World Voice

イタリア事情斜め読み

ヴィズマーラ恵子|イタリア

イタリアはスリ天国、逮捕されてもすぐ釈放され刑務所で服役しないワケ

iStock- Paolo Cordoni

イタリアといえば、スリの多い国というイメージがあるだろう。
Travel Off Pathによるトリップアドバイザーの口コミやスリ被害に関する投稿を集計したデータでも、イタリアはスリの被害に遭いやすい国のトップ10の上位に常にランクインしている。

ここ数週間、イタリアではソーシャル ネットワークに投稿されたロマ族のスリを地下鉄車両内で現行犯逮捕した瞬間を撮影した動画数十件が拡散され、物議を醸している。

ネット上に投稿された地下鉄のスリの動画について、政治的議論、議員間での訴訟問題にまで騒動は飛び火し、発展している。

2019年に誕生したミラノの安全のために日々ボランディアで強盗や劣化、麻薬取引、違法な職業を追跡して実態を記録し、公表している「神による美しいミラノ (Milano Bella Da Dio)」という非営利団体が、ミラノの地下鉄で蔓延るスリ団体を追跡し、SNSに動画を投稿したことが発端であった。

Milano Bella Da Dio「神による美しいミラノ」非営利ボランティア団体
ミラノ地下鉄構内でスリを追放する活動とその実態

この動画を見た左翼イタリア社会党-中道左派の民主党(PD)の参議院議員モニカ・ロマーノ氏がインスタグラムの「神による美しいミラノ (Milano Bella Da Dio)」に、公開することの正当性の問題を提起した。

「 地下鉄車両内で盗みをした人々を捕まえて撮影し、数十万人のフォロワーを持つInstagramページで動画を広めるこの習慣は、暴力的な活動であり、市民活動ではありません。非常に今後が懸念される。動画を撮って拡散するのをやめましょう」

と、批判コメントをFacebookに載せた。

神による美しいミラノの18.2万人のフォロワーやTwitter上でも地下鉄を利用している市民やスリの被害者たちが一気に発火。
何百もの反論コメントが寄せられ大炎上した。
スリ加害者を擁護し、動画を公開することが暴力であるという。その議員の発言に賛同するコメントは少なく、反対意見を述べているコメントが多く寄せられた。
「議員は地下鉄で移動なんてしないから、スリの被害に遭ったことこともなければ、迷惑を被ったこともないからわからないんだろう。」
「左翼参議員の考えをまとめると、泥棒万歳、自由に働かせて怒らせないようにしろ!と言いたいらしい。」
「ロマーノは、犯罪を犯した人が犯罪者なのではなく、犯罪を拡散した人が犯罪者だと言っているのか?」
「盗みをする哀れな人たち、彼女たちのせいではないというロマーノ、あなたが普通の市民の状況が理解できることを願います。馬鹿じゃないの!」
「左翼は、泥棒、麻薬の売人、強姦犯に対する暴力を避けるためのカメラも、監視も、警察も無くせばいいという、そのばかげた定理を支持するために現実を歪めています。それを行う方法を知っている左翼がそれらを処理する。」

などなど、一般市民から辛辣な批評コメントが2日以上続いた。

中道右派政党・同盟のサルヴィーニ副首相は、「犯罪者のプライバシーを守るのが左翼だ」と強く批判した。
その言葉に瞬時に反応し、民主党の参議院議員はマッテオ・サルヴィーニ副首相を告訴すると言い出した。

モニカ・ロマーノ氏の周りに結集する民主党員たちは、「中道右派は皆、ロマーノとデモ隊を攻撃している」と言い、ミラノ民主党からモニカ・ロマーノへの全会一致の連帯を示し、「民主党評議会グループ全体に対する中傷的な内容およびタイトルを含む記事に対して、適切な民事および刑事で、法的措置をとる」とエスカレートしてきた。

これに対し、マッテオ・サルヴィーニ副首相は始めて、「毎日強盗の危険にさらされている労働者や市民を助ける人々に報いることではなく、ミラノとローマの左翼の優先事項は、犯罪者のプライバシーを保護することだそうです。言葉を失うよ。」と、応答した。

サルヴィーニ副首相を加勢する、メローニ首相率いるイタリアの同胞政党は応戦し、ロマーノ評議員に「辞任」を要求した。
ミラノ市議会議員でメローニ首相のイタリアの同胞の党員マルコ・ベステッティ氏は、「ロマーノ氏は滞納者とロマのための労働組合員であるようだから、議会を去ることを検討すべきである。よって、彼女に辞職するよう要求する。」と、コメントしている。

