最新記事

文化

郊外の多文化主義(1)

2015年12月7日(月)16時05分
谷口功一(首都大学東京法学系准教授)※アステイオン83より転載

 このような状況は、1990年のいわゆる改正出入国管理法に端を発するものであり、日系二世・三世とその家族に就労制限のないビザが発給されることによって、ブラジルからの「デカセギ」が急増したのだった。当初、彼らは数年で帰国する「一時滞在者」と思われていたが、その予測は大きく外れた。91年のバブル崩壊までに国内労働市場の逼迫はピークに達し、日本に在住するブラジル人は2000年末には約25万4,000人と、外国人全体の15%を占めるまでになったのである。

 2007年末に31万7,000人にまで増加したブラジル人は、しかし、2008年秋のリーマン・ショックによる派遣労働者の雇い止めが始まると一挙に減少を始め、日本政府が本国への帰国を支援する「帰国支援制度」などとも相まって、2014年末には17万5,000人にまで落ち込むこととなった(法務省入国管理局「登録/在留外国人統計」)。

 この間、大泉町をはじめとする日系ブラジル人などの外国人居住比率の高い自治体は、「移民」政策に正面から向き合おうとしない「政府の失敗」を補う形で、エスニシティとコミュニティをめぐるさまざまな摩擦への対応を行って来ており、後述するように、現在も多くの問題を抱えている。

 このような外国人居住比率の高い自治体は、実は日本中に少なからず存在しており、南米日系人を中心とする多数の外国人住民を抱える都市は「外国人集住都市会議」を開催している。東京、群馬、長野、岐阜、静岡、愛知、三重、滋賀、岡山県の1都8県26都市からなる同会議の会員都市は、そのほとんどがいずれも観光などで訪れることはあまりない場所であり、大都市圏で暮らす多くの日本人にとって、それらの場所が抱える問題は「目に見えないもの」となってしまっているといっても過言ではないだろう。

 2014年、政府は来るべき「人口縮減」への対策として、今後毎年20万人の移民を受け入れることを本格的に検討すると宣言したが、本稿では、この大泉町をはじめとして、既に日本国内に現に存在するものの「目に見えないもの」となってしまっている様々なエスニシティとコミュニティをめぐる問題について、筆者の専門である法哲学の観点からの検討も加えつつ、今後のわが国の「移民政策」に正面から向き合うための端緒をひらくことを試みるものである。

 以下では先ず、移民政策に関してはわが国の遙か先をゆくヨーロッパ諸国の現状と、それらの国々が抱える問題に関して、概観することから始めたい。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日本の経済成長率予測を上げ、段階的な日銀利上げ見込

ビジネス

今年のユーロ圏成長率予想、1.2%に上方修正 財政

ビジネス

IMF、25年の英成長見通し上方修正、インフレ予測

ビジネス

IMF、25年の世界経済見通し上方修正 米中摩擦再
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 3
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃をめぐる大論争に発展
  • 4
    車道を一人「さまよう男児」、発見した運転手の「勇…
  • 5
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 6
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 7
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 8
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 9
    あなたの言葉遣い、「AI語」になっていませんか?...…
  • 10
    1歳の息子の様子が「何かおかしい...」 母親が動画を…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 10
    トイレ練習中の2歳の娘が「被疑者」に...検察官の女…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中