先日、久しぶりにロンドンの中心部に行く機会があった。いつもなら夏には観光客がにぎやかに歩きまわるピカデリー周辺だが、海外からの旅行客がほとんどいない今年は、夏休みでロンドンの外からやってきたらしい人が少しいた程度。いつ行っても混んでいる高級食料品店フォートナム&メイソン(日本でも紅茶で有名ですね)でさえ、静かなものだった。

 その代わりというわけではないけれど、この日はカラフルなライオンの姿がいくつも目に飛び込んできた。どれも体が色鮮やかに塗られて、街を華やかに彩っている。

 調べてみると、これは8月10日からロンドンを中心に始まったタスク・ライオン・トレイル(Tusk Lion Trail 2021)という慈善イベントだった。ロンドンの中心部に置かれたライオン像は27点。しなやかで威厳あるライオンの動きが表現された像自体は同じ形で、そこに著名なアーティスト、ミュージシャン、スポーツ選手がそれぞれの思いを込めてさまざまな色や模様をペイントしたものだ。

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コメディーグループ、モンティー・パイソンのジョン・クリーズがデザインしたライオン。このライオンは他と違って魚をくわえているが、これは4人めの今の奥さんを表しているのだそう。トラファルガー広場近くにあります。筆者撮影

 かつてアフリカや一部のアジア、ヨーロッパを優雅にのし歩いていた百獣の王ライオン。だが、この25年間で野生ライオンの数は50%も減少しているそうだ。そこでこの危機を広く知ってもらい、野生動物保護の資金とパンデミックに苦しむアフリカ全体への支援金を集めようというのがこの慈善イベントだ。ライオンたちは主に観光名所の周辺に現れているので、像を追って歩くとついでにロンドン観光もできてしまう。わたしもこの日、一気に15点を見て回った。

 それぞれに個性的な柄やメッセージをまとったライオンたちは、路上や広場にぽんと設置されているので、見ること自体は無料だ。ただ、これを見て事情を知り、協力する気持ちになったら、サイトから誰でも寄付をすることができる。またこのライオン像は展示後にアート作品としてオークションで売却されるので、その収益の全額もアフリカを代表する動物の保護団体に寄付される。

 このイベントはロンドンだけでなく、世界中で同時に開かれているそうだ。ライオン像は全部で47点。展示の数はロンドンが圧倒的に多いが、ほかにも英国内のブリストルとエディンバラをはじめ、アメリカのハンプトン、ニュージーランド、ケニア、オーストラリアでライオンを見ることができる。イベントのサイトには、各地に展示されたそれぞれのライオンの詳細やアップの写真、設置場所の地図も掲載されている(ロンドン版はこちら)。ロンドンでの展示は9月24日まで。

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ピカデリー・サーカスでエロスの像に向かって立つライオン。作者はローリング・ストーンズのロニー・ウッドだ。ふだんは階段が人で埋め尽くされるエロス像も今はずいぶん空いていて少し寂しい。ちなみにピカデリー・サーカスは5本の道路が交わる円形の交差点の名前であって、ピエロや動物がいるサーカスではない。これまでに何度か観光客に「それで、サーカスはどこ?」と聞かれて、がっかりさせてしまったことがある。ほんに英語はややこしい。真実を告げる方も心が痛むのです。筆者撮影

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 慈善活動であれ、純粋なアートの展示であれ、このライオンのように目をひくものが身近に設置されることは特に目新しいわけではない。ロンドンでは2018年夏にも野生のサイの保護を目的としたタスク・リノ・トレイル(Tusk Rhino Trail)という同じような活動があったし、2002年の大規模なカウ・パレード(Cow Parade)でもカラフルな牛が街じゅうにあふれていた(これはアートの普及が主な目的だったが、農業や恵まれない子どもへの支援金も集めた)。

 ロンドン以外では現在も、郊外のルートン周辺でゾウの保護をめざすThe Big Trunk Trailでゾウの姿が、イングランド北部のシェフィールドでは入院中の子どものための資金を集めるBears of Sheffieldでクマの像が置かれている。動物に限らず、教会や博物館に立体的な大きな月が展示されるMusem of the Moonも今、各地を巡回して大人気だ。

 ふだんならこういう像はひと目見て「かわいいな」「きれいだな」で通り過ぎてしまうのだが、この日はなんだか特別だった。ひとつひとつ特徴のあるライオンを見て歩くうち、すごく楽しくなってきたのだ。

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ピカデリー地区では、あちこちの建物の壁にQRコードが設置されていて、スマホをかざすと、その場でロンドンにあるさまざまなアートに触れることもできる(オーグメンテッド・リアリティー・アート・ギャラリー(Augmented Reality Art Gallery))。筆者撮影

 カラフルで個性的なライオンたちの体はつやつやした光沢があって、見ているだけでも気持ちが明るくなるし、久しぶりに観光気分でロンドンの街を歩き回ったのも新鮮だった。それに観光客らしき人を見たのも嬉しかったんだと思う。たくさんの人がライオンの写真を撮って、子どもたちがライオンに抱きついたりまたがったりしていたのだ。ロンドンに観光客が戻ってきたということはことは日常が戻りつつあるということだから。(後になって、このライオンには乗らないようにと注意書きがあることに気がついた。展示後には売却されるアート作品だからだ。よい子のみなさんはマネしないでね)

 考えてみると、ロックダウンが終わっても、出かけること自体に罪悪感を持ちすぎていたかもしれない。イングランドでは、7月にコロナ関連の規制は基本的に撤廃されている。つまりもうマスクをしなくていいし、人との間の距離も取らなくてもいいのだ(実際にはマスクをする人はまだまだいる)。「家にいましょう」と言われないどころか、むしろ政府はオフィスに戻って仕事することを推奨している。それなのにロックダウンから気持ちを切り替えられなかったのか、状況があまりよくない日本のニュースを引きずっていたのか、つい家にこもってしまっていた。やたらに出て歩くよりはいいかもしれないけれど、やっぱりちょっともったいない。

古い建物を明るく彩る絵画やカラフルな路上のペインティングの魅力は動画の方が魅力が伝わると思い、Art of LondonのTwitterからシェア。ピカデリー・テイクオーバーの作品は、ほとんどがロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ(王立芸術院)会員の著名なアーティストによるものだ。

 気がつくと、街が華やかに見えるのはライオンのおかげだけではなかった。頭上には大通りを横断するように絵画が掲げられて風にはためいており、歩行者用が横断する路面は鮮やかな色でペインティングされていた。これは秋に始まるアートの季節の予告としてピカデリー地区で開かれているピカデリー・アート・テイクオーバー(Piccadilly Art Takeover)というイベントの一環で、どれも著名なアーティストが描いたものだ。こうしたアートは目にするだけで気持ちが明るくなるし、色や動きも加わって街がさらにいきいきして見える。

 街では日常を取り戻そうと、いろいろな催しが行われている。心身の健康を保ちながら長引くコロナ禍とうまくつきあうには、ときどき心を弾ませることがきっととても大切だ。気をつけることは忘れずに、これからもっと楽しく外出しよう。