サルヴィーニ副首相は前内務大臣でもある。内務大臣時代に、不法滞在する少数民族ロマを追放するため、「ロマ人の人口調査をやる」と提案したこともあった。しかし、当時首相を務めていたコンテ氏に人種を基にした人口調査は憲法違反で人種差別に当たるとのことで却下され、調査は実行されなかった。
イタリアには中東欧に多い移動民族のロマ人ジプシーをイタリア語では女性ならジンガラ、男性を含む複数形ではジンガリと呼んでいる。 イタリアにはルーマニアからやって来たロマ人が主で、18万人はいるとみられている。
人口調査ができないので、その数は未知数であり実際には18万人以上いるだろう。

ミラノでは、ロマ出身者らは、スリだけをするのではない。バスでの嫌がらせや入水禁止のナヴィーリオ川で違法に入浴する少年たちやミラノ中央駅前での乱闘騒ぎや「シートテクニック」による携帯スマートフォンの盗難・強奪、子供の誘拐(人身売買)、高額な動物・ペットを誘拐などもロマ人らの犯罪であり、次第に凶悪化し、問題となっている。

video.mediaset.itより


|『ストリシャ・ラ・ノティツァ』でスリの実態を追跡し全国放送

イタリアで35年続く風刺テレビ番組『ストリシャ・ラ・ノティツァ』は、政府の腐敗を風刺したり、詐欺を暴露していったり、イタリアで蔓延っている珍事件や理不尽な出来事や市民の疑問や悩みなど、大小に関わらず様々な事柄を追跡調査し、問題提起する、体当たりおせっかい世直し人気番組である。

2人のコメディアンが司会を務め、有名特別特派員であるヴァレリオ・スタッフェッリ氏が突撃取材に出かける。
最近、この人気番組が、ミラノの地下鉄のスリ軍団を追ったものが放送された。
何年かに1度は、定期的にこのスリを抑制しようと試みる企画はされているが、視聴者の中にはその番組の手法は社会的凶暴性、プライバシーの侵害の疑いがあり、やり過ぎだという反対する意見も少数ある。
しかし、番組には憤慨した市民から何千もの報告が寄せられているので、これを黙って見過ごすわけにはいかないと特派員スタッフェッリ氏はスリの実態を取材したという。

実際にスリの少女にインタビューをするなどして、番組の取材でわかってきたことは、彼女たちは即席の泥棒ではなく、どちらかといえば本物のスリに特化したプロ組織であるということだ。
ミラノには少なくとも 30~40人の女性と少数の男性がいて、彼らはバルセロナの友人と交代で参加している。
スペインとイタリアはルールが最も緩いからであるという。
しかし、イタリア人を含むフリーヒッターも窃盗をしている。そういうフリーヒッターは、高齢者をターゲットにすることがよくある。

そして、次に狙われているのは外国人観光客。
盗難の手口は進化していて、ミラノでは新しい手法と傾向がある。
バーやレストランのテーブルに携帯を置いていると、泥棒がやってきてその上にわざと地図を広げて置き、訊ねてもいないのに、現在地やおすすめ観光スポットの道案内を教えてあげ、親切な人のフリをする。観光客の興味を惹き気をそらせておいて、地図を畳んで退散する。その際、どさくさに紛れて携帯も一緒に地図に包み、さっと持ち去る。もう、それはまさにマジックだ。

観光客がテーブルから自分の携帯が消えたことに気付く頃には、もう泥棒の姿はないという手口だ。

イタリアでは、携帯電話をテーブルの上に置いたままにしてはいけない。特に外のテラス席などで食事する場合は注意だ。足元に置いた荷物も瞬で置き引きされる。逃走する犯人を絶対に追ってはいけないのは鉄則だ。

たとえ自分が足が速いから追いつける、体力に自信がある、格闘技経験者だなどと自負していても、追えば銃で撃たり、ナイフで刺されたりして殺されてしまうだろう。

Corriere TV Corriere della sera 公式YouTubeチャンネルより
スリはスタッフェッリ氏から逃げ、警察からも逃げるスリ犯人:「私たちの家について来ないでください」

それにしても、

なぜスリ軍団が野放しなのか、逮捕されても刑務所におくられないのか?


