コラム

対馬の哀れな仏像はどうすれば救われるのか?

2013年03月25日(月)10時44分

 韓国の窃盗団が対馬にある観音寺というお寺から「観世音菩薩坐像」を盗んだという事件がありました。窃盗団の動機は単なる転売目的であったようです。ところが、「元の持ち主」であると主張する韓国の忠清南道瑞山市の浮石寺の「信徒集団」は、韓国から日本へ渡った経緯が「強奪」であれば、仏像を浮石寺に「返還」すべきだと主張。この種のナショナリズムを突きつけられた韓国の裁判所は、昨今の情勢下動きが取れなくなり、大田地裁は「日本への返還を差し止める仮処分」を出しています。

 問題は、この仏像の辿った経路です。仏像の制作された時期ですが、韓半島で仏教が盛んであった高麗王朝時代のものと考えられています。その後、日本に渡った経緯ですが、韓国側は「倭寇が強奪した可能性が高い」と主張しています。一方で歴史的な経緯を考えますと、高麗王朝を倒して成立した李王家による朝鮮王朝時代には、儒教の国教化が進む中で廃仏崇儒という運動が盛んになり、仏教は激しい弾圧を受けたのです。

 多くの寺院が破壊され、僧侶の還俗や、出家の禁止など大変に激しい「宗教弾圧」が続いた結果、韓国の仏教は衰退してしまったとされています。一部の報道では、この時期には問題の浮石寺も「廃寺」の対象となったようです。お寺が廃寺になったのですから、当然に仏像は流浪することになったのだと思われます。その結果として、対馬の寺院が「救済した」という可能性はあるでしょう。

 そうは言っても、宗教活動の一環として頑張って救出したというような大げさなものではなかったと思われます。二束三文で売られていたのを買い上げたところ、良い仏さまだったので当時の対馬の人々が信仰の対象にした、まあそのような経緯ではないかと推察されます。

 対馬の観音寺サイドは、「仏教弾圧により焼かれた寺から、持ち出されたものだと考えられる。それを日本人が略奪したというのは、あまりにも失礼だ」と憤ったり「盗み出して、そのまま自分の物だと主張する屁理屈は、北朝鮮による日本人拉致事件と同じですよ」というようなコメントを出しているようです。相手が産経新聞ですから、記者とのやり取りでそんな会話になったということもあるでしょうが、怒りが湧いてくるのは良く分かります。

 ですが、この話、どこかで聞いたことがあるような既視感があるのです。こうした文化財の国境を越えた移動について、時間と空間を越えて「返せ」とか「返すな」という話が最近では多いのですが、そのことではありません。

 既視感というのは、同じように仏教や伝統文化が軽視されたという時期に、そこから文化財を持っていったのは「奪った」のか「救出した」のかという話が別にあるということです。

 それは明治期の日本の話です。明治維新直後に新政府は「神仏分離令」という政策を行いました。それまでの日本の伝統的な宗教のあり方としては、神社信仰と仏教がミックスされた独自の発展を遂げており、神社の中に寺があったり、寺の中に神社があったり、天照大御神が大日如来と同一だとか、あるいは八幡大菩薩がどうとか色々なバラエティがあったわけです。

 ですが、明治政府はその中から「神道を国教化する」ために神道と仏教を分けようとしたのです。そうした政策は「廃仏毀釈運動」という形で全国に広がり、多くの寺院や仏像が破壊されています。ちなみに、この「廃仏」は全て明治政府が扇動したというのは言い過ぎで、江戸時代に檀家組織が庶民を支配していたことへの反発エネルギーも理由の1つであったようです。

 その結果として、明治期には仏像一般の価値が下がり、文化財としての保護も怪しくなるという現象が起きました。更に、いわゆる文明開化が進む中で、伝統的な日本画などへの評価も下がっていったようです。これに対して、「救済役」になっていったのが、エドワード・モース、アーネスト・フェノロサ、岡倉天心という「ボストン・グループ」です。

 彼等は、ものすごい情熱で仏像、仏画をはじめ日本の古美術に対する「鑑定」の技術を身につけると共に、日本全国で二束三文で売られ、その結果として損傷や散逸の危険に晒されていた文化財を購入していったのでした。その結果が、現在もボストン美術館の看板の1つの「日本コレクション」となっています。

 これだけまとまった日本美術のコレクションがボストンにあるというのは、考えてみれば不自然な話です。では、日本国や日本の仏教界は、このボストン美術館に対して返還要求をしているかというと、全くそうしたことはないわけです。

 例えば「快慶作の仏像」「平治物語絵巻」そして有名なコレクションである「狩野派の傑作群」などは今でもボストンにありますが、日本人は別段怒っていないわけです。それどころか、法隆寺の秘仏である「救世観音」を「発見」したということで、フェノロサと天心の行動は多くの日本人に評価されていると思います。天心がアメリカでの日本文化普及の先駆的な役割を果たしたことも知られています。

 私は、「対馬のお寺」や「ボストン美術館」が「廃仏からの救済者」という善玉で、「朝鮮王朝期の韓国」や「明治の日本」が悪玉だという単純な切り分けをしても余り意味はないと思います。ただ、窃盗団が暗躍したり、むき出しのナショナリズムの突き合わせに使われているという意味で、現在の日韓関係がいかに不健全であるかを、この「仏さま」は示しているということは言えるでしょう。

 そういえば仏像の受難事件と言えば、アフガニスタンのタリバン政権による2001年のバーミヤン石仏の破壊という事件も思い出されます。この場合は、偶像崇拝禁止というイスラムの信仰を理由に、ある種国際社会への反抗として行われたようですが、行為としては無残なものでした。

 仏像というのは不思議なもので、仏教自体は衰退したり変化したりしている中で、「モノとしての仏像がどんな取り扱いを受けるか」ということを通じて、それぞれの国や時代を映し出していると言えるでしょう。そこには、何となく健気で哀れなものを感じます。対馬観音寺の「坐像」の観音さまは、果たしてどんなお顔をしているのでしょうか?

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)、『アメリカモデルの終焉』(東洋経済新報社)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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