毎年秋が深まると、英国中が赤いポピーの花であふれる。本物の花ではなくて、胸に飾る簡単なブローチのようなものだ。これはロイヤル・ブリティッシュ・リージョンという慈善団体が1921年に始めた募金活動の一環で、ポピーの飾りを売った収益が英軍関係者の支援に使われる。寄付先が違うとはいえ、日本でたとえると赤い羽根墓金のようなものだ(そういえば色といい季節といい、よく似ている)。年間を通して行われている活動は、11月11日のリメンバランス・デー(Remembrance Day 戦没者追悼記念日)に向けて盛んになる。戦争の犠牲者を悼みながら軍の関係者を支援できるということで、この季節には多くの人が赤いポピーを買って身につけるのだ。
この赤いポピーを手に入れるのは簡単だ。制服を着て街頭に立っている兵士や退役軍人(こちらは腰かけていらっしゃることが多い)からも買えるし、店先に置かれた箱から手に取ることもできる。もちろんネットで購入したり寄付したりも可能だ。ブローチを胸に飾る人がいちばん多いけれど、他にもポピーをあしらったスカーフやゴム製のリストバンドなどバリエーションがあって、好みで選ぶことができる。おもしろいのが車につけるタイプで、車の前につけて走っているのを見るとなんだかお正月の締め飾りみたいに見えてにんまりしてしまう。ブローチの材質は一部プラスティックのものが多いが、長く使えるエナメル製や金属製、最近では環境に配慮した紙製も出てきた。
これがいちばんよく見られるタイプのポピーの飾り。銀行のカウンター横にあったもの。筆者撮影
リメンバランス・デーは、第一次世界大戦が1918年11月11日午前11時に休戦したことを記念する日で、休戦記念(Armistice Day)とも言われる。もともとは第一次世界大戦で命を落としたり負傷したりした方を追悼することが目的だったが、今では追悼の対象が英国が関わったその後すべての戦争の犠牲者に広げられている。この日は英国各地で戦没者追悼の式典が開かれて、午前11時に2分間の黙祷を捧げる。
追悼の式典はもう一度ある。11月11日にいちばん近い日曜をリメンバランス・サンデー(追悼の日曜)と呼んで、やはり人が集まって追悼を行う。どちらかというとこの日の方が規模が大きいくらいだ。今年は11月14日に例年通り全国各地で行事が行われた。なかでも首相官邸などがあるロンドンの官庁街の戦没者記念碑セノタフで行われるものは大々的で、退役軍人へのインタビューなども含めて国営放送BBCで生中継される。今年はエリザベス女王が体調不良で22年ぶりに欠席になってしまったものの、ロイヤルファミリー(軍服を着用)や歴代首相、閣僚、英連邦(英国の植民地だった国の共同体)各国の代表らが参列して行われた。大砲が午前11時を知らせると、やはり2分間の黙祷。その後チャールズ皇太子やジョンソン首相らが赤いポピーで作った花輪を記念碑に捧げて、退役軍人が行進をした。
Prince Charles lays a wreath at the Cenotaph in London as the UK falls silent to remember those who died in past conflicts on Remembrance Sunday https://t.co/ZRYa15ExRQ pic.twitter.com/YhUEv2jA3e
-- BBC News (UK) (@BBCNews) November 14, 2021
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赤いポピーはヨーロッパでは戦争犠牲者のシンボルによく使われる。過酷な環境でもよく育つポピーは、19世紀のナポレオン戦争では荒れ果てた戦場跡で兵士の遺体を囲むように赤い花を咲かせたと伝えられている。第一次世界大戦に従軍したカナダの詩人ジョン・マックレーが「フランダースの地にて」 (In Flanders Field)という詩で、フランスのフランダース地方の戦場跡に赤いポピーが悲しく咲き乱れる様子を描いて以来、赤いポピーは戦争で亡くなった兵士の象徴としてますます広まった。
この赤いポピーの人気は絶大で、外国人のわたしはちょっと圧倒されるくらいだ。2014年は第一次世界大戦開始から100年めにあたった。これを記念して、秋に88万8246本の陶磁器製の赤いポピーがロンドン塔のお堀を埋め尽くすというアートが披露された。これは「流血の地と紅の海」(Blood swept lands and seas of red)というインスタレーションで、11月11日のリメンバランス・デーに向けて2万人のボランティアが1本ずつお堀に植え込んでいったのだ。数もすごいけど、労力もすごい。赤いポピーへの愛情というかこだわりを感じる。
この展示は大好評で、連日、見物客が絶えなかった。わたしも見に行って、人の多さにもアートの規模にも圧倒された。展示後に撤去された陶製のポピーは1本25ポンドで販売されて、完売。その収益はイラクやアフガニスタンで負傷した兵士や家族を支援する慈善団体などに寄付された。
このインスタレーションは陶芸家のポール・カミンズと舞台デザイナーのトム・パイパーの作品。ちょうどこの部分は「流血」を表しているそう。人が多くて正面までたどり着けず、横からの写真しか撮れなかったけれど。筆者撮影
この赤いポピーの季節がやってくると、テレビの司会者、政治家、スポーツ選手やセレブなど人前に出る人たちがこぞって胸にポピーを飾る。あまりの勢いに同調圧力のようなものを感じるほどだ。そうなると、人と同じことをするのを嫌がる英国人のこと、「行動を押し付けてはいけない」「ポピーを身につけることだけが愛国心なのか」と抵抗をする人が出てくる。そして最近では、犠牲者の追悼ではなくてシンプルに平和を祈ろうと、赤ではなく、白いポピーの飾りを好んで付ける人もたまに見るようになった。
わたしはたいていの英国のイベントに楽しんで参加するタイプだけれど、この赤いポピーはなかなか身につけられないでいる。たまたま周りに誰もいないこともあるし、戦争が関わるだけに、同じ経験をしていない外国人のわたしが参加しては申し訳ない気がしまって。この時期、マスコミの戦争特集が増えたり古い戦争映画が再放送されたりするだけで少し複雑な気持ちになる。英国では第二次世界大戦の終わりを「戦勝記念日」(5月8日)や「対日戦勝記念日(Victory over Japan Day)」(9月2日)として祝うことをどうしても思い出して、日本人として決まりが悪くなるのかもしれない。赤いポピーは第二次世界大戦のことだけではないとわかっていても。
でも今年、少しだけ見方が変わった。今週、パディントン駅に行った時のことだ。構内にある兵士像の周りには、おそらく追悼式で供えられた赤いポピーの花輪がたくさん置かれたままだった。間近でながめると、花輪はひとつひとつ違っていてちょっと驚いた。こういう儀式用の花輪はみんな同じだと思っていたから。手書きのメッセージが添えられたもの、この鉄道会社で一緒に働いていた人を追悼しているものも多い。鉄道沿線の遠い町から贈られたものもあった。たくさんの花輪を見て、心のこもったメッセージを読んでいるうちに、追悼することに国は関係ないのかもという気がしてきた。人が人を思う気持ちなのだから、あまり難しく考えなくてもいいのかな。
リメンバランス・サンデーの翌日、パディントン駅構内の兵士像前に捧げられた赤いポピーの花輪の数々。筆者撮影
だからと言って、来年からポピーの飾りを胸につけるかどうかはわからない。でも、赤いポピーは人を思う温かい気持ちにつながっていることを憶えておきたい。
パディントン駅で見た兵士像の全景。筆者撮影