⭕️決定的な要素は、イタリア刑法第146条「強制執行猶予」にある。
刑の執行の強制的延期を規定した法律で、金銭的ではない罰則の執行が延期されるのは以下の事柄が立証された場合。

1) 妊娠中の女性に対して行わなければならない。
2) 1 歳未満の乳児の母親に対して行わなければならない。

第 1 段落の番号 1) および 2) で規定されている場合、延期は機能しないか、許可されていても、妊娠が中断された場合、母親が子供に対する親としての責任を失ったと宣言された場合、取り消される。
民法第330条 妊娠中絶または出産が 2 か月以上前に行われた場合、子供が死亡したか、遺棄または他人に委託された場合。

実際、スリ集団には妊婦が多い、最近赤ちゃんを出産したばかりか、授乳期間中の乳児の母親であるか、1歳未満の子供を持つ母親である場合は、裁判所は判決を保留する義務が生じ、このイタリア刑法第146条が盾となり、彼女たちは逮捕をされても3時間後には釈放されるというワケだ。

特に20歳までの若い年齢では、ほとんどの場合、ほぼ確実に「判決猶予」の恩恵を受ける立場にある。
スリの一族は基本的な法の規則を知っており、少女の搾取を含む犯罪連鎖へとリンクされていて、少女たちは常に妊娠している。

こんな判決の負担を軽減しているおかしな司法制度に苦しんでいるのは、多くの年金受給者、学生、非EU市民、労働者、イタリアを訪れた観光客たちなのだ。
*カルタビア法 が施行された今、訴訟がなければ、窃盗罪を職権で起訴することはできない。逮捕されたとて、3時間後に釈放されるのだから、やるせない無力感と大きな不満だけが残るのが現実だ。

*カルタビア法とは、ドラギ政権の元法務大臣であったマルタ・カルタビア氏、彼女の名を冠した司法制度の改革で、刑事裁判手続きを25%短縮、デジタル化、プロセスの合理化と加速化、予備調査の期間に制限、保護観察と半拘禁の廃止など。

ロンバルディア州の州都ミラノ、ミラノで最大の刑務所であるサン ヴィットーレ刑務所には、以前窃盗罪で服役した妊婦もいた。5人の妊婦が収容されていたのだが、刑務所の構造が適切ではなく、24時間受刑者への産科支援を保証できないという理由で、それ以降は妊婦を一切収容しないと決定した。

囚人のための産婦人科施設を充実させ、刑務所をリフォームするのに多額の税金が使われるとなると納税者の不満は爆発することだろう。

| ある一人のスリの女性(29歳)の生活

を独自取材したマイク・ビタリ記者の記事を読むと、現役のスリの日常と実態を知ることができた。

「週7日、朝晩(スリをして)働いています」子供は9人出産した。

と言うロマ人の女性29歳。「最後に出産したの去年の12月だった。子供たちは今、イタリアではなく、みんなボスニアに住んでいます。夫は仕事はしていなくて、夫が子供たちの面倒を見てくれています。私が家族を養っています。私はボスニアにたくさん家族がいて仕送りをしています。たまたまですが、1日で 1,000ユーロ(約14万4千円)をスルことができた時もありました。これはたまたまで例外です。今では人々はほとんど現金を持たないので、500ユーロ(約7万円)でも財産になります。」と、29歳の女性は、自分の「仕事」は「週7日、朝から晩まで」コミットしていると付け加えたと言う。

しかも、このロマ人は、ミラノに彼女の両親が購入したアパートがあり、救急総合病院があるニグアルダ地区に住んでいるというから驚きだ。そこに友人や親戚、つまり強盗を働く同僚と共同生活をしている。「注目を集めないように、大聖堂ドゥオーモと中央広場の間を移動する時は必ず1人で歩くようにしている。せいぜい多くても 2人で行動することを好みます」と彼女は続けた。

この29歳の女性には姉がいるという。同じロマ人でも姉はローマで美容師として働いているそうで、真っ当な人生を歩んでいる。

記者は、「どうしてあなたは、お姉さんを見習おうとは思わないのですか?スリをずっと続けるのですか?罪悪感はないのですか?」と質問をしている。すると、彼女は、「今さら、もう後戻りはできない。スリを始めたのは16歳からで、この仕事(窃盗)しかできない。叔母にテクニックを教わった。叔母は50歳で今でもミラノで現役。たまに罪悪感を感じることはある。」と返答した。

