最新記事

ヨーロッパ

ギリシャを「植民地化」するEU

支援と引き換えにギリシャの財政政策を握った欧州連合の「ネオ植民地主義」が始まる

2010年5月13日(木)16時29分
アン・アップルボム(ジャーナリスト)

炎上 EUとIMFを「占領軍」とみて反発するギリシャ人もいる(5月5日、アテネの暴動で火炎瓶を投げ付けられて倒れる警官) Pascal Rossignol-Reuters

 ギリシャの財政危機問題ではEU(欧州連合)とIMF(国際通貨基金)からの緊急支援が決まり、とりあえず金融市場の動揺は収まりアテネでの暴動も沈静化した。だがこの一時的な「休戦」のために支払われた対価は高かった。私はカネのことだけを言っているのではない。

 私の目の前には、EU理事会のギリシャ問題に関する直近の決定の草稿がある。これは機密文書でも何でもない。一部は新聞でも報道されたし、ギリシャ議会はこの決定の一部条項に沿った法案を通過させた。これほど包括的ではないが類似の決定は既に2月に発表されている。

 だがこの決定の持つ政治的重要性について指摘する声はほとんど聞かれない。これはEU官僚の手になるありふれた決定とは訳が違う。血みどろの戦争の後、敗戦国の元帥が降伏文書に署名しているようなものだ。

 EUとIMFは巨額の資金を投じてギリシャを救うだろう。それと引き換えに、ギリシャはふくれあがった財政赤字の削減を約束するだけでなく、今年6月までに17もの法改正や財政改革を行なう約束をすることになるだろう。

 EU理事会の決定によれば、ギリシャは公務員と年金受給者向けのボーナスを削減し、ガソリンやタバコ、酒への課税を強化し、地方自治体の運営コストを削減し、ベンチャー企業に関する規制を緩和するための法律を制定「しなければならない」

誰も知らなかった巨大な権限

 17の課題が片付いたら、今度は9月までにギリシャは年金受給開始年齢を65歳に引き上げる(現在は平均61歳)など、新たに9つの要件を満たさ「なければならない」。
12月までにギリシャはさらに、国民健康保険の利用者にはジェネリック医薬品の処方を義務付けるなど12の対策を実施し「なければならない」

 11年の3月、6月、9月を期限とするさらなる課題も決められた。もしギリシャ政府が国家運営に必要な資金をもらい続けたいと思うなら、こうした対策のすべてを法制化していかなければならない。

 こうした措置の必要性について疑義をはさむ気はまったくない(出遅れ感は否めないが)。こうでもしなければギリシャ議会を説得して緊縮財政のための法案を可決させることなどできないだろう。

 ギリシャでは激しいデモが政治的意見を表現する方法として定着している。また政党間の対立のせいで、政権交代のたびに前政権のやったことは帳消しにされてしまう。こんな政治風土では、年金受給開始年齢を4歳も引き上げたり、公務員のボーナスを廃止したりするのは容易なことではない。

 それでもこの決定は、従来には見られなかった側面を持っている。EU加盟国は常に、主権の一部をEUにゆだねるよう求められてきた。だがギリシャにはもはや、ろくな主権は残っていない。

 ギリシャが何を「しなくてはならない」かを決めたのはEUの側だった。加盟国に対してEUがこれほどの権限を持っていたとは、ギリシャの人々はもちろん、誰も知らなかっただろう。

外国の押し付けに国民は従うか

 近代においてギリシャはオスマン・トルコやナチス・ドイツといった外国による占領を経験した。すでにギリシャ人の中からは、EUとIMFという新たな占領軍に抵抗せよと同胞に訴える声が上がっている。

 抵抗運動は暴動よりもっと見えにくい形を取るだろう。アテネで自宅にプールがあると税務当局に申告しているのは364人。だが衛星写真を調べたところでは、アテネには1万6974個ものプールが存在するという。

 もしギリシャ人が今回の税制改革や法改正を外国から押し付けられたものだと考えたら、彼らは黙って新たな制度に従うだろうか。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

カナダ中銀、利下げペースは緩やかとの想定で見解一致

ワールド

米制裁が国力向上の原動力、軍事力維持へ=北朝鮮高官

ワールド

韓国GDP、第1四半期は前期比+1.3% 市場予想

ビジネス

バイオジェン、1―3月利益が予想超え 認知症薬低調
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 7

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 10

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中