毎年、夏の間はロンドンでもさまざまな野外イベントが開かれる。そのひとつがオペラ・ホランドパークだ。公園の一角に夏の間だけ作られるステージでオペラを観るイベントで、毎年5月の終わりから8月にかけて開催される。オペラのシーズンは夏はちょうど休みに入るので、気候もいいことだし外で観ちゃおうというわけだ。郊外にも野外オペラはいろいろあるけれど、都心にある公園なら遠出も不要で、仕事を終えた夕方から出かけられるのも気軽でいい。

 わが家ではたまたま夫が長く通っていたので、わたしもこの20年くらい、ほぼ毎年ここで夏の夜を過ごしている。オペラの世界は奥深くて、万年初心者ではあるけれど、歌を聴くことが好きなので機会があればシーズン中も出かけている。

オペラ・ホランドパークのYouTube投稿より、今年の会場と演目のダイジェスト。途中でロンドンのフリーペーパー、イブニング・スタンダード紙の「ロンドンでもっとも緑豊かな劇場」という評も挿入されている。環境への配慮から、ここ数年は内装にも木材が多く使われるようになった。

 野外コンサートというとサマーフェスのように歌って踊って盛り上がるイメージが強いので、オペラ・ホランドパークの劇場に着くとちょっと驚くかもしれない。入り口からして何ともエレガントな佇まいなのだ(冒頭の写真をご参照)。それもそのはず、劇場はジャコビアン様式で建てられた17世紀の本物の貴族の館を使っている。ステージはかつてのお屋敷のテラスだったところで、演目によっては貴族の館がそのままオペラの背景に使われる。このお屋敷にはエリザベス女王も訪れたこともあり、格式ある貴族が所有していた。ところが第二次世界大戦でひどく損なわれてしまい、戦後にロンドンの自治体に買い取られた。その後、芝居などが不定期に上演されるようになって、1996年からはオペラ・ホランドパークが毎夏に劇場として使っている。

 「野外」と言ったけれど、ステージと客席は大きなテントで覆われているので、厳密には半野外になる。夏のイベントにつきもののピクニックも、有料席を予約すると人が立って歩ける高さの大きなテントや屋根つきの席に案内される。だから雨を心配する必要がなくて、天気が不安定なロンドンではありがたい計らいだ(雨でもほとんど傘をささない英国の人たちだって、さすがに体を濡らしたままオペラを観るのは嬉しくないんじゃないかと想像する)。それでもテントの横の部分は開いているので、公園からの風が吹き抜けて、開放感も味わうことができる。

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有料ピクニックが設置された大きなテントの前で幕間を過ごす観客たち。この明るさで夜9時ごろ。この日は天気がよかったからか、持参のピクニックを広げる人がいつもより多かった。カジュアルな服装や厚着にもご注目。筆者撮影

 これだけだとなにやらお上品に聞こえるけれど、オペラ・ホランドパークの真の魅力は、堅苦しく思われがちなオペラを気楽に観ながら夏の夕べを楽しむことだ。オペラの華やかさと劇場の優雅さが、気取らない野外イベントの楽しみと調和している。

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 最近はオペラハウスでもドレスコードにうるさくないけれど、オペラ・ホランドパークでの服装は基本カジュアルで、ジーンズ姿も珍しくない。スーツ姿の紳士、サンドレスをお召しのマダムもお見かけして、それはそれですてきだ。でも客席には必ずコートや羽織るものが持ち込まれる。テントの中といっても、緑に囲まれた公園では日が暮れると夏でも驚くくらい冷え込むからだ。わたしは毎年、上にコートやジャケットを羽織ったまま、後半には自分で持ち込むブランケットをひざにかけている。だから服装は防寒をいちばんに考えて決める。

 先ほど書いた予約制のピクニックは便利でよいけれど、なかなかのお値段になるし、席数にも制限があるので、劇場付近の公園やベンチで持参した食べ物を広げるカジュアル派も多い。予約ピクニックの経験はわたしはないけれど、食べ物持参のピクニックをしたときには、オペラだけでなく、夏の夜そのものを楽しんだ気がした。日が長い夏のロンドンでは、開演時間の午後7時半はまだまだ明るい。芝生に座ってサンドイッチをほおばりながら、仕事帰りや犬の散歩で公園を歩く人をながめたり、風に吹かれてたりして、いい気持ちになった。晴れていたので、ゆっくり暮れていく太陽や金色に染まる公園を見られたのもいい思い出だ。

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オペラ・ホランドパークの劇場付近。クリケットの試合があったり、子どもが遊んでいたり、若者が寝そべっていたりと、いつも人がいる人気の公園だ。開演後は、無料のオペラが彼らのバックグランドミュージックになる。筆者撮影

 劇場の入り口前は広い緑地になっていて、たまに開演前にクリケットの試合をしている。なにせいつまでも明るいので、この試合はオペラが始まっても続くことがあり、19世紀の悲劇に浸っている最中に突然、わーっと歓声が聞こえたりする。公園に放し飼いされているクジャクが、オペラにお構いなく大きな鳴き声をあげることもある。それがまた、羽を広げたあの美しい姿から想像もつかない「ぷわーー!」というとぼけた声で、思わずずっこける(初めて聞いたときには何が起きたかわからなかった!)。

