街にあふれる「日本的スタイル」

ホーチミン市の街を歩くと、アニメキャラクターのTシャツを着た若者、ユニクロのバッグを肩にかけた学生、そして「Sushi」「Izakaya」と書かれた看板の前で写真を撮るカップルによく出会う。

いま、ベトナムのZ世代にとって"日本"は、ただの国名ではなく、「自分を表現するスタイル」の一部になりつつある。

若者が感じる"静かなクールさ"

では、彼らが憧れる「日本のクールさ」とは何なのだろうか。

ベトナムの高校生や大学生に日本語を教え、20代の社会人達と一緒に働いて気づいたことがある。

「日本のクールさ」とは、必ずしもテクノロジーや高品質といった"モノの優秀さ"ではない。

むしろ、「丁寧さ」「控えめさ」「世界観の完成度」という"生き方の美学"に惹かれているようだ。

たとえば、人気アニメ『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』のキャラクターたちは、単なるヒーローではない。感情を抑えながらも信念を持ち、他人を思いやる姿に、ベトナムの若者は「クールだ」と感じる。

ホーチミンの大学生に話を聞くと、「日本人は静かだけど、自分をしっかり持っている」「何かを極める姿がかっこいい」と答える人が多い。

「秩序」が"スタイル"になる都市

街のカフェにもその空気がある。

日本を意識したカフェが増えている。静かなBGMと木の温もり、「落ち着く」整った陳列が特徴のカフェが人気だ。

日本で当たり前の"秩序"が、ベトナムではむしろ"スタイル"として憧れられている。

SNS時代の若者たちは、「騒がない美しさ」「余白のあるデザイン」にこそ、日本的なクールさを見いだしているのだ。

日本とベトナムに共通する"美徳"

同時に、彼らは「自分たちの中にある日本的な部分」を意識し始めてもいる。

勤勉、家族思い、礼儀を重んじる文化ーそれは日本とベトナムに共通する価値観だ。

つまり日本のクールさとは、外来の異文化ではなく、「東南アジアの美徳を洗練させた形」として受け止められている。

日本企業に求められる"物語の発信"

一方で、こうしたイメージをどう現実の日本企業が活かすかは大きな課題だ。

単なる「アニメ」や「ラーメン」ではなく、そこに込められた精神性をどう伝えるか。

ホーチミンの若者たちは、モノよりストーリー、ブランドより人を見ている。

彼らに響くのは、"日本らしさ"ではなく、"日本の中の人間らしさ"なのだ。

ベトナムと日本がつくる「新しいアジアのクール」

ベトナムの熱気と、日本の静かな美学が出会うとき、新しいアジアのクールが生まれる。

それは派手な広告ではなく、街角の小さな日本食レストランや、真面目に働く日本人スタッフの姿から始まっている。

ホーチミンの若者が憧れる"日本"とは、つまり「自分たちもなれる、誠実でかっこいい存在」なのだ。

▪️本記事の執筆者・ヨシヒロミウラは、
ベトナムおよび東南アジアを軸に、社会・経済・文化の変化についての考察を
個人サイト yoshihiromiura.comにて継続的に発信しています。