6月半ばから7月初めまで、日本に一時帰国していた。コロナが始まってから初めてで、2年半ぶりの里帰りだ。久しぶりの日本を堪能したけれど、実は今はコロナ禍や戦争で旅行の規制が多く、日本行きのハードルは高くなっている。あれやこれやをクリアして日本に着いた時には心からほっとしたのだった。
ハードルのひとつは、日本の水際対策だ。初期よりもずいぶん緩和されたし、ウェブ手続き(ファストトラック)が登場してからずいぶん楽になっているとはいえ、入国するにはワクチン証明とコロナの陰性証明が必要になる。英国の場合、ワクチン証明はNHS(国民保健サービス)のサイトから簡単に取れるのでいいとして、搭乗の72時間以内にPCR検査が必要だ。今はあまりこだわらないようだけれど、日本独自の様式しか受け付けなかった時には、対応する検査場を探す手間もあった。検査は有料だし、ここで陽性になったらもちろん飛行機に乗ることができない。だから直前までどきどき待つことになる(ちなみに現在、ヨーロッパ間の移動にPCR検査は不要、日本から英国への入国にも不要だ)。

海外から里帰りする日本人には外国人のご家族をお持ちの方が多いけれど、今は日本人以外は自由に入国することはできない。ふだんなら6か月以内の滞在ならビザ不要の英国人でも、ビザを取ることになる。日本の家族を訪問するという理由があってもだ。
そして家族ビザには日本人の戸籍を日本から取り寄せることが必要だ。オンライン申請できる自治体もあるようだけれど、わたしの町ではまだ対応していなかった。そうすると戸籍を取るのもそれを送ってもらうのも、日本のご家族に頼ることになるけれど、そうできない事情もあるかもしれない。しかもウクライナ侵攻で貨物輸送が不安定になり、今年3月以降、日本から英国への航空便は郵便で送れなくなったので、話はよけいにややこしかった(この記事の時点では、封書とEMS(国際スピード郵便)は送れる。そして郵便で送れなかった時も割高の国際宅配便は使えた)。
さらに今は空の旅自体も不安定だ。まずは空港。今年の春あたりから、ヨーロッパ各地の空港が混乱している。コロナ禍で空港のスタッフを大幅に減らした後、規制が緩和されて一気に旅行者が増えたのに、雇用が追いつかなくて深刻な人手不足になっているのだ。わたしが英国を出た6月半ばはまだそれほどでもなかったけれど、それでもうわさを聞いていたので空港に早めに行ってみた。するとセキュリティーチェックに向かう列はいつもよりずっと長くて、検査するまでに1時間以上並ぶことになった。
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その後状況は悪化して、行列が全然進まなくて飛行機に乗り遅れたとか、チェックインの係員が1人しかいなかったとか、空港に置き去りにされた手荷物が届けてもらえないとか、もういろいろな話をずいぶん聞いた。ヨーロッパ便も多いが、日本に行くフライトでも珍しくない。

やはり戦争の影響で、もともと高かった燃料費がさらに値上がりしているので、航空運賃も急騰していた。あまりこの時期に日本に行かないので単純には比べられないけれど、今回のフライトはいつものほぼ倍額。秋以降の値段も、これまでより少し燃料費が高いようだ。
その上、戦争や人手不足の状況に合わせて航空会社が予定を変えるので、フライトの欠航や時間変更も日常茶飯事だ。何か月も前から連絡が来ることもあるし、直前に告げられることもあるようだ。その度に問い合わせが相次ぐので、航空会社の電話はパンク状態、空港のカウンターにも誰もいなかったりするらしい(ひゃー、人手不足かな)。
いろいろな話を聞いていると、ヒースロー発が1時間遅れたぐらいで済んだわたしの旅は奇跡だったんじゃないかと思える。夏休みに入って、これから日本に行こうとしている友人は、飛行機が日本に着くまで安心できないとはらはらしている。預けるスーツケースの所在地がわかるように、エアタグを着けて自己防衛する賢い人も増えた。
こんな大きな不安を抱いて、大きなリスクを負っても、日本に里帰りはしたい。特に日本の水際対策が緩み始めた今年に入ってから、続々と里帰りの話を聞く。たぶん今年は9割ぐらいの友人・知人がすでに一時帰国したり計画したりしている。
里帰りのいちばんの理由は家族や友人に会うことだ。わたしはたまたまコロナ禍直前に帰っていたのでほぼ最短の2年半ぶりで済んだけれど、3年ぶり、4年ぶり、5年ぶりになった友人もいる。小さいお子さんは、日本のご家族に会えなかった間、どれだけ成長したことだろう。わたしの世代では親が高齢になって来ているし、気心の知れた長年の友人とのおしゃべりで命の洗濯もしたい(コロナもあって、今回はあまり会えなかったけれど)。
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里帰りでは、日本でしかできない用事を済ませることもある。書類の手続きをしたり、海外で手に入りにくいものを買ったり。今回わたしは、ちょっとした体調不良のことで日本のお医者さんの話を聞きたかった。英国ではNHSで無料の診療をしてくれるけれど、治療方針も日本と違うし、命に関わらない軽症を調べるには何か月も何年も待つことがあって、その間ずっと不安を抱えることになる。それに海外に住んでいてもわたしの体は日本製なので、やはり日本の基準を知ると安心するのだ。日本で人間ドックを受けてお医者さんとも話すことができて、かなり気持ちがすっきりした。
おいしいものを食べるのももちろん里帰りの大きな楽しみだ。今回はほとんど家族と過ごしていたので、実家の定番おかずや子どもの頃によく食べたものをお腹いっぱいおさめた。和食はロンドンでも人気だし、材料もずいぶん手に入るようになったけれど、クオリティーの高い和食が気軽に食べられる日本はパラダイスなのだ。

里帰りで気になっていた用事を片付け、懐かしいものをお腹に入れ、会いたかった人たちと話していると、気持ちがどんどん明るくなってくる。海外で暮らし始めてから、周りの環境を受け入れることで自分の中に確かにあったものが薄まっていき、足元がふらふらするのを感じることがある(映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で、マーティが写真から消えかかる時のように)。それが日本に戻るとぶわっと復活する。知らないうちにぎゅっと上がっていた肩の力が抜ける。たぶん家族の顔を見たり、なじみの街を歩いたりという小さなことが積み重なって、ああ、そうだった、こういうことだったと、心がいろいろ思い出して、自然にふっくら満たされるのだと思う。
里帰りはいつでも嬉しいけれど、今回はこれまでになく楽しく感じられた。ロンドンに戻ってからもなんだかいい気分が続く。やっぱりコロナ後初めてで、久しぶりだったからかな。考え方や衛生観念の違う人たちに囲まれて里帰りどころか外出もできなかったロックダウンや、日本と英国両方の感染を心配し続けた2年半の日々。気がつかないうちに我慢が積もって疲れていたのかもしれない。そういえば日本に行く前はずいぶんカリカリしていたっけ。
最近になってロンドン在住の友人たちと、コロナ後初めての里帰りはとてもよかったよねという話になり、よくがんばったよね、わたしたち、と労い合った。みんな同じように感じていたのね(考えてみると、生まれ育った場所に住んでいても同じかもしれない)。気持ちを分かち合える人が近くにいることは、海を渡ってでも会いたい人がいるのと同じくらい心強い。
