コラム

原子力は「神の領域」なのか、「人間の領域」なのか?

2011年03月16日(水)11時46分

 福島第一原子力発電所の事態は、アメリカでは刻一刻と報道される中、現地の14日の月曜日から翌15日にかけては危機感が高まっています。日本の失態を責める論調は皆無ですが、逆に「何事も周到に準備する日本」で事故が起きたのだから「アメリカの原発も危険では?」という印象論が拡大しています。

 こうした原発への恐怖の奥には人間の自然な生存本能、危険回避の本能があるわけですが、恐怖をコントロールできないという背景には二つの問題があるように思います。それは原子核反応に関する理解と、その表現における「ことば」という問題です。

 例えば我々は「火」を使います。火を使って暖を取り、調理をしたり、その他のエネルギーにも使います。火は照明にも使われ、五輪の聖火など精神のシンボルにもなります。ですが、人間はサルとは違い、「火」を恐れることはしません。「火」とは「神の領域」ではなく「人間の領域」にあるものと信じて疑わないからです。何故なのでしょう? それは、人類が「火(燃焼)」というものを理解しているからです。

 理解というのは三段階あると思います。まず、身体が火に晒されても「部分的な火傷」で済めば生命にかかわる危険はないこと、逆に身体の大きな面積を長時間晒せば生命の危険があること、人間の五感の中には温度の感覚があり、高温イコール危険ということを直感的に理解して危険を回避できること、こうした「一つの個体」としての危険の理解があるわけです。

 もう一つはメカニズムの理解です。「火(燃焼)」をコントロールするには「可燃物を除去する」か「温度を下げる」か「酸素の供給を止める」ことが有効だという理解が、人類の文明の中には完全にビルトインされています。三番目は社会的なインフラです。火をコントロールする手段としては消化器、消防体制、不燃建築などの防火インフラがあり、人類社会では「これで十分、適正だ」というレベルにまでインフラが達していると理解されています。

 その結果として、大火が起きて数千単位の人命が失われても、人類が「火」を放棄するということはあり得ないのです。人類にとって生存のためには「火」が欠かせないというだけでなく、個体としての理解、メカニズムの理解、社会インフラの充足感という三つには、揺るぎはないからです。

 原子核反応に関しては、この三つが全く不足しているわけです。個体としての直感としては、頭痛やめまいのする危険なレベルまで何も感知できずテクノロジーで補完しなくてはなりませんし、メカニズムの理解、社会インフラの充足感に至っては人類社会として全く達成できていません。これでは原子力はまだ半分「神の領域」にあって、完全に「人間の領域」のものにはなっていないことになります。

 そう申し上げるとそれは「原発リテラシー」の問題であり、人々を啓蒙しなくてはいけないという言い方が出てきます。啓蒙どころか「素人は怖がるので専門家が全責任を負ってやればいい」という思い詰めも、この業界にあったことは否定できません。そのような閉鎖性は論外ですが、今の原子力に関する「ことば」を前提としての啓蒙というのも間違っているように思うのです。第二の問題はその「ことば」です。

 とりあえず日本語の例で議論を進めるとしましょう。例えば、Aという市で「火災で3名が亡くなった」という事件を次のような「ことば」で報道したらどうでしょう?

───A市の「居住用建造物」の「針葉樹木幹を切り出した建材」が「急速な酸化」が進行する中で「内部に横臥して睡眠状態にあった」住民が3名、「摂氏1000度を越える発光を伴う気化燃焼」に暴露されて、順次「水分を喪失」すると同時に「全身の温度上昇」が発生、心肺停止後に「全身の炭化」に至った。

 まず「分かりにくさ」があります。専門用語ばかりで、何を言っているのか分かりません。もう一つは「生々しくて不快だ」という感覚です。「水分喪失」とか「炭化」という言い方は、死者への畏敬を欠き、自分を含めた人間の危険回避本能を刺激するからです。今回の震災で火災によって亡くなった方を形容するのにこのような表現をしたら、それこそ非人道的です。言い換えれば「人間の領域」の言葉ではないのです。

 私たちはこんな「ことば」は使いません。簡単に、

───A市で火事があり、木造の住宅で寝ていた住人3名が焼死した。

 という一文で済ませるのです。それは正確な表現から逃げているのではありません。礼節と称してプロセスを隠しているのでもありません。火事ということ、火ということを人間は理解しているからであり、「人間の領域」のことばとして「火による人の死」を受け止める表現が身についているからです。

 原子力の場合は違います。今回でも「急速な酸化」とか「発光を伴う気化燃焼」とかいうレベルと同じ「おどろおどろしい」言語での説明しかできていないのです。そこで「専門家」が高い視線で「リテラシーの低い」世論を啓蒙しようとしたり、人間の危険回避本能をストレートに反映した「反対派」が「推進派」を倫理的な悪人のように非難したりという、「ことば」のすれ違いが生まれてきます。「ことば」によって原子力を「人間の領域」に取り込むことができていないのです。

 ではどんな「ことば」を創造すれば良いのでしょうか? 無理に生み出すものではないと思います。正確な知識と情報を把握している人が、避難所で不安を感じている人々や、避難地域のすぐ外側で不安感を持っている人々、更には原発一般への不信感を持ちはじめた世界中の人々に届くような語り方をすることから少しずつ「人間の領域」の「ことば」が育っていくのだと思います。

 例えば菅総理の会見のように「易しすぎ、固すぎる」スタイルは何かを隠しているとか見下しているという印象を与える危険があります。枝野官房長官の質疑応答姿勢は、かなり精度の高いものですが、分からないことは分からないという正直さで乗り切っている部分もあり、原子力を語る新しい言語スタイルにまでは至っていません。原子力安全・保安院の根井審議官や西山審議官の語り口は、詳細な内容が安心感を与えることがあります。こうした事例を元に、正確で誠実で分かりやすい「ことば」を創造しなくてはなりません。

 現場から離れたアメリカのTVは福島第一の各原子炉について詳細なCGを作って説明していますが、このように視覚イメージから入って良い表現が生まれるということもあると思います。例えば危険度を色で表現すれば、単位の混乱もなく直感的な理解が可能です。色表示と言っても「線量ゼロ」から順に「黄色から赤」というのでは、僅かな線量でもパニックを誘発します。安全な範囲は寒色で表現するなど判断を誤らない工夫が必要です。一方で「炉心溶融」とか、「第二のチェルノブイリ」あるいは「大爆発」などという曖昧な言葉、「被爆」と「被曝」の紛らわしさなどは、混乱をもたらすだけです。

 今回の事故を契機に、原子力をどう「コミュニケーション」に乗せて行くか、正に正念場を迎えていると言って良いでしょう。言語化を含めて前へ進めるようであれば、原子力は「人の領域」のものになるでしょうが、失敗するようですと技術を封印して「神の領域」へと返さなくてはならなくなり、人類として積極的な利用は難しくなります。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)、『アメリカモデルの終焉』(東洋経済新報社)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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