英国は今、国全体が3度目のロックダウンに入っている。先月に変異ウィルスが見つかってから感染者が急増したのだ。今年に入って1日の感染者数が6万人、1日の死者が1500人を超えた日もあり、どちらも昨年を上回る最多記録になってしまった。ここ数日は数字がやや下がったものの、英国の50人に1人、ロンドンでは30人に1人が感染していると発表された時の衝撃は今も忘れられない。
11月からのロックダウン2.0は学校も開いていて全体にゆるかったが、今回は最初のロックダウンと同じくらいに規制が厳しい。学校も生活必需品以外の店も閉まって、飲食店も持ち帰りのみ。外出も運動、買い物、どうしても家でできない仕事などに限られて、都市部はもちろん、住宅地でもひっそり静まりかえって寂しい。
とはいえ、昨年12月、世界に先駆けてワクチンの接種が始まったことがこの国の大きな希望になっている。この1か月でワクチンの担当相を設け、医学生や技術のある人たちから注射を打つ有給ボランティアを募って準備を進めた英国では、史上最大のワクチン接種作戦、ただいま絶賛展開中だ。
クリニックや病院以外でもワクチンが受けられるように、特設会場が次々と設置されている。イングランドでは現在、産業展示場やスタジアムに設けられた大型の接種センターが10か所あり、町の薬局や教会も会場を提供し始めている。特設会場はまだまだ増える予定で、中には24時間体制で接種するところもあるそうだ。威勢のいい話を聞いているだけで目がまわりそうになるが、現場で働く方々を思うと、せめて健康でいることで協力しなければと身も引きしまる。
最近では感染者数とならんでワクチン接種済みの人数も毎日公表されるようになった。1月18日までに1度めのワクチンを打ち終わった人は全国で400万人以上に達していて、これは英国の人口約6,680万人の約6%にあたり、世界4位の接種率になるそうだ(1月14日付)。
Today the @MayorOfLondon visited the capital's second large vaccination centre based in Wembley to meet some of the Londoners giving and receiving their #COVIDVaccine.
-- NHS London (@NHSEnglandLDN) January 18, 2021
Watch the @BBCLondonNews report in full ➡️ https://t.co/GAiS6YssfG pic.twitter.com/PyLoeAlukx
ワクチン接種はすべてNHS(無料で治療を受けられる国民保健サービス)を通じて行われるので、まったくの無料だ。国が決めた優先順位にしたがって、かかりつけ医か病院から連絡がある。優先順位のトップになったのはもっとも重症になりやすい「老人介護施設の入居者とその介護者」で、次に「80歳以上の高齢者と前線で働く医療・介護者」。そこからは5歳ずつ年齢層が下がって、健康上の問題がある人は若くても早く順番が回ってくる。今は70歳以上に声がかかり始めている段階で、4月末までに50歳以上、秋には成人全体の接種を終わらせるのが目標だ。
現在英国で使われているワクチンはファイザーとアストラゼネカの2種類。すでに承認を受けているモデルナも近いうちに使われ始める。どれも3週間の間隔をあけて2度接種するように開発されたものだが、英国での接種はこの間隔を12週間に延ばして進められている。これは「最初のワクチンである程度の効果がある」からで、感染拡大を早く止めるには、ひとりひとりへの効果を確実に上げるより、少しでも多くの人に最初のワクチンを早く行き渡らせたいようだ。
わたしの周りでは、同じフラットの80歳以上の知り合いのお年寄りが7人とも最初のワクチンを受けて、ひと安心しているところだ。注射をすると日付、ワクチンの銘柄(2度目も同じワクチンを打つことになっているので)、次回の接種予定日などを書いたカードを渡される。中にはカードを持ち歩くように言われた人もいて、SF小説を想像してしまった。これからは「未成年の方お断り」じゃなくて「ワクチン未接種の方お断り」なんていう札ができたりして。

自分の年齢や健康状態を入力して順番が回ってくる予定日を計算できるサイト(英国対象で英語のみ)で試してみると、50代のわたしが最初のワクチンを受けられるのは4月中旬ごろ。3週間ほど前に入力した時より1か月半も早まっていた。さすが大作戦、急ピッチで進んでいるようだ。
このワクチンは他よりもアレルギー反応が出る可能性が高いので、注射の後に15分ほどその場で待機することになっている。わがフラットのお年寄り対象アンケートによれば、7人のうちその場で体調が悪くなった人ゼロ、家に帰ってから頭痛がした人1人、夜に悪寒がした人1人、針のチクリさえ感じなかったという強者1人。今のところニュースで大きな問題は報じられていないが、SNSで見ていると接種後に頭痛、悪寒、発熱が出る人はわりと多いという印象だ。これはこの国の予防接種にはよくあることで、わが家でも病気しらずの夫がインフルエンザの予防接種の直後に高熱を出したことが2度あった。2、3日でよくなったが、予防接種で寝込むという話は日本ではあまり聞かないので、これでわたしは予防接種がちょっと怖くなってしまった。
