最新記事

北朝鮮問題

トランプは金正恩とハンバーガーを食べるのか?

2017年5月3日(水)11時11分
遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)

ハンバーガーにピクルスが加わる――トランプ流「ビッグ・ディール」 Foxys_forest_manufacture-iStock.

トランプ大統領は1日、場合によっては金正恩と会ってもいいと言った。選挙期間中はハンバーガーを食べながらでもと言っていたが、シリア攻撃はトランプ大統領のビッグ・ディール(大口取引)だったのか?

米大統領選中のトランプ発言に反応した金正恩(キム・ジョンウン)

トランプ大統領は、まだ当選する前の選挙期間中に、「金正恩とハンバーガーを食べながらお喋りしてもいい」という主旨のことを何度か言っていた。昨年6月に共和党の指名候補に確定したときの演説で「彼(金正恩)がアメリカに来るなら受け入れる」と、訪米を歓迎する意向を示したのが最初だ。反論に対しては、「ただ、仮に会談が実現した場合でも、「公式の夕食会はやらない。会議用のテーブルでハンバーガーを食べればいい」とかわしている。

そのためか、金正恩委員長はトランプ氏が大統領に当選した11月8日から2月12日まで、ただの一発もミサイルを発射していない。てっきり、トランプ大統領とハンバーガーを食べることができると期待したからにちがいない。

実は北朝鮮は毎年1月になると、「米韓軍事演習をやめよ」というステートメントを出す。今年も新年のあいさつで、金正恩委員長は「ICBM(米本土が射程に入る大陸間弾道ミサイル)開発が締めくくりの段階にある」として、「米韓合同軍事演習を中止しない限り、核兵器による先制攻撃を強化する」と強調した。しかし、1月20日に大統領に就任するトランプ次期大統領を意識してか、注意深く彼の何は触れていない。

それに対してトランプ次期大統領はツイッターで「そうはさせない」と応酬したが、「中国は完全に不公平な貿易で膨大な金と富を米国から持ち出してきたのに、北朝鮮についてアメリカを助けようとしない」と、矛先を中国に向けたものだから、北朝鮮としては、この時点ではまだトランプ次期大統領に期待を寄せていたにちがいない。

ところが、2月5日の本コラム<マティス国防長官日韓訪問に中国衝撃!――「狂犬」の威力>に書いたように、トランプ大統領が任命したマティス国防長官が2月2日に訪韓するなり、龍山(ヨンサン)駐韓米軍司令部を視察し、午後には政府ソウル庁舎と大統領府を訪問して、アメリカが米韓同盟を重視していることを強調し、北朝鮮の脅威に対抗する固い意志に変わりはないことを確認した。また終末高高度防衛ミサイル(最新鋭迎撃ミサイル)THAADの年内配備も確認しあっている。

それに伴い、2月7日、韓国の「朝鮮日報」は米韓が3月から史上最大規模の軍事演習を始めると発表。

そこでトランプとハンバーガーを食べる機会がなくなったと判断したのか、安倍首相が訪米していた2月12日にミサイルを発射したのだった。

この動きからも、金正恩委員長が、どれだけ米朝首脳会談を期待していたかが分かるだろう。これまでも、北朝鮮のミサイル発射は、ともかくアメリカを振り向かせたいというのが挑発の主たる動機だったと言っても過言ではない。

トランプ大統領:「金正恩は、なかなかの切れ者だ」

トランプ大統領は4月30日の米CBSテレビの番組で、金正恩委員長を「なかなか頭の切れる奴だ(pretty smart cookie)」と讃えた。BBCが伝えた。

また、「北朝鮮が核実験を重ねたりしたら、アメリカはこれを決して歓迎しない」とも言っている。「それは軍事行動で対応するという意味か」と番組で尋ねられると、「分からない。というか、どうなるかな」と答えたという。

トランプ大統領:「金正恩と会えれば光栄だ」

さらに5月1日、トランプ大統領は「金正恩と会えれば光栄だ」と語ったと、BBCが伝えている

BBCによれば、この言葉は、アメリカの通信社、ブルームバーグから受けたインタビューで答えたようで、正確には、「もし私が彼と会うのが適切な状況下であれば(in the right circumstances)、会う。そうできれば光栄だ」と述べたとのこと。

