最新記事

北朝鮮

軍入隊希望が殺到? 金正恩「核の脅し」の過剰演出がバレてきた

2017年8月14日(月)16時20分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

朝鮮戦争の戦没者墓地を参拝した金正恩朝鮮労働党委員長(7月28日) KCNA/via REUTERS

<「グアム周辺へミサイルを」「炎と怒りに包まれる」などと米朝双方が強硬発言を繰り返し、朝鮮半島情勢は緊張感の中にある。さらには北朝鮮の機関紙が「347万人が入隊を嘆願」などと報道し......>

トランプ米大統領の北朝鮮に対する強硬発言と、北朝鮮によるグアム島周辺へ向けたミサイル発射予告により、朝鮮半島情勢は韓国証券取引所の総合株価指数(KOSPI)が1週間(4~11日)続落するほどの緊張感の中にある。

軍内での「性上納」

しかしそろそろ、米朝双方の「舌戦」が演出過剰ぎみになってきたのも事実だ。

北朝鮮の朝鮮労働党機関紙・労働新聞は12日付で、新たな国連制裁決議発表後の3日間で、全国で大学生や女性を含む347万5000人が朝鮮人民軍(北朝鮮軍)への入隊を嘆願したと報道。「祖国決死守護の聖戦に総決起している」と強調した。

347万人と言えば、北朝鮮が現有する兵力の3倍にもなる数である。

北朝鮮ではいま、社会全体の食糧事情が好転しているのに軍だけが取り残され、食糧難に陥っている状況がある。将官や将校が余りの薄給に耐え切れず、兵士用の配給を横流しすることで生活費を確保しているからだ。そのため、兵士たちはまともな食事にありつけず、栄養失調になる者が後を絶たない。

また、軍隊内では人事などを巡ってワイロが乱れ飛び、女性兵士に対しては「マダラス」と呼ばれる性上納の強要が横行している。軍紀も何も、あったものではないのだ。

(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為

本当に怖い「核地雷」

そんなところに300万人以上もの新兵を受け入れたら、朝鮮人民軍は戦う前に自滅してしまうだろう。いくら景気づけとはいえ、本物の闘志を示したいのなら、金正恩党委員長は部下たちに言って、対外宣伝をもう少し工夫すべきだ。

一方、大げさなのはトランプ氏も同じだ。同氏は11日、北朝鮮がグアム島周辺へのミサイル発射を予告したのを受け、ツイッターに「北朝鮮が愚かな行動を取った場合、軍事的な解決の準備は完全に整っている」と投稿した。

ハッキリ言って、軍事的な解決の準備が「完全に」整っているというのはウソである。

米軍は、北朝鮮の軍をほぼ無力化するところまでの計画ならば持っているのかもしれない。

しかし、北朝鮮の国土を制圧するところまでの計画を完成させているとは思えない。何故なら、北朝鮮がすでに核武装国だからだ。核兵器は、ミサイルに搭載して飛ばす以外にも使い方はある。例えばどこかの地下に核爆弾が埋められていた場合――つまりは「核地雷」が仕掛けられていたら、そこに侵攻した米軍や韓国軍の兵士は一撃で消し飛ばされ、一度に数千人から下手をすれば万単位の犠牲者が出ることになる。

そんなリスクには、民主国家の軍隊は今や耐えられないのだ。

だが、いくら北朝鮮軍の主力を壊滅させても、金正恩党委員長から核戦争能力を完全に取り上げない限り、それは「軍事的な解決」とは言えないはずだ。

本当の意味で「軍事的な解決」を得ようと思うならば、金正恩体制の変更を望む北朝鮮国内の人々と連携し、「政治的な解決」も合わせて追求すべきなのだが、それこそが、米国も韓国も日本もまったく準備ができていない部分なのである。

(参考記事:「いま米軍が撃てば金正恩たちは全滅するのに」北朝鮮庶民のキツい本音

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 3

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの過激衣装にネット騒然

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 6

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 7

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 8

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 9

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 10

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中