コラム

なぜ日本では首相が「使い捨て」されるのか?

2022年12月21日(水)15時15分

岸田政権は防衛費増額と引き換えに「使い捨て」られるのか? Yoshikazu Tsuno/POOL/REUTERS

<自民党内の密室政治で首相が決まる今の制度は、変わるべき時に来ている>

もしかすると岸田政権は、今回の防衛費増額を「起死回生」策と位置付けているのかもしれません。ですが、そうなる確率は低いわけで、このまま下降して30%を割るようになると「危険水域」ということになります。国政選挙は当面はないものの、来春には統一地方選もあり、自民党の全国組織としては、このまま不人気な内閣を担ぎ続けるのは難しいということにもなりかねません。

そんな中で、今回の防衛費増額というのは、どこかに「政権与党の意思」というものがあるのならば、そもそも国民の合意を得にくい政策を、「死に体内閣」に委ねることで、内閣の命運と引き換えに法案を通す、つまり内閣を「使い捨てる」ということになる、そんな雰囲気さえ感じられます。

実は、この首相の「使い捨て」は、多くの前例があります。例えば、菅義偉内閣の場合は、福島の処理水放出の問題で難しい意思決定をしたわけですが、あれもジリ貧となっていた内閣を「使い捨て」て、内閣の命運と引き換えに政策を通した感じがあります。

もっと大きなものでは、平成初期の竹下内閣があります。長い間実現できなかった消費税導入を断行したのは良かったものの、引き換えに内閣の命運は尽きてしまいました。つまり、首相が「使い捨て」にされたのです。

こうした首相の「使い捨て」ですが、世論の支持しない政策を通す際に、現役の首相の命運と引き換えにすると、何となく世論も「仕方ない」と許すようなところがあって、結局は民意の過半数が反対していても、政権与党としては懸案を解決できてしまうという、いわば民主主義に反する決定という問題があります。

首相に「なるための」スキルとは?

その一方で、期待された新政権が遅かれ早かれ支持率が急降下して、結局は「首のすげ替え」をしなくてはならなくなる、この問題は深刻です。どうしてこんなことが起こるのでしょうか?

それは、特に日本の政治の場合、「首相になるために必要なスキル」と「首相として成功するためのスキル」が全く別物だという問題があるからです。

まず首相になるためには、まず派閥の領袖(ボス)になる必要があります。そこで必要なのはあくまで密室での交渉力です。自分の派閥のボスに取り入る、派閥が混乱した際には誰についていくかを考えて、自分の担ぐリーダーのために、各方面に工作して回る、そして派閥の幹部になったら派閥の次期リーダーになるために、自分を支持する議員を囲い込む競争に勝利する、どれもが一対一の交渉力であり、密室でのコミュニケーション能力というわけです。

つまり、密室での交渉を延々と重ねた先に、内閣総理大臣になった途端にマイクの前に立たされて「国民の皆さん」に対して「自分の言葉」で話すことが求められるのです。これは大変なことです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

仏首相、年金改革を27年まで停止 不信任案回避へ左

ビジネス

米ウェルズ・ファーゴ、中期目標引き上げ 7─9月期

ビジネス

FRB、年内あと2回の利下げの見通し=ボウマン副議

ビジネス

JPモルガン、四半期利益が予想上回る 金利収入見通
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道されない、被害の状況と実態
  • 2
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 3
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 4
    【クイズ】アメリカで最も「死亡者」が多く、「給与…
  • 5
    「中国に待ち伏せされた!」レアアース規制にトラン…
  • 6
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 7
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 8
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 9
    あなたの言葉遣い、「AI語」になっていませんか?...…
  • 10
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 7
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 8
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 9
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 10
    あなたは何型に当てはまる?「5つの睡眠タイプ」で記…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story