適切な状況とは何か。

それはもちろん、北朝鮮が「核・ミサイルを放棄する」という条件を呑むならば、ということであろう。

トランプ大統領の言葉を受けて、ホワイトハウスは「両首脳の会談が実現するには北朝鮮が多くの条件を満たす必要がある」と述べ、スパイサー報道官は、「アメリカは北朝鮮が挑発的な行動を直ぐに止めるべきだ。いま条件がそろっていないことは明白だ」と語った。

シリア攻撃はトランプ流「ビッグ・ディール」

選挙期間中から「金正恩と会う可能性」に言及していたのだから、何も「シリア攻撃」などという軍事的手段に出る必要はなかっただろうと思う。なぜなら北朝鮮問題の一番早い解決方法は「米朝首脳会談」をして「朝鮮戦争の休戦協定を平和協定に持っていくこと」だからだ。

それを何十年も放置してきたため、その間に北朝鮮の「脅し外交」がエスカレートし、こんにちの北朝鮮問題を生んでいる。朝鮮戦争を引き起こしたのは北朝鮮の金日成(キムイルソン)だから、原因を作ったのは北朝鮮だ。しかし朝鮮半島に南北を隔てる「38度線」など引かなければ、金日成が38度線を突破して朝鮮半島を統一しようということも起きなかった。「38度線」を引いたのは、アメリカと旧ソ連だ。

つまり北朝鮮問題は冷戦期の米ソ対立が残したものであり、ソ連崩壊(1991年12月)の時点で、西ドイツと東ドイツが統合したように、38度線の削除まではいけなかったかもしれないが、せめて「休戦協定を平和協定」に持っていき、朝鮮戦争を終了させておくべきだっただろう。

それができなかったのは、アメリカのアジア支配を、アメリカが捨てることができなかったからだ。中国がまだ、共産圏として残っている。中朝が「仲間」として頑張っていれば、共産圏を包囲しておきたいアメリカの気持ちは理解できる。「嘘」で塗り固めた独裁国家が地球上で覇権をほしいままにするのは良くない。

また、日本国民を巻き添えにする北朝鮮の暴走は早急に止めなければならない。

オバマ政権が「対話と圧力」の「忍耐戦略」を続けたのは間違いだ。

トランプ大統領は、そのオバマ政権の方針を徹底的に打ち砕きたいのだろう。ティラーソン国務長官は「アメリカの20年間にわたる対朝政策は、失敗だった」と何度も述べた。

その失敗を成功に持っていくために「シリア攻撃」があったのだろうと筆者は見る。

ピクルス付きのハンバーガー

その前に金正恩とハンバーガーを食べたのでは、この「あまりに遅すぎた」会食を有効には使えない。

そこでシリアに59発ものミサイルを投下した。

米韓合同演習を口実に、北朝鮮を軍事的にほぼ完全包囲した。

北朝鮮と軍事同盟を持っている唯一の国である中国も、ほぼ完全に懐柔して(褒め殺して)懐柔した。

これだけの下準備をした上で、ハンバーガーを食べるわけだ。

中国がいま「断油」(北朝鮮への石油輸出を断つ」を断行して北朝鮮を追い込めば、「適切な状況(the right circumstances)」はさらに整うと言えようか。これならば、北朝鮮に大きな譲歩を引き出せる。

これがドナルド・トランプの交渉術、ビッグ・ディールだ。

こうして食べるハンバーガーの味は、ピクルスを添えた程度には良くなっているだろうか。

冷めない内に食べてほしいものである。そうすればドナルド・トランプは、歴史に残る名大統領となると確信する。

endo-progile.jpg[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』『完全解読 中国外交戦略の狙い』『中国人が選んだワースト中国人番付 やはり紅い中国は腐敗で滅ぶ』『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』など著書多数。近著に『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮新書)


※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

この筆者の記事一覧はこちら≫

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

日米の宇宙非核決議案にロシアが拒否権、国連安保理

ビジネス

ホンダ、旭化成と電池部材の生産で協業 カナダの新工

ビジネス

米AT&T、携帯電話契約者とフリーキャッシュフロー

ワールド

韓国GDP、第1四半期は前期比+1.3%で予想上回
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 7

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 10

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中