3月13日、英国アカデミー賞(BAFTA)の授賞式がロンドンで開かれた。ベネディクト・カンバーバッチ、レディー・ガガ、ケネス・ブラナーなど、話題の映画に出演した俳優たちがロングドレスやタキシードに身を包んでレッドカーペットを歩く。その華やかな会場に、眼鏡をかけた少女の姿があった。北部イングランドのノッティンガムに住む12歳のロウリー・ムーアさんだ。
ロウリーさんはこの日、アニメ映画賞にノミネートされていたディズニーの『ミラベルと魔法だらけの家(原題 Encanto)』の関係者として授賞式に出席していた。彼女はこの映画のヒロイン、ミラベルのキャラクター作りに深い関わりがあるのだ。
3年前、ディズニー映画が大好きなロウリーさんは、ディズニーのCEOに手紙を書いた。
「私は赤ちゃんの時からめがねをかけています。美しいプリンセスが大好きですが、めがねをかけたプリンセスはひとりもいないので、自分が美しいと思えません。どうかめがねをかけたヒロインが出る映画を作ってください。他にも同じ思いの子はたくさんいると思います。その子たちに私と同じ気持ちを味わってほしくありません。悲しいことに、めがねをかけたキャラクターは『オタク』役が多くて、そんなの不公平です。めがねをかけたヒロインがいたら、何があっても自分は美しいと感じるきっかけになると思います」(ロウリーさんのウェブサイトに掲載された手紙より、筆者抄訳)
この手紙をお母さんがSNSに投稿すると、同じように感じていたというメッセージが世界中から殺到した。ロウリーさんはテレビやラジオにも出演するようになって、共感はますます広まっていった。
グラフィック・デザイナーのナタリー・オーウェンさんもロウリーさんに共感したひとりだ。地元のラジオに出演した時に話が弾んで、2020年には2人で一緒に絵本も出版した。ロウリーさんが考えたストーリーにナタリーさんがイラストをつけたのだ。主人公のローズ姫はもちろん、眼鏡をかけている。
こうしてロウリーさんは元気に活躍していた。でも、あの3年前の手紙はどうなったのだろう? 手紙を出した後のディズニーからの反応は、広報部からの「ご意見ありがとうございます」という通りいっぺんの返事だけだった。その時にロウリーさんはテレビ番組で、「あきらめない」と話していたけれど、特に進展もなく時間が過ぎていった。
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2021年11月にディズニー映画『ミラベルと魔法だらけの家』が公開されると、ファンの間で眼鏡をかけたヒロイン、ミラベルのことが話題になった。ディズニー映画でヒロインが眼鏡をかけているのは初めてなんじゃない? と。おもしろくて勇気のあるミラベルが大好きというロウリーさんも、ミラベルの誕生が嬉しかったそうだ。「自分のアイディアかどうかはともかく、これで男の子にも女の子にも、ロールモデルのようなものができたから」と話している。
ところが今年2月の初め、この映画の監督のひとり、ジャレド・ブッシュさんが、3年前に手紙を受け取った時にはすでに眼鏡をかけたヒロインが誕生しつつあったと公表した。ロウリーさんの夢が叶うことをすぐにでも教えてあげたかったけれど、情報の公開が制限されていてできなかったそうだ。
ジャレドさんの発言が話題になって、ロウリーさんはふたたびマスコミに登場するようになった。BBCの朝の情報番組では、アメリカからビデオ出演したジャレドさんとも画面越しに対面した。3年前の手紙には「驚いて圧倒された」と話すジャレドさんは、この年齢でディズニーに手紙を書くなんて勇気がある、とロウリーさんを大絶賛。ロウリーさんは「手紙を本当に読んでもらって、監督に名前まで覚えてもらえたなんて夢みたい!」と、とても素直に喜んでいた。
3月初め、ジャレドさんはテレビの生出演中に、ビデオ通話の画面越しにロウリーさんを英国アカデミー賞の授賞式に一緒に出ようと誘った。眼鏡をかけたヒロインについては大人っぽい口調で熱く語るロウリーさんも、この時は12歳のふつうの女の子になって、口をあんぐり開けたまま返事もろくにできなかった。けれど、それがなんともかわいらしかったのだ。
この時、招待したジャレドさんの言葉遣いが優しく丁寧だったのも印象的だった。ジャレドさんは別の日に、自分も子どもの時には「眼鏡をかけた男の子」だったと、ロウリーさんに子どもの頃の写真を見せたこともあった。こういうやりとりのひとつひとつがほほえましくて、テレビのこちら側まであたたかな空気が伝わった。
授賞式当日、ロウリーさんは招待された5つ星のサヴォイホテルでお母さんと一緒に支度をしてから会場に向かった。映画のキャラクターのフィギュアや花で作った冠が置かれた部屋に通されたり、プロにヘアメイクをしてもらったり、と初めての経験に大はしゃぎ。大人っぽさと子どもらしさの間を行ったり来たりするのが、いかにもこの年ごろらしくてかわいらしい。しっかり眼鏡をかけて到着した会場では、監督のジャレドさんとリアルでの初対面を果たしたり、授賞式や式後のパーティーで俳優と交流したりして、楽しく過ごしたようだ。
この日、『ミラベルと魔法だらけの家』はみごと英国アカデミー賞アニメ映画賞を受賞した。コメントを求められたロウリーさんは、「眼鏡をかけたヒロインが生まれて世界中に広まったら、ヒロインを身近に感じる人が増えると思います。制作チームはすばらしい仕事をされたので、皆さんが誇らしいです」とまるで受賞した俳優のようなしっかりした言葉で語った。
この日の経験はロウリーさんに夢のような時間と大きな自信を与えただろう。この頃では眼鏡が自分の一部としてなじんで、前ほど「美しく見える」ことへのこだわりはなくなったそうで、12歳にしてそう思えるのは頼もしい。監督のジャレドさんも、「(映画の中で)魔法で視力を治すことはしなかった、だってそれが『その人ということ』だから」と言っている。
絵本も出版したロウリーさんは他にも、必要な人に眼鏡を届ける慈善団体のアンバサダーもしているし、ご両親が運営する慈善団体の宣伝もしている。将来に何をするかはまだ具体的に決めていないそうだけれど、眼鏡をかけた人のために何かをしたいとは思っているようだ。9歳で書いた手紙で、「他の人に同じ(悲しい)思いをしてほしくない」と言ったロウリーさん。自分の意見を積極的に伝える勇気があった女の子は、人を思いやる気持ちも持っていた。理解のあるご両親に見守られて、素直なロウリーさんがこれからどんな大人になっていくのか、とても楽しみだ。