの焚き火がぼうぼうと燃え、地面から花火があがっていた。ガイフォークス・ナイトを知らなかったら、自分の目を疑っていたと思う。花火を見下ろしているのが夢か映画を見ているようで、小さな窓に頭をつけてみとれた。あの頃にスマホを持っていたら、皆さんにもここで写真や動画をご紹介できたのに!
ガイフォークス・ナイトでは、イングランド南岸の町ルイスが有名だ。ここのイベントは花火大会というより、火のお祭りだ。動画や写真でしか見たことはないのだけれど、17世紀の衣装などで仮装した人たちが松明を持って練り歩く様子を見ていると、町全体が中世にタイムスリップしたように感じる。建物の2階分はありそうな大きな焚き火も見事だし、捕えられた姿のガイ・フォークスの張り子が町中を引き回されたり、爆竹の煙で何も見えなくなったりと、かなり見ごたえがありそうなので、いつか自分の目で見てみたい。
ルイスの町ほど凝っていなくても、花火大会は各地で開かれている。たいてい焚き火も用意されているし、最近は花火と音楽やレーザー、ドローンを組み合わせる演出も楽しめる。この時期の名物、トフィーアップル(りんご飴)を屋台で買って、会場を歩くのもいい。場所によっては移動遊園地やゲームも出て、射的のようなボール当てでとったぬいぐるみを持ち歩く人もいる。なんだか日本の夏祭りのようだなあと思う。
花火が集中するこの時期、災難なのはペットたちだ。英国動物虐待防止協会(RSPCA)によると、ペットは音にも光にも反応して、花火にストレスを感じるペットは全体の約3分の2にもおよぶらしい。以前わが家にいた2匹の猫も花火と雷が本当に嫌いで、ふだんはわがままなくせに、この時期はよくわたしに擦り寄ってきていた(むふふ、そこがまたかわいい)。RSPCAのサイトでは、花火の時期には家の中に隠れられる場所を確保する、カーテンを閉めるなどの具体的な対処法が紹介されている。最近ではなんと、ペットの気を花火からそらすために、人気のFM局が「ペットクラシック」なる番組を放送しているそうだ。さすが動物好きの多い英国と感心したけれど、ちょっとエキセントリックな匂いがしなくもない。
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今年のガイフォークス・ナイトは土曜日だったので、わが家でも近所の花火大会に行ってみた。ちょっとした参加費を払って教会の庭で開かれるもので、全部でたぶん200人くらいの小さな花火大会だ。
ネットで予約してQRコードがスマホに入っていたのに、受付のおじさんはプリントアウトしたリストに指を走らせて名前を見つけてくれた。飲食を扱うのは小さなテントひとつだけ。「効率よりも人とのコミュニケーション」がポリシーらしく、和やかに話しながらゆっくりオーダーを取ってくれた(スパイスを入れて温めたアップルジュースがおいしかった)。始まる前に牧師さんが「せっかくですから、地元の人たちとおしゃべりしてくださいね」とあいさつすると、誰かがすかさず、「(サッカーの)チェルシーファンの人いる? 友だちになろう!」と大きな声を張り上げて、場がさらに和んだ。教会の方々が手作りで運営している雰囲気といい、周りの反応といい、夏祭りというよりほのぼのした村祭りを連想してしまった。
とはいえ、イベントの準備はしっかりできていた。到着すると、「ファイヤー」という言葉が入った曲が次々に流れる中で焚き火が3つ、すでに炎をあげていた。花火が始まると、大人も子ども夢中で見物。英国の花火はどうやら量と勢いが勝負のようだ。威勢がいいので気持ちも高ぶる。だからお祝いによく使われるのだろうし、暗い気分もしばし忘れさせてくれる(気がする)。日本のようにひとつずつ愛でて、「たーまやー」と声を掛ける趣きが懐かしくもあるけれど、英国式もなかなかいい。この日は、花火自体は1時間ほどで終わり、レーザーも移動遊園地もなかったけれど、地元の人たちと豊かな時間をほのぼのと共有した満足感が残った。帰りには、牧師さんが出口に立って全員を見送ってくれた。

最後にちょっとつけ足すと、毎年ガイフォークス・ナイトの前後には、ディワリの花火も盛大にあがる。ディワリはヒンドゥー教の新年のお祝いで、インド系移民の多いこの国では、都市部を中心に各地で催される。別名「光のフェスティバル」とも呼ばれるこのお祝いでは、キャンドルや花火をよく使う。時期がたまたまガイフォークス・ナイトに近いけれど、ヒンドゥー暦によって毎年変わるので(今年は10月24日から5日間)、英国の空には11月5日前後の花火がますます増えるのだ。
このブログ記事をアップしようとしている今夜、すでにガイフォークス・ナイトから1週間経っているけれど、まだ遠くからぽんぽんと威勢のいい音が聞こえている。そしてガイフォークス・ナイトもハロウィーンも終わった先週からは、クリスマスのイルミネーションが本格的に始まった。やっぱり暗いときには、光るものがほしくなるんだなあ。
