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急逝した異色の日本画家・加藤弘光は、なぜ世界を目指したのか

2022年12月05日(月)19時55分
岩澤里美(スイス在住ジャーナリスト)

加藤弘光「瑞光 (Sign of Light)」2013年

加藤弘光「瑞光 (Sign of Light)」2013年

加藤は大学院でも学び(1984年 多摩美術大学大学院修士課程修了)、日本の著名な公募美術展で受賞するまでになった。作品を高く評価してもらえることはもちろん嬉しかったが、徐々に生じた迷いは日に日に強くなっていった。

いまの時代、伝統的な画材を使った日本画は世界であまり注目を集めず、評価されることも少ない。その閉塞性を、どうしても受け入れることができなかった。また、よく指摘されているように、日本画の世界にははっきりした上下関係があることにも抵抗を覚えた。

そんな加藤を経済的、精神的に支え続けたのは、友子だ。絵を習い、何人かの画家に師事してきた友子は、初め、生徒として加藤に出会った。食べることを気にかけず画材に金を費やし、生活のほぼすべてを描くことに捧げていた加藤は恋愛への関心は薄かった。

しかし、ある日、加藤が彼女の手を取って描き方を指導したとき、友子の心に「この人は、生きることに真摯に向き合っている。こんな人に出会ったのは初めて。この人を支えたい」と衝撃が走ったという。画家の道をサポートしてくれる友子の存在は、加藤にとって、さぞ励みになっただろう。

線画から桜の画へ

加藤のオリジナリティがあふれ出ている桜や紅葉を描くようになったのは、実は、キャリアの最初からではない。大学・大学院で専門教育を受け、加藤の作風は自然(とくに花々)を線で表現することに固まっていった。

2009年にスペインでアートフェアに参加したとき、キュレーターは加藤の線画を絶賛し、彼はいつか世界で注目されると確信した。加藤はその評価を大切にし、線画の世界をさらに追求していこうとしていた。しかし、東日本大震災が転機となった。

「日本画で描き尽くされている桜は、僕は描かない。絶対に」と頑なに避けてきた桜に、取りつかれた。まず、幅4メートルの屏風に桜を描いた。自分の意思ではなく、「神様が僕に描かせた」と言っていたという。それから、墨を何度も塗っては乾かして漆黒色にした和紙に、丹念に桜の花びらを重ねた作品を何枚も仕上げた。何万枚もの花びらに全精力を傾ける姿に、友子は狂気的なものすら感じたという。そのうち、鮮やかな紅葉も描くようになった。桜や紅葉のモチーフには、震災における鎮魂や再生の意味があったに違いないと友子は思っている。

加藤は、普通の日本画らしくない、洋の東西が融合したこれらの作品も、世界へもっと発信していこうと決めた。目指すは、ニューヨークで認められることだった。

ニューヨークを目指し、ひたむきに活動

制作の道のりは、決して平坦ではなかったはずだ。加藤は、何冊もの手記を残している。そこには、自分にしか描けない「加藤弘光の絵」を生み出し続けることを自分に誓い、繰り返し、自身を励ます言葉が綴られている。

加藤は、地道に活動した。そして、亡くなる数日前、友子に「もう、そろったよ」と告げた。多くを語らなかったが、そのひと言で、「これなら、ニューヨークの定評あるギャラリーに飾ってもらえるはず」と夫が納得した作品がそろったのだと友子にはわかった。加藤に代わり冒頭のコンクールに応募したのは、友子だ。

友子は、世界の舞台を目指した夫の遺志を引き継ぎ、これからも、現代アートとしての加藤の日本画を人々へ届けていく。花びらや葉の1枚1枚にほとばしる加藤の情熱は、色褪せない。

横浜で回顧展

今月、横浜で加藤の回顧展『弘光 Real』が開催される(12月8~23日)。「光さやけみ」ほかの代表作も線画も直接鑑賞できる貴重なチャンスだ。今後の国内での展覧会は未定とのことなので、ぜひ足を運んでみてはいかがだろうか。ジークレー画(原画を忠実に再現できる印刷画。耐久性が非常に高く、原画よりも低価格)の販売もあるそうだ。


■加藤弘光 公式サイト https://hirokato.info
 
■展覧会『弘光 Real』(http://www.f-e-i.jp/exhibition/13313/
 2022年12月8日(木)〜12月23日(金) 
 10:00〜19:00(月曜休廊/最終日は17:00終了)
 会場:FEI ART MUSEUM YOKOHAMA 
 横浜市神奈川区鶴屋町3-33-2 横浜鶴屋町ビル1F
 Tel:045-411-5031

s-iwasawa01.jpg[執筆者]
岩澤里美
スイス在住ジャーナリスト。上智大学で修士号取得(教育学)後、教育・心理系雑誌の編集に携わる。イギリスの大学院博士課程留学を経て2001年よりチューリヒ(ドイツ語圏)へ。共同通信の通信員として従事したのち、フリーランスで執筆を開始。スイスを中心にヨーロッパ各地での取材も続けている。得意分野は社会現象、ユニークな新ビジネス、文化で、執筆多数。数々のニュース系サイトほか、JAL国際線ファーストクラス機内誌『AGORA』、季刊『環境ビジネス』など雑誌にも寄稿。東京都認定のNPO 法人「在外ジャーナリスト協会(Global Press)」監事として、世界に住む日本人フリーランスジャーナリスト・ライターを支援している。www.satomi-iwasawa.com

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