最新記事

アフリカ

スーダン戦犯におもねる国連の機能不全

平和を保つためにバシル大統領を野放しにする安保理と、正義のために逮捕したい国際刑事裁判所が真っ向から対立

2010年6月16日(水)18時26分
ケイティ・ポール

お尋ね者なのに ダルフール紛争で逮捕状が発行されているバシルだが、4月の大統領選で再選を果たした Mohamed Nureldin-Reuters

 スーダンのオマル・ハッサン・アフメド・アル・バシル大統領は逮捕されるべきか、それとも自由にさせておくべきか――。

 バシルの扱いが国連の頭痛のタネとなっている。問題は2011年1月に予定されているスーダン南部の独立をめぐる住民投票を機に、南北内戦が再燃するのではないかという心配ではない。30万人の命を奪ったとされる西部ダルフール紛争の戦犯が大統領を務めていることでもない。

 問題は、国連の責務である平和と正義の追求、その2つがスーダンでは真っ向から対立していることだ。それは国連自らが創設した国際刑事裁判所(ICC)とのぎくしゃくした関係によって浮き彫りになった。ことスーダンの話になると、何をすべきか、誰がそれをすべきか、足並みがまったく揃わない。

 ICCは05年からダルフール問題に関与してきたが、国連との緊張が高まったのは今年5月だ。ICCはバシルを含む3人に、人道に対する罪などで逮捕状を発行している。それなのに国連の潘基文(バン・キムン)事務総長は5月27日に行われたバシルの大統領就任式(4月の不正が指摘された選挙で再選された)に国連高官2人を派遣。人権団体から国連の規範に反する行為だと大きな非難を浴びた。

 この明らかな内部分裂の兆候に喜んだスーダンのアブダルマフムッド・アブダリハリム・モハマド国連大使は就任式の後、ICCは「国連と同じ失敗の道をたどる運命にある」と、ほくそ笑んだ。

矛盾を抱えた国連機関

 先週、分裂の当事者双方がニューヨークの国連本部で事情を説明する機会があった。バシルへの逮捕状を発行したICCのルイス・モレノ・オカンポ主任検察官は6月11日に安全保障理事会で、そもそもダルフール問題を自分に委ねたのは安保理であることを強調した。さらにバシルを訴追するかどうかの決定権をもっているのはICCの判事であり、その決定は「政治的交渉では変えられない」と述べた。

 3日後の14日、安保理はスーダンで活動中の国連・アフリカ連合(AU)合同平和維持部隊(UNAMID)の指令官たちから話を聞いた。彼らは、ダルフールでの武力衝突がここ数カ月で急増していることに懸念を示し、それにより平和維持部隊の任務遂行が不可能になっていると報告した。しかし、このように人道危機の深刻化が伝えられたにもかかわらず、安保理議長はバシルら3人に圧力をかけるよう求めるICCの要請については否定的な見解を示した。

 驚くことではない。ICCの国際社会における位置付けは、国連内部でさえ答えが出ない難問だ。
国連の数ある機関は、それぞれに異なった、そして時には対立する職務を担っているため、職務内容を記述した段階から既に機能不全に陥っている。

 安保理は人道支援や平和維持活動の実施を決める、いわば行政機関。一方のICCは国連との関係が深いとはいえ、独立した司法機関だ。この行政と司法、2つの理想を融合させることが難しいのは明らかだ。人権団体ヒューマンライツ・ウォッチから本誌が入手したレポートによると、国連職員にICCを支持する義務はほとんどない。だから逮捕状が発行された者の就任式に国連高官が出席するような事態が起こる。

 スーダンにおける現在の平和維持活動の規模や来年の住民投票前後に予想される情勢不安を考慮すれば、バシルとの関係を断ち切ることが国連の人道支援の責務を果たすことになると主張するには無理がある。スーダン政府のご機嫌を伺うのも国連職員にとっては職務の1つだ。バシルはこれまで気に入らない国連職員には国外追放を命じてきたのだから。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

トヨタ、23年度は世界販売・生産が過去最高 HV好

ビジネス

EVポールスター、中国以外で生産加速 EU・中国の

ワールド

東南アジア4カ国からの太陽光パネルに米の関税発動要

ビジネス

午前の日経平均は反落、一時700円超安 前日の上げ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 9

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 10

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中