最新記事

キューバ

カストロ前議長の死でキューバ改革加速か、カギ握るのはトランプ?

2016年11月29日(火)10時29分

 11月26日、フィデル・カストロ前国家評議会議長が25日に死去したことで、弟のラウル・カストロ現議長にとっては、キューバの経済改革推進に向けた裁量余地が広がる可能性がある。写真はハバナの工場に描かれた前議長のイラスト(2016年 ロイター/Enrique De La Osa)

フィデル・カストロ前国家評議会議長が25日に死去したことで、弟のラウル・カストロ現議長にとっては、キューバの経済改革推進に向けた裁量余地が広がる可能性がある。

ただ、改革の行方は、ドナルド・トランプ次期米大統領がキューバの共産主義政権に協力するのか、それとも批判的な態度をとるのかという点にも、大きく左右されるだろう。

市場志向の改革を近年進めてきたラウル氏だが、市場主義や米国との関係改善に不信感を抱くキューバ国内の守旧派にはフィデル氏の影響力が色濃く残っており、改革のペースが鈍っていたという声が多い。

兄よりも現実主義的なラウル氏は2年前、宿敵だった米国との緊張緩和を巧みに実現した。資金不足に悩むカリブ海の島国に、民間航空便を運航、ドル建て送金も復活し、米国人観光客の流入につながった。

もしトランプ氏が選挙戦終盤で見せたキューバに対する強硬路線にこだわるならば、こうした成果も水泡に帰してしまう可能性がある。トランプ氏は、昨年半世紀ぶりに再開した在キューバ米国大使館を閉鎖し、オバマ大統領による関係正常化合意を見直すと公約したのだ。

だが1959年のキューバ革命以降、半世紀にわたって最高指導者として君臨したカストロ前議長の死去は、トランプ次期大統領が、米国の有権者や企業に人気のあるキューバとの関係を維持するきっかけになるかもしれない。

カストロ前議長が90歳で世を去り、現在85歳のラウル氏も2018年前半での引退を約束していることから、象徴的なレベルでは、キューバとの協力は容易となっている。

米大統領選に勝利して以来、トランプ氏はキューバについて言及しておらず、訃報への反応を見ても、今後の同国に対する政策に変更はないことを示している。

トランプ氏は声明のなかで「フィデル・カストロ氏がもたらした悲劇、死、苦痛を消し去ることはできないが、新政権は、キューバの人々がいよいよ繁栄と自由への歩みを始められるよう、最善を尽くしていく」と語った。

クリントン元大統領の政権下で国家安全保障補佐官を務めたリチャード・ファインバーグ氏は、カストロ前議長の死去に伴い、オバマ政権による開放的な対キューバ政策を、トランプ氏が後退させる可能性は低下したと語っている。

「カストロ前議長の死去によって、キューバ系米国人の多くにとっての憎悪と恐怖、復讐の対象は消えた。史上最も長い遺恨試合の1つに終止符が打たれ、深刻に分断されていたキューバ人家族の和解に道が開かれる」とファインバーグ氏は語る。

「キューバ、そしてカリブ海全域への影響力について中国やロシアと対抗すること、そしてキューバをテロ対策における好都合なパートナーとすることは、米国の国益にかなっている」とキューバ経済に関する著書も執筆したファインバーグ氏は述べている。

短期的には、キューバ国内で前議長の純粋な共産主義理念に対する予定調和的な称賛が政府から大量に発信されるかもしれない。

その最初の兆候として、「彼の理念と国の社会主義を不朽のものにするという意志の表明」との名目で、前議長の革命に忠誠を誓う記帳を数百万人の国民から募る政府のキャンペーンが26日開始された。

最高指導者の座を退いて何年も経ってからでさえ、カストロ前議長は、キューバの政と官の支配構造における守旧派の支柱であり続けており、彼らは、民間企業に大きな役割を担わせつつキューバを徐々に社会主義経済へと導いていくというラウル氏の政策に納得していない。

ただ時間が立つにつれて前議長の影響は薄れ、恐らく、ラウル政権やそれ以降の改革主義者にとっては楽な状況になっていくだろう。

「保守派にとっては最後の頼みの綱が失われ、その一方で、より若い世代の党内改革派にとっては、より急速な経済改革に向けた将来の希望が生まれている」と、カリブ海諸国に詳しい英国のビジネスコンサルタント、デビッド・ジェソップ氏は指摘する。

<進路変更はあるか>

キューバの権力構造内部の動きは、これまでも常に分かりにくかった。最近になって農家による市場価格での農産物販売や民間による輸出入といった市場志向の改革が撤回されたが、その裏に前議長の意向があったと皆が信じているわけではない。

2011年の政策文書のなかでラウル氏が発表したペースで経済改革が進んでいない大きな理由の1つとしては、体制内での権力低下を恐れる中間官僚の存在が挙げられることが多い。

米国とキューバの関係に関する共著のあるウィリアム・レオグランデ氏は、「前議長は完全に引退していたため、その死によってラウル氏の経済近代化計画の針路が変わる可能性は低い」と語る。

「もちろん、今も現役官僚のなかには、前議長のイデオロギー的な市場憎悪を共有する者がいる。彼らはこれまでも、そしてこれからも、改革の障害であり続けるだろう」

トランプ次期大統領は、カストロ前議長の死を、共産政権に圧力をかけ、政治犯釈放や米国製品やサービスに対する優遇措置についての譲歩を強いる好機と判断するかもしれない。

「トランプ次期大統領は、単純に(カストロ氏の死去を)敵対的な関係に戻るためのチャンスだと見るかもしれない。自分が言葉通りに『強い男』であることを証明するためだ」と元駐キューバ英国大使のポール・ヘア氏は語る。

キューバはベネズエラからの経済支援に強く依存しているが、ベネズエラは深刻な経済・政治危機に直面しており、これまでキューバが当たり前のように輸入してきた優遇価格による石油供給量を維持することはできない。

キューバは米国との関係改善で恩恵を受けており、対米緊張緩和が後退した場合、ただでさえコモディティ価格の低下に苦しむ同国経済は弱体化しかねない。

ただ、トランプ氏が強硬な政策に訴えれば、米国企業も収益性の高いビジネス機会を失い、欧州やアジアの企業に先を越されてしまうリスクがある。半世紀ぶりとなるハバナ行き定期便の運航を28日に開始するアメリカン航空などの企業にとって打撃となるだろう。

「フィデル氏の死去によって、過去2年間の政策を継続すべき理由がまた1つ増えた。キューバでは改革が続いており、今後4年間その改革に参加するのも、傍観するのも、米国の選択次第だ」と米シンクタンク、アトランティック・カウンシルのJason Marczak氏は語る。

(翻訳:エァクレーレン)



Marc Frank and Sarah Marsh

[ハバナ 26日 ロイター]


120x28 Reuters.gif

Copyright (C) 2016トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米CIA、中国高官に機密情報の提供呼びかける動画公

ビジネス

米バークシャーによる株買い増し、「戦略に信任得てい

ビジネス

スイス銀行資本規制、国内銀に不利とは言えずとバーゼ

ワールド

トランプ氏、公共放送・ラジオ資金削減へ大統領令 偏
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 5
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 6
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 7
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 8
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 9
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中