最新記事

シリア情勢

アルメニアとアゼルバイジャンの戦闘開始に合わせるかのようにトルコは自由シリア軍を派遣:その真相は?

2020年9月30日(水)16時00分
青山弘之 (東京外国語大学教授)

Twitter(@LindseySnell)、2020年9月23日

<アルメニアとの緊張関係が続くアゼルバイジャンにトルコがシリア人戦闘員を派遣。この地域で何が起きているのか......>

アルメニアとアゼルバイジャンで戦闘激化

カフカス地方(コーカサス地方)のアルメニアとアゼルバイジャンの間で9月27日に戦闘が発生し、少なくとも兵士16人と多数の住民が死亡、100人余りが負傷した。

戦闘が起きたのは、旧ソ連ナゴルノ・カラバフ自治州の周辺。アゼルバイジャン領だが、アルメニア人が多く住み、1991年にアルツァフ共和国(ナゴルノ・カラバフ共和国)として独立を宣言、アルメニアがこれを実効支配している。

両国政府は、相手側の軍が先に攻撃を仕掛けたと主張、戒厳令を発令し、対決姿勢を示した。これに対して、ロシアと米国は両国に自制を促す一方、トルコはアゼルバイジャンを支持する姿勢を示した。

シリア内戦を想起させる当事者たち

アルメニアとアゼルバイジャンの関係は、7月半ばからにわかに緊張を増していた。いずれも旧ソ連に属し、ロシアの影響力が強い。アルメニアは、オスマン帝国末期のアルメニア人大虐殺の因縁もあいまってトルコと険悪である一方、シリア政府とは一貫して友好関係にある。対するアゼルバイジャンは、トルコ系のアゼリー人が国民の大半を占め、トルコと関係が深い。

ロシア、トルコ、シリア...。シリア内戦の当事者でもあるこれらの国のなかで、トルコが不穏な動きを続けてきた。

PKKの系譜を汲むPYDに近いメディアのリーク

シリアのクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)に近いハーワール・ニュース(ANHA)は2ヶ月前の7月29日、複数の独自筋の話として、イドリブ県で活動する反体制派戦闘員が、トルコの計画に従って、アゼルバイジャンに向かう準備を開始したと報じた。

同独自筋によると、この動きは、トルコのフルシ・アカル国防大臣が、アルメニアとアゼルバイジャンの軍事的緊張が高まるなかで、アゼルバイジャンへの支持を表明したことに伴うもの。

ANHAは、戦闘員数十人からなる第1陣が、イスラーム教の犠牲祭(イード・アドハー、7月19~23日)明けにトルコ領内に入り、そこからアゼルバイジャンに向かい、彼らには5,000米ドルが報酬として支払われると伝えた。

PYDはトルコ政府が「分離主義テロリスト」とみなすクルディスタン労働者党(PKK)の系譜を汲む組織であるため、ANHAの報道はプロパガンダに思えた。

米国人ジャーナリストのツイート

だが、9月に入ると、今度は米国人女性ジャーナリスト・映画プロデューサーのリンジー・スネルが21日、ツイッターのアカウントで、次のように書き込んだ。

「記録によると、トルコの支援を受ける自由シリア軍(TFSA:Turkish-backed Free Syrian Army)1,000人が9月27日から30日にかけてアゼルバイジャンに派遣される。複数の情報筋から、すでに何人かは現地にいると聞いている。」


TFSAとは、トルコが占領するシリア北部のいわゆる「ユーフラテスの盾」地域、「オリーブの枝」地域、「平和の泉」地域で活動を続ける国民軍のこと。2017年12月にシリア革命反体制勢力国民連立(シリア革命連合)傘下の暫定内閣国防省がアレッポ県アアザーズ市の参謀委員会本部での会合で結成を宣言した反体制武装集団の連合体である。トルコによってリビアに派遣され、国民合意政府(GNA)を支援する傭兵として戦闘に参加しているのも、国民軍に所属する部隊のメンバーである。

スネルはまた、9月23日には次のようなツイートを写真付きでアップした。

「ハムザ師団(国民軍所属組織の一つ)の情報源から。おそらくハムザ師団のこれらの男たちが今日、アンカラ(トルコの首都)からバクー(アゼルバイジャンの首都)に到着した。」


2016年7月にイドリブ県での取材中に、シリアのアル=カーイダであるシャームの民のヌスラ戦線(現在の名前はシャーム解放機構)によって逮捕され、同年8月に脱走した直後、今度はトルコに不法入国しようとして同国当局に逮捕されるという経験の持ち主でもあるスネルの書き込みも、プロパガンダなどではなかった。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

7─9月期実質GDPは年率ー1.8%=内閣府(ロイ

ビジネス

NY連銀総裁、常設レポ制度活用巡り銀行幹部らと会合

ワールド

トランプ氏、カンボジアとタイは「大丈夫」 国境紛争

ワールド

コンゴ民主共和国と反政府勢力、枠組み合意に署名
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 6
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 7
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中