コラム

ハックされた世界秩序とサイバー・ドラゴンの台頭

2017年11月01日(水)18時00分

カーネギー国際平和基金のサイバー政策イニシアティブで共同チェアを務めるティム・モーラ−は、国連サイバーGGEの失敗は、第一には米ロ関係があるが、それだけではないともいう。第二には、参加国が前回の20カ国から25カ国に増えたこと、第三に、2015年に出た前回のGGE報告書でかなりのところまで議論が詰められており、それを前進させるのはそもそも難しかったこと、第四に、中国もまた国内でサイバーセキュリティ法を成立させるなど一段落した感があり、それほど熱心ではなかったということもあった。

モーラ−は、トランプ政権は多国間によるコミットメントから、抑止を重視する姿勢に動いているという。つまり、オバマ政権とは異なる方向性を示している。トランプ政権は同盟国や友好国と協力してサイバー攻撃を抑止していくというのである。

カーネギー国際平和基金で日米関係を研究するジェームズ・ショフもまた、日本はサイバーセキュリティにおいても重要なパートナーになるだろうという。かつては日米サイバー協力において米国国防総省は気乗りしない雰囲気が強かったが、2〜3年前から空気が変わり、やはり日本に期待しようという方向性が強くなってきた。政府間の対話で協力を推進し、インテリジェンス分野での協力も可能だろうという。

米中関係のその後

それでは、米国から見て中国はどうなのか。2015年9月のワシントンDCにおける米中首脳会談で両国首脳は政府機関が経済分野でサイバー攻撃やサイバーエスピオナージ(スパイ活動)を行わないことで合意した。それ以降、中国から米国に対するサイバー攻撃が減少したという報道も出た。

2013年2月にマンディアント社(現在はファイアアイ社の一部)が発表したAPT1報告書は、上海にある人民解放軍61398部隊の拠点を暴露し、大きな波紋を広げた。その著者の一人に会うことができた。その人によれば、当時の人民解放軍のサイバー作戦はかなりいい加減なものだったという。たとえば、サイバー攻撃に使っているアカウントと同じ特有な名前を中国のソーシャルネットワーキングサービスでも使っている場合が多々あったため、そこから攻撃者の背景情報をたどることができた。マンディアントはAPT1以外にもいくつかの攻撃グループを特定しており、米国政府のインテリジェンス機関もそれを裏打ちしていたという。

2015年の米中会談後、中国から米国へのサイバー攻撃は減ったという報道が出た。本当のところはどうだったのかと聞くと、サイバー攻撃のやり方がうまくなり、表面上見えなくなっただけだという。

サイバー・ドラゴンの変身

ヘリテージ財団でサイバーセキュリティ政策と宇宙政策を研究するディーン・チェンも同じ考えである。ヘリテージ財団はトランプ政権に最も近いシンクタンクとして知られ、政権に多くの人材を提供している。チェンは昨年出版した『サイバー・ドラゴン(Cyber Dragon)』という著書で中国の情報戦争とサイバー作戦の内幕を描いている。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

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