コラム

日本とアメリカの現状否定票、その共通点と相違点

2024年11月27日(水)14時30分

トランプだけでなくサンダースら民主党左派にも現状不満票は集まっている Megan Stewart/Free Press/USA TODAY NETWORK/REUTERS

<アメリカではまだ二大政党制が機能しているが、日本の現状への不満はあらゆる既成政党、メディアにまで向けられている>

日本では兵庫県知事選で、失職した斎藤元彦候補が、パワハラや内部告発への強権的な行動などのスキャンダルが報じられていたところ、出直し選挙で当選しました。前後しますが、7月の東京都知事選でも既成の政治体制への不満を訴えた石丸伸二候補が2位に食い込む善戦をしています。また、今回の名古屋市長選挙でも与野党が相乗りした大塚耕平候補を、河村前市長が後継指名した広沢一郎候補が破りました。

10月の総選挙でも同様に、低投票率にもかかわらず組織票の衰えの中で、既成政党は沈みました。今年、2024年の日本では、こうした現状否定票が大きく社会へ影響力を強めたと言えるでしょう。現役世代と若者を中心とした新しい動きと言えます。


一方で、アメリカにも同様の現象が起きています。トランプ候補の大勝というのは、日本と同じような現状への強い不満が投票行動として現れたものと言えるからです。世代的にも同じような流れがあり、前回とは異なり若者の間でもトランプ支持は広範な広がりを見せました。

この2つの動きには、共通点があります。まず、既成の左派系の権力が持っていた課税を拡大して再分配するという行動で利益を得る層を既得権益とみなして攻撃する、いわゆる納税者の反乱という側面は似ています。やや排外的で自国中心主義ということも共通しています。更に、若者を中心とした現状不満層は既成メディアを信用せず、SNSなどでアルゴリズムの決定に従って流れてくる情報に強く影響を受けているという点は、日米でかなり似通った現象となっていると思います。

「小さな政府論」共和党という受け皿はある

ですが、大きな違いもあります。まず、アメリカの場合は共和党という受け皿があります。共和党はそもそも「小さな政府論」が党是であり、バラマキによる歳出拡大に反対し、減税を志向する納税者の反乱という面を持っています。ですから、政府の肥大化に不快感を持つ層が共和党に吸い寄せられるのには、ある種の必然があります。勿論、共和党には同時に大企業や富裕層もバックについており、減税の効果は彼らが「さらって行く」構造もあります。

ですから、トランプ支持者の中核を形成しているコア支持層は、軍事タカ派や財政タカ派と言われる現状追認型の共和党政治家を嫌っています。そうではあるのですが、民主党政権への現状不満は非常に深いわけで、結果的に大統領だけでなく、上下両院でも共和党が勝利しました。

アメリカの場合は、こうした右からの不満の表明に加えて、民主党の左派(プログレッシブ)にも強い現状不満票が集まっています。例えば、民主党左派のバーニー・サンダース上院議員は、今回のハリス候補の落選を受けて「民主党が労働者を顧みなくなったことが、敗北を招いた」として現状を厳しく批判しました。また、同じく左派のアレクサンドリア・オカシオコルテス議員の支持者の中には、連邦下院は彼女に投票したのに、大統領はトランプに入れた若者も多かったといいます。

右と左に分裂し、また錯綜はしてはいるものの、アメリカの場合は現状不満といっても、既成政党全体への不満というところまでは行っておらず、二大政党制はとりあえず機能しています。深刻な対立は、それぞれの党内における左右対立にあるとも言えますが、その場合も対立の論点は比較的に可視化されています。一方で、日本の場合は本当にありとあらゆる既成政党に対して不信が向けられているわけで、これはアメリカとは不満の質が異なっていると思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

経常収支、10月は2兆4569億円の黒字 予想上回

ワールド

中東の転換点に、シリア反体制派が首都掌握 アサド氏

ワールド

トランプ氏、ウクライナ・ロシア即時停戦求める 双方

ビジネス

米年末商戦序盤で明暗 アマゾン、ウォルマートや中国
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
2024年12月10日号(12/ 3発売)

地域から地球を救う11のチャレンジと、JO1のメンバーが語る「環境のためできること」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、妻の「思いがけない反応」...一体何があったのか
  • 2
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    人が滞在するのは3時間が限界...危険すぎる「放射能の島」の内部を映した映像が話題 「衝撃だった」
  • 4
    「糖尿病の人はアルツハイマー病になりやすい」は嘘…
  • 5
    キャサリン妃が率いた「家族のオーラ」が話題に...主…
  • 6
    電力危機の救世主は「廃水池」だった...「浮くソーラ…
  • 7
    2027年に「蛍光灯禁止」...パナソニックのLED照明は…
  • 8
    朝晩にロシア国歌を斉唱、残りの時間は「拷問」だっ…
  • 9
    白い泡が大量発生...インド「下水汚染された川」に次…
  • 10
    シャーロット王女の「史上最強の睨み」がSNSで話題に
  • 1
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 2
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、妻の「思いがけない反応」...一体何があったのか
  • 3
    国防に尽くした先に...「54歳で定年、退職後も正規社員にはなりにくい」中年自衛官に待ち受ける厳しい現実
  • 4
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや…
  • 5
    朝晩にロシア国歌を斉唱、残りの時間は「拷問」だっ…
  • 6
    NewJeansの契約解除はミン・ヒジンの指示? 投資説な…
  • 7
    【クイズ】核戦争が起きたときに世界で1番「飢えない…
  • 8
    ついに刑事告発された、斎藤知事のPR会社は「クロ」…
  • 9
    シリア反政府勢力がロシア製の貴重なパーンツィリ防…
  • 10
    肌を若く保つコツはありますか?...和田秀樹医師に聞…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 9
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 10
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story