 こういう野外イベントならではのアクシデントは、もはやオペラ・ホランドパークの名物になっている。遊んでいる子どもの叫び声やヒースロー空港に向かう飛行機の音が聞こえても、観客も心得ていて、にやっとするだけだ。客席に広がるこの無言の連帯感も楽しい。公園から何も聞こえてこないと物足りない気さえする。

 劇場で働く方たちの気持ちのいい応対も、オペラ・ホランドパークのなごやかさにひと役買っている気がする。係員にはボランティアもいるそうで、年配の方も多い。席を案内してもらったりパンフレットを買ったりすると、どの人も感じがよく、ちょっとした世間話が始まることもある。事務局に電話をしても、大きな組織にしては珍しくあまり待たされず、しかも機械ではなくて人と直接話すことができる。もちろん電話の相手も親切だ。

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劇場の周りにはお屋敷の名残りがあちこちに見られて、オペラの幕間に散策することもできる。ホランドパークには、他にもバラ園や、日本の皇室の方も訪問された本格的な日本庭園があり、見ごたえたっぷりだ。iStock tbradford

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 わたしが見てきたこの20年の間に、オペラ・ホランドパークは驚くほど洗練された。初めて行ったころにはテントの脇の部分がかなり広く開いていて、ステージのすぐ横のユースホステルの窓からは、こちらに向かって若者の顔がいくつものぞいているのが見えていた。部屋からステージが見えることがわかって、ちゃっかり便乗していたのだろう。そんなに「甘く」設定していることにも、まあ見えちゃってもいいか、という大らかさにも驚いた。大都会ロンドンというより、まるでのんびりした田舎のようだ。残念ながら、今ではテントの脇はぐっと狭くなり、ユースホステルは見えなくなってしまったけれど。

 劇場の設備もみるみる立派になっていった。ピクニック会場ではグラスや陶器の皿が使われるようになって、工事現場みたいな簡易トイレを使っていたお手洗いは、今では大きなプレハブの中に個室が入り、内装は落ち着いた木目調、陶器の洗面台の脇には生花まで飾られている(秋に壊しちゃうのはもったいない!)。その分、お値段もしっかり上がったけれど、大きなスポンサーもつくようになったし、人気も上がってチケットは毎年飛ぶように売れている。それでも、どこかのどかな雰囲気が残っていてほっとする。それに環境問題に力を入れているのも嬉しい。セットはできるだけ倉庫にあるものを再利用しているそうだ。

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今年の会場の様子。あちこちから集めて再利用された客席の椅子はひとつひとつ違い、席番号も手書きという手作り感がなんともかわいらしい。コロナ前までの客席には常設のものと変わらないほど立派なベルベット張りのシートが置かれていたけれど、コロナ禍で一時的に客席数を減らしたことと環境への配慮からこの形になったようだ。ちなみにこの日の『カルメン』のセットは約700席で、今年の演目ではいちばん多いのだとプログラム売りの方がにこやかに教えてくれた。筆者撮影

 上演される演目は毎年5つほど、有名な作品だけでなく新しいものや珍しいものにも積極的に取り組んでいて、たとえば今年は、『エヴゲーニイ・オネーギン』、『カルメン』などの古典の定番のほかに、『若草物語』が英国で初めて上演された。『不思議の国のアリス』(2017年)のような子ども向けの演目では、奇抜なコスチュームに身を包んだ出演者が客席で歌うなど、オペラに興味を持ってもらう工夫が凝らされていた。もともと若い世代を支援・育成してきたオペラ・ホランドパークでは、最近はこの劇場を使ってブリティッシュ・ユース・オペラも上演している。出演から衣装、振り付けなどの制作まで、すべて駆け出しの若手が務めるオペラだ。ほかにもバレエ、小学生を招く昼間のコンサート、著名人のトークショーなど、オペラ以外のプログラムの幅も広がっている。

 ご参考までに、2022年のチケットは56ポンドから128ポンド(約9,000円から20,000円)で、オペラとしては低めの設定だ。それに加えて、高齢者、身体障害者、若者、コロナ禍で激務を強いられているNHS(国民保険サービス)やケア業界のスタッフに向けて、さまざまな割引や無料の枠が設けられている。

オペラ・ホランドパークのインスタグラム投稿より、期間中、劇場入り口で開かれる無料コンサートの様子。敷物や椅子を準備して集まった人も、たまたま通りかかった人も、気軽に音楽を楽しむことができる。来年は行ってみたい。

 ここ数年、オペラ・ホランドパークには同じ友人と行っている。彼らはオペラにもクラシック音楽にも興味がなくて、年に一度、このときしかオペラを観ない。それでも、ワインを飲んでおしゃべりをして、初めて観る映画のように新鮮に古典のストーリーを楽しんでいる。緑の中で風に吹かれてオペラを観るのも、なかなかよいものですよ。

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緑が鮮やかな昼間もいいけれど、夜の劇場のライトアップも美しい。筆者撮影