コラム

人工知能開発の目標が「東大合格?」というプロジェクトへの違和感

2011年12月19日(月)11時34分

 国立情報学研究所という研究所が12月14日(水)に「人工頭脳プロジェクト」キックオフシンポジウムを開催し「具体的なベンチマークとして、2016年までに大学入試センター試験で高得点をマークすること、また2021年に東京大学入試を突破すること」を目標に研究活動を進めていると発表したそうです。このニュースを聞いて、何ともいえない違和感を感じました。

 報道等によれば、どうして東大入試の問題をコンピュータに解かせることが「チャレンジング」なのかというと、コンピュータが(1)図形や線画の認識能力が低い、(2)文章の理解力が低い、(3)常識を前提とした思考が苦手、だからであり、そうした能力を開発するためには、東大入試(2次試験のことでしょう)を突破することがベンチマークとして意味があるのだそうです。

 果たして本当でしょうか?

 私は言語学が専門でもあるので、(2)と(3)について例を挙げて考えてみることにしましょう。例えば、東京大学の2010年の2次試験での文系国語問題に詩人の馬場あき子さんのエッセイ『山羊小母たちの時間』という作品が取り上げられています。その最後の部分はこんな感じです。

「(前略)命を継ぎ、命を継ぐ、そして列伝のように語り伝えられる長い時間の中に存在するからこそ安らかな人間の時間なのだということを、私は長く忘れていた。
 長男でもなく二男でもない私の父は、こんな村の時間からこぼれ落ちて、都市の一隅に一人一人がもつ一生という小さな時間を抱いて終った。私も都市に生まれ、都市に育って、そういう時間を持っているだけだが、折ふしにこの山羊小母たちが持っている安らかな生の時間のことが思われる。それはもう、昔語りの域に入りそうな伝説的時間になってしまったのであろうか。」

 ちなみにこの部分の設問は(3)が「こんな村の時間からこぼれ落ちて、都市の一隅に一人一人がもつ一生という小さな時間を抱いて終った。」を説明せよ、そして(4)では、文中の「私」が「それはもう、昔語りの域に入りそうな伝説的時間になってしまったのであろうか。」と考えた理由を書かせるものです。

 こうした問題をコンピュータに解かせるには、例えば「列伝のように」という語一つとっても、単に辞書を引いても出てはこないわけです。列伝とは中国の歴史書における人物評伝の連続であり、そこから飛躍した発想として「悠久の時間」というイメージと「膨大な世代にわたる生と死の繰り返し」というイメージが加わって、独創的な比喩表現になっているわけで、それをコンピュータに類推させるのは、かなり複雑なロジックが必要なように思います。

 また、この二つの設問を解くには、もっと複雑な読解が必要になります。この著者が「農村地帯の変化に乏しい人生の繰り返しにある時間感覚」にある種の「大きなものに包容される安心感」「人生観の安定」といったポジティブな感想を持ち、都市における「一世代ごとに分断された人生」を「矮小化」されたもの、つまりネガティブなものとして捉えているという理解が基本的には必要でしょう。

 この文章を通じて、二つのもの(農村的な時間感覚と都会的な時間感覚)が対比されていること、前者を肯定的に、後者を否定的に描いているということは、個々の単文のロジックを積み上げても十分には出て来ません。先ほどの「列伝のように」といったオリジナルの比喩表現の意味を、文意にぶつけてポジティブ・ネガティブを判定する作業、「こぼれ落ちて」とか「小さな時間を抱いて」という述語にもネガティブなニュアンスが入っていることを判定する作業などを積み上げつつ、全体のストーリーライン、ロジックの一貫性をチェックする、そうした膨大な作業が必要になってきます。

 これに加えて、回答は記述式ですから、単にデジタル的な「農村ヲ離レテ都会ニ出タラ人生ハツマラナイ、少ナクトモ著者ハソウ思ッテイル」というような書き方では、回答としては間違っていなくても満点にはならないはずです。文学系の先生が採点することを考えると、「悠久の時間の中で生と死の問題にある種の安定を得た農村の生活を捨てて、世代ごと個人ごとに分断された都会的な窮屈な空間に一生を終えた」というように「それなりにニュアンス表現の表現力を誇示しつつ、回答としての明晰性は担保した」回答が要求されるわけです。こうした表現ができるように、コンピュータを仕込むことは可能でしょうが、ロジックの組み立てと、文章表現のデータベースの構築は大変でしょう。

 もしかして、プロジェクトの方々は理系の問題のことを念頭に置いているのかもしれませんが、東大の2次試験は理系でも国語の問題があるわけで、古文漢文を捨ててかかるのなら、こうした「現代国語」では満点を稼がないと合格しないのではないでしょうか?

 しかし、私の感じた違和感というのはもう少し別のものです。まずもって大学入試問題を解くのがコンピュータ開発の目標というのは何とも寂しい話だという点があります。要するに相当にアナログ的な思考を、膨大なロジック分析とデータベース構築で乗り越えたとしても「所詮は答えのある話」というのが、何ともつまらないと思うのです。

 それに、2021年にもなって東大がこんな入試(理系も含めて「答えのある」高級パズル)を続けていたら、それこそ国際競争の中で沈没してしまうでしょう。そもそも、こうした「大学入試ペーパーテスト一発勝負」というのが、日本国外では意味がほとんどないのですから、国際的なプロジェクトの目標としても適切ではありません。

 コンピュータの高度利用に関しては、例えば交通渋滞の解析と予防策の立案であるとか、広域での気象現象のメカニズム分析といった「できそうだが、できていない」問題をテーマにして、地道な研究を重ねるべきだと思うのです。そもそも産業用ロボットに愛称をつけたり、ロボットを「人間に似せて」作ったりすること自体が、かなりの程度で「日本ローカル」のカルチャーであるように、AIに人間の脳の真似をさせようと躍起になるというのも、世界的に見ればそんなに注目されるものでもないのかもしれません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)、『アメリカモデルの終焉』(東洋経済新報社)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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