ここで、わたしが言いたいことは、「ロマ人がみんな悪人で犯罪者なのではないのだ。この姉のように、ロマ人でも手に職を持ち、美容師として働き、真面目に生きているロマ人もいる」ということを伝えておきたい。


⭕️この刑法第146条「強制執行猶予」は、「後払い判決制」なのだ。

実際、それらの犯罪歴は凍結されたままで刑が実行されるのを待っているだけである。
そして、スリ軍団は量刑を積み上げている。

では、いつ刑に服するのか?
現時点では、彼女達は警察によって逮捕され、単に管理される。新たな延期の恩恵を受けることができない立場にあるということに、いつか気付くことだろう。
数年前、若いスリ(26歳)の女性がミラノの地下鉄で現行犯逮捕されたが、彼女は懲役25年の決定的な累積刑を言い渡された。
たかがスリ、されどスリ、蓄積された犯罪なので、殺人罪よりも重い懲役25年となった。
累積返済については、上記に準じる。
新しい犯罪については、既に「蓄積」した罪に追加され、そのまま裁判に直面する。これらの少女の裁判歴には、裁判ごとに判決の蓄積を更新する条項が含まれていることがよくある。
刑期を執行できる立場にある場合、彼女達は単に秩序の力によってチェックされるだけで十分だ。最終的に執行される判決は総合刑期で下されるため、「直、投獄」がトリガーされる。


| ミラノでの安全パトロールの事例

1994年にイタリアで設立されたホームレスの人々の支援を扱う団体であるシティー・エンジェルス(City Angels)は、イタリア24都市とスイスの領土で社会福祉活動、軽犯罪防止活動をボランティア600人で行っている。
このシティー・エンジェルス(City Angels)非営利団体のリーダーであるリッカルド・トルッポ氏は、「スリをする犯罪者に対してリベンジ(復讐)をしているわけではない」と述べている。
創設者であるマリオ・フリアン氏は、「このロマ族のスリをする少女たちも、大きな組織によって搾取されている被害者である。」と言い、スリ犯罪者たちを一部擁護した。

シティー・エンジェルスのしている「地下鉄パトロール活動」については、
「これらの少女たちを市民が広く認識し、スリに注意を払ってもらう呼びかけは役立っていると思うし、そういった活動は重要である。結局、やっていることは 『ストリシャ・ラ・ノティツァ』が何年も番組でしてきたものと同じシステムだ。一般的に、このようなビデオには何の問題もないと思いますが、もちろん、少女たちを認識した人々が復讐し、たとえば彼女たちを攻撃するということは避ける必要があります。」と、説明している。

しかし、フリアン氏は、インスタグラムの「神による美しいミラノ」のフォロワーによって設立された、新組織のセキュリティ委員会によって導入されたパトロールには完全に反対だと語った。
スリ注意の呼びかけ、スリを地下鉄から追い出すなど、時には「シティー・エンジェルス」と「神による美しいミラノ」のセキュリティ委員が地下鉄内で一緒に行動しているように見える動画もあったので、「彼らのパトロールには反対だ」というフリアン氏の発言はとても意外だ。
パトロールの仕方や方向性が違うから?
「神による美しいミラノ」のセキュリティ委員をしている18歳のニコラス・ヴァッカーロ君によると、スリ軍団は「私たちは武装しておらず、せいぜいペッパースプレーを装備しているだけです。また、重大な状況が発生した場合は、警察に通報します。」と、ロマのスリ集団からペットボトルを投げられたり、叩かれたり、蹴られたり、ツバを吐きかけられたりするが、やりがいのある活動だと言っている。

最初は、インスタグラムで「神による美しいミラノ」の活動を見て、興味を持ちコンタクトをとってボランティア活動を始めたが、彼は、その活動が功を奏したのか、今はミラノの大学と契約している警備会社から雇用され、受付で警備の仕事をしている。
ニコラス君は、日々、スリの女性のパートナーや夫らから怨みをかい脅迫を受けているというが、
脅しに屈せず、ミラノの地下鉄の安全を守るために週4日、セキュリティ ボランティアを続けていくそうだ。

 

Profile

著者プロフィール
ヴィズマーラ恵子

イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie

あなたにおすすめ

あなたにおすすめ

あなたにおすすめ

あなたにおすすめ

Ranking

アクセスランキング

Twitter

ツイッター

Facebook

フェイスブック

Topics

お知らせ