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英国のワクチン大作戦を見ていて意外に思うのは、ワクチンを受けるのが不安という話をあまり聞かないことだ。日本の報道を見ていると、急いで承認されたワクチンは長期的に問題があるかもしれない、という声も多いようだし、告白するとわたしも実は少し怖い。散歩の帰りにばったり会うご近所さんにおそるおそる「怖くない?」と聞いてみると、たいてい「でもコロナになる方がいやじゃない? それに外に出たいし」という答えが返ってくる。コロナ禍が始まってからもう1年近く。その間3度のロックダウンで外出を厳しく制限されてみんなうんざりしているんだな。こんな我慢をするくらいなら安全と言われているワクチンを打って、元の暮らしを早く取り戻したいのだろう。コロナの終息が第一。それに、もう感染しないし、人に感染させもしないと思えたら気持ちも楽になれそうだ。
日本は全体に薬物の認可に慎重と聞いているので、わたしにはその感覚が残っていて不安になっているだけかもしれない。あるいは薬を使った対処療法自体になんとなく抵抗があるというアジア的な感覚なのかな。コロナの場合はもう予防だけでは済まないレベルになっているから、ワクチンが避けられないのは頭ではわかっているのだけれど。
(冬至も過ぎて、夕焼けにも少しずつあたたかさが感じられるようになってきた。もう直ぐ春だから希望を持ってロックダウンを乗り切ろうねと周りと励まし合っている。筆者撮影)ワクチンへの不安について調べていたら、いわゆるBAME(black, Asian and minority ethnic communities)、つまり黒人、アジア人その他少数民族に属する人たちはワクチンへの不信感が高いことがわかった。ガーディアン紙のこの記事には、英国全体で86%(75歳以上では96%)がワクチンを「喜んで受ける」と答えたのに対して、黒人層では72%、パキスタン系やバングラデシュ系では42%が「たぶん受けない」と答えたアンケート結果が載っている。ほかに東欧系や女性、若年層、教育水準が低い層も接種に積極的でないそうだ。理由は、こうした人たちは人種的・社会的な差別を受けた確率が高いうえ、英国人向けの医療が自分の人種や体質に合わないと考えることも多く、国や社会や保健機関への信頼がうすいということらしい。
国を信頼しないほどではないけれど、平均的・典型的な英国人でないことからくる不安というのは実はわたしも思い当たる。たとえば身長158センチのわたしはこの国では小柄な方だ。たぶんその体格(あるいは体質)が原因で、英国のほとんどの薬はわたしには効きすぎると感じている。風邪薬や鎮痛剤を指定どおりに飲むとぼーっとしすぎるので、昼間は2錠飲むものを1錠だけにしているくらいだ(この方法が正しいのかわかりません)。コロナのワクチンも英国人向けの量が打たれるのだろうから、小さめのわたしの体に入ったら、効きすぎて変なことになるんじゃないかという漠然とした不安が拭えない。ものすごく元気な夫が予防注射で寝込んだことが忘れられないせいもあるだろうし、前段落の記事によれば、わたしが「女性で(この国では)少数民族」ということも関係あるのかもしれない(家族と住むという理由で大人になってから移住したわたしのような日本人がBAMEに入るのか、いつも疑問に思っていたので、これを機会にこれも考えていきたい)。
わたしのようなおくびょう者を励ますためか、あの著名人もワクチンを打ちましたよというニュースがさかんに発信されていて、中にはなんとエリザベス女王(94歳)と夫君フィリップ殿下(99歳)のお名前もある。情報の公開は女王さま自身の決断だそうだ。さすがに女王さま夫妻が受けたとなれば、ワクチンの安全性を信じる人が増えるからだろう。アメリカでは次期大統領や次期副大統領も受けたというし。
I feel very lucky to have had the vaccine. I would have no hesitation in recommending it to anyone. https://t.co/gBLRR0OeJc
-- Ian McKellen (@IanMcKellen) December 17, 2020
ちなみに、自分の順番が回ってきてもワクチンを受けないと選択するのは自由だ。その後気が変わった時には、こちらから連絡すれば注射をしてくれるらしい。
少し不安があるものの、たぶん、わたしはワクチンを受けるだろう。自分が感染するのもいやだし、人に感染させてしまうのはもっと後悔しそうだからだ。注射をしたら「自粛しなければ」という緊張が解けて気も楽になりそうだ。ただ、しつこいようだけれど、注射の後に寝込む(かもしれない)のが本当にいやなのでワクチンを打つのは憂鬱だ。子どもの頃にしょっちゅう熱を出していたのがちょっとしたトラウマなのだ。体調が悪い苦しさや、休みがちだった幼稚園や学校になじめなかったことを思い出すのがつらい。それとも、今がそのトラウマと向き合う時なのか。これを克服したら少し大人になれるのか。注射せずにコロナにかかったら熱はもっと高くなるかもしれないのだし。むむむ、コロナめ、意外なところを突いてきたな。
今日のおまけ:
コロナのワクチン注射の写真や動画を見て、みなさんは何か違和感を感じませんでしたか? わたしはずっと「痛そう!」と思っていました。注射の針は斜めに優しく刺すイメージだったのに、コロナのワクチンでは腕に対して針を直角にぶすっと突き立てているからです。
ワクチンのことを調べていて偶然、これは筋肉に働きかけて早く効果が得られる「筋肉注射」という方法だとわかりました。日本では歴史的な背景があって斜めに針を刺す「皮下注射」を取り入れているけれど、筋肉注射の方がより一般的なのだそうです。
あ、もうご存じでしたか! 失礼しました。でもわたしは、筋肉注射は針が細くて実は皮下注射より痛くないと知って、ワクチンを受ける不安が少しだけおさまりました。正しく知るって